第83話 守護
「樹海に行くって? 気を付けてね」
「南に行けば行くほど虫が大きくなるぞ」
「解毒剤持ったか? 向こうに薬師がいるから、寄った方がいいぞ」
翌日、セーメの里を歩いていると、森人達に次々と声をかけられた。
「来たときと全然違うね」
私がリリコに呟くと、リリコは笑った。
「里は狭いからな。見知らぬ顔には警戒するが、君達が里を救ったという話はもう全員が知っている。すっかり英雄扱いさ」
そう言って、リリコはアインに振り向いた。
「特に白い姿の英雄殿は、話題の中心になっているようだったぞ」
「その英雄は、今は借宿でお留守番だけどね」
「そんなに傷が深いのか? そうでもなさそうだったが……」
首を傾げるリリコに、私は澄ました顔で言葉を紡ぐ。
「怪我というのは放っておけば勝手に治るというものではないのだよ、リリコ」
私の言葉にスーが噴き出す。
これは、以前私が足に手投げ矢を受けたあとでスーに言われた言葉だ。
そして、あのときは、アインからもきつく注意を受けている。
「傷を負わない力量をもつのが一番だが、傷の処置について理解していることも、戦士としては重要な技量のひとつなのだ」
「まぁ、それはそうなのかもしれないが……」
リリコが苦笑する。
「それで、里のどこを案内すればいい?」
「人族の街とどんな違いがあるか分からないから、一通りぐるっと見て回りたいな」
わかった、と言って、リリコは私とスーと横並びになった。
「守護に利用できるものだったら、それを理由に譲ってもらえるぞ」
リリコがにやりと笑う。
この顔を見ると、私達とそれほど年が変わらないように思える。
その実、六十歳を過ぎて入るわけだが。
あらためて里を歩いていると、里は五、六軒の建物とひとつの広場が一緒になっていて、そのかたまりを橋でつなぐという造りになっていることがわかった。
また、それぞれの広場は同じ役割の人々が共有しているようで、薬なら薬、食べ物なら食べ物をつくったり加工したりする場になっているようだ。
「あ、あれはミエーレですね」
スーが黄色い粒が入った木の皿を見つけた。
「森人の調味料か。見てみるか?」
私達が近付くと、その場にいた四人の森人が笑顔で迎えてくれた。
「リリコ、里にいるなんて珍しいね」
「ああ、今日は客人の案内を引き受けた。それに、おかしなものを口にしないようにするのは、守護者の役目だろう?」
リリコの冗句に森人達が笑う。
「それじゃ、守護者様に食べていただけるものだけ提供しないとね」
腰を下ろすよう促されて、私達は広場に座った。
「ミエーレ以外にもたくさんの種類があるんですね」
「ああ。虫が集めた蜜を集めて、乾燥させて粉にするとミエーレになるのさ。こっちはコロランテって言って、味はしないけど飲み物や食べ物に赤色をつける粉だよ」
へぇ、と言いながら小皿を受け取る。
「真っ赤だ。これの原料も、蜜とか植物なんですか?」
「いや、それの原料はこれだよ」
そう言って別の小皿を受け取る。
そこには、びっしりと、たくさんの足を生やした甲虫がいた。
「ぅわっ!!」
私が大声を上げると、森人達が大きな声で笑う。
「も、もう……スーまで笑ってるし」
「すみません、つい……それにしても、いろいろな調味料があるんですね」
スーの好奇心に火が付いたらしく、あれはこれはとどんどん質問していく。
森人達も気を良くしたようで、原料から製造方法までつぶさに説明してくれる。
途中でリリコが、私を見て「根掘り葉掘り聞かないと気が済まないのか?」と呟いたが、私は苦笑して頷くしかなかった。
結局、結構な時間の講義を受けてスーはようやく満足し、せっかくだからと調味料を何種類も受け取っておみやげにしていた。
「すみません、お待たせしました」
「さすがスーだと思って見てたよ」
「私はあっけにとられてしまったが。さて、次に行くか」
次の広場は、武器の加工場だった。
といっても、私が見慣れた加工場とは違った。
