第84話 樹海
セーメの里から樹上の大橋を渡り、ラーモの里を過ぎた。
「やっぱりティコも行くっ!!」
ラーモでは、駄々をこねる少女をなだめようとし、姉代わりの森人が見事に失敗して、二人の里長の腕力で解決して私達は里を下りた。
まず向かったのは、レジーロの隠れ小屋だ。
「この短剣、どう思う?」
私がスーに、飾り付きの短剣を見せる。
「人族の国で造られたものだと思いますが……インブロリオが人族で、授かったものだという可能性があるかもしれませんね」
そう言って、スーは肩掛け鞄に短剣をしまった。
「ま、違ったとしたら、アインの投擲用の武器として使ってもらおう」
私が笑うと、スーもリリコも笑った。
「だが、それ以外は消耗品の類ばかりだな。もう使われることもないだろうから、入用なものは我々で持っていくとしよう」
リリコは矢筒に矢を補充し始めた。
一本一本吟味しながら筒にしまっていく。
スーは棚にあるいろいろな木の器をひとつひとつ確認している。
「何してるの?」
「昨日教わった調味料の類がないかと思いまして」
昨日十分譲ってもらっていたような気がしたが、何も言わないでおいた。
「私は、と……」
そういえば、森人の森を出たら、一度モナルキーアに帰ることになるのか。
父と母に、何か手土産でも持って行ったらいいだろうか。
でも、それをこの小屋で見つくろうというのも何か気味が悪いような気がして、結局私は何も鞄に入れずに小屋を下りた。
「何かあったか?」
「ううん。そりゃまあ、何か悪いことをしている奴だったら、証拠は残さないよね」
「それはもっともだな。では、ムスキョ樹海に向かおう」
リリコが先導し、私達は木々の間を進んでいく。
途中、蔓を切って水分補給をし、暗がりに潜んでいたオークを二体影にして、私達は明らかに雰囲気が変わる境目にたどり着いた。
はっきりとした境界線があるわけではないが、踏み入った瞬間に、空気が変わったのが分かる。
重苦しい感じだ。
「ここからが樹海だ」
「何に気を付ければいい?」
アインが尋ねる。
「大きく、三つある。一つ目は、きのこだ」
「きのこ?」
「トリルやスーの背丈ほどのきのこが群生している一帯がある。その胞子は、吸えば半日幻を見る。そこは、何かで口を覆って駆け抜けるしかない」
思わず、息を止めてしまう。
今までの旅とは、ちょっと毛色の違う感じだ。
「次は?」
「黒い花だ」
「それも、花粉を吸うとどうにかなるの?」
「いや、花自体は問題ない。ただ、その花に寄ってくる虫が危ない。影虫と呼ばれていて、その毒針に刺されると血の巡りが止まると言われている」
緊張感が増してきた。
「最後は?」
「……これは、私も見たことはないんだが」
ごくり、と固い唾を飲む。
「下肢が蛇、上体が人、という怪物が潜んでいるらしい」
「上が人間で下が蛇? そんなの、聞いたことない」
「ただの言い伝えかもしれないし、子供をしつけるための物語かもしれない。ただ、それに見つめられると体が石になるとか、髪の毛がすべて蛇になっているとか、とにかくおぞましい話ばかりを聞かされている」
私も含めて、四人とも言葉を失ってしまった。
髪の毛が蛇って、どういうことだろう。
蛇がものすごく細いのか、髪の本数がものすごく少ないのか。
どちらにしてもうじゃうじゃもぞもぞと頭の上で蛇がうごめいている様子を思い浮かべると、ぞっとする。
「遭遇しないに越したことはないが、万が一出会ってしまったら、戦うよりは逃げた方がいいだろう。私が射かけながら下がって、走って逃げることにしておこう」
私は外套のフードをかぶって、投げナイフを一本手に持った。
剣は歩きながら持つには不便だが、これなら問題ない。
アインを見上げると、わりときれいな布で鼻から下を覆い隠していた。
「よし、進もう」
樹海の空気は、さっきまでいた森林のような清々しさがなかった。
じっとりと重い空気が流れている。
暑いわけではないのに、体に汗が浮かんでくる感覚がした。
しばらく歩いて見つかったのは、きのこだった。
黄、青、赤、さまざまな色の、巨大なきのこが林立している。
リリコが振り返り、私達と目を合わせた。
私は頷いた。
リリコが駆けだし、私も続く。
後ろからスーとアインが続いてくる音がする。
息を止めて走る、というのは、かなりの労力だ。
しんどくなってきた。
リリコが足を緩めてくれたのは、もうちょっとで息を吸うしかないというあたりになってすぐだった。
「もういいぞ」
ふーっ、と大きく吸って、長く吐く。
「け、結構な距離でしたね」
「風精の魔法で、自分たちの周りだけ新鮮な空気にすることは出来なかったのか?」
アインの言葉に、リリコが目を大きくした。
「過ぎたことを行っても仕方あるまい。行くぞ」
リリコが歩き出す。
「帰りは、やってもらおうか」
「そうですね」
「そうだな」
黒い花は、その辺りからずっと視界に入っていた。
周辺を黒い虫が飛び交っている。
私とスーの服は、カスカータで鎧貝のかけらで強化してもらっているから、虫の針が貫けるとは思えない。
だが、アインの体は基本的に露出しているわけだから、心配になる。
人族や森人とは抵抗力が違うのかもしれないが、大丈夫だろうか。
ちらちら振り返ると、アインがふっと笑って見せた。
まぁ、私に心配されるほどのうぶな旅人じゃないよね。
「記憶が正しければ、樹海の外れまで来たと思うのだが……」
リリコが呟く。
どうか、このまま蛇頭の怪物に遭遇しませんようにと願いながら、私は少し足早になった。
耳に、懐かしい音が聞こえた気がした。
いや、気のせいじゃない。
これは潮騒だ。
「海が近い」
私が言葉を紡ぐと、リリコは前を向いたまま頷いた。
重苦しい空気に交じって、潮の香りが漂い始めている。
森が、開けた。
ぱっと明るくなった視界は、前方がまるっきり海だった。
とがった陸地が少し先まで続いているが、そこからさきは何もない。
ただ水平線が広がり、ずっと向こうには何の影もない。
樹海を抜けたのだ。
ふーっ、とスーが長く息を吐く。
「抜けましたね、樹海」
たたっと樹海から離れて駆けるスーが、海の向こうを眺める。
「きれいですね」
「そうだな。だが、目当てのものは見つからなかった」
リリコが言葉を次ぐ。
「歩きやすいところを選んで突っ切ってきたとはいえ、それらしいものは見つからなかった。帰りは、違う道を通って……」
「いや、待て」
アインがリリコを制した。
「トリル、スー。モンテ山の遺跡のことを覚えているか?」
私は頷いた。
「崖の下にあったやつでしょ?」
「そうだ。モンテ山に登ったことがあるミノタウロスはそれなりにいたし、俺も山野を駆け回っていた。にもかかわらず、あの遺跡の入り口はほとんど誰にも知られていなかった。ということは……」
アインが岬に向かって歩みを進める。
「この断崖絶壁の下に、遺跡があるとは考えられないか?」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