大小さまざまな木や石が積まれたあばら家のようなものがあり、精錬をするような熱はない。
火があるのは、せいぜい石造りのかまどに煌々と灯っているくらいだ。
「森人は、鉄製品は使わないんだね」
「ああ。鉄というものがあることは知ってはいるが、森の中では手に入らないからな」
職人のみなさんに断って、短刀や、原料の石を見せてもらった。
「本当だ。縦に鋭く割れる」
「熱を入れると、形を変えることも出来るから短刀なんかをつくるにはもってこいなんじゃ」
ひげを伸ばした森人が言う。
石を割って刃状にし、それに木の持ち手をつけて短刀にする、というのが森人の武器づくりの基本らしかった。
「取っ手に芯を入れたりはしないんですか?」
はて、と首をひねる老森人に、私はやってみてもいいかと尋ねた。
私は大きめの石をひとつ持って、鎚でそれを打つ。
カキン、カキンと鳴らしながら、様々な角度で成形していく。
おぉ、という森人達の歓声が私を喜ばせる。
森人達は、刃は刃として作り、取っ手は木で挟む形でつくっている。
そうではなく、取っ手の部分まで長さを確保して、短刀を形作る。
「こういう形から、取っ手の部分を革で包んだり、木をつけてあげると、刃の付け根が折れるということはなくなりますよ」
ふむふむと言って、森人達が同じような形をつくってみる。
「なるほど、これは面白い」
「槍石の大きさ次第だが、この作り方もいいかもしれんな」
他にもいくつかの新しい方法、といっても私が父の仕事から学んだことだが、それでも森人達には良い刺激になったようだった。
「よく知っていたな」
武器の広場を後にしてすぐ、リリコが言った。
「何が?」
「私達の短刀が、根元から折れることがある、ということさ」
ああ、と私は言った。
「知ってたわけじゃないよ。ただ、造りを見たら、たぶんそうだろうな、って思ったから」
「たいしたものだ。旅をしていると、いろいろな知識が身に着くのだろうな」
それから私達は、様々な植物を使って料理をしている広場により、体によさそうなものをたくさん食べ、苦い顔をした。
次に衣装の類をつくっている広場に行き、人族の衣服のつくりについてあれこれ調べられた。
「この耳飾りは何?」
美しい顔をした女森人が注目したのは、スーの真珠の耳飾りだった。
「人族って、こんなものまでつくれるの?」
あ、いや、とスーがしどろもどろになる。
「それは、人族のものじゃないんですよ」
私がにやりと笑って助け舟を出した。
「人族じゃないってどういうこと?」
「水人の方にもらったものなんです」
顔を赤くしながらスーが言う。
「水人に耳飾りをもらったの? なになに、それってどういう関係なの?」
もはや、女森人の興味は耳飾りそのものではなく、スーと、耳飾りを渡した相手との関係性に向けられていた。
「で、ですから、恋人とかそういうことではなくてですね」
「恋人じゃないのに贈り物するってことはないでしょ?」
「森人はそうかもしれませんが、彼は水人ですし」
「じゃあ、水人が贈り物をするのはどういう関係の相手なの?」
「え~と……」
スーがたじたじになっている。
実際、私もどういう流れでスーが耳飾りをもらったのかは、聞いていなかった。
彼女を想うシラブルが渡したのだろうとは思うし、彼が軽い気持ちで渡したものではないだろうとも予測はつく。
そもそも、いちいち「誇りある」と枕をつけないと名乗れない人たちが、意味もなく贈り物をするはずがない。
ただ、そんな風に、大切な意味を込めて贈ったものだろうから、軽々しく聞くのはよそうと思って、聞かないでおいたのだった。
「そこまでにしてやれ」
リリコが苦笑して言葉を紡ぐ。
「え~、リリコだって興味あるでしょ?」
「興味はあっても、遠慮もある。ついでに言えば分別も、礼節も、矜持も」
はいはい、といって森人は笑って引き下がった。
「でも、本当にきれいな耳飾りね。いつか、そういう水人の装飾品をもっと見てみたいわ」
それじゃあ、と言って広場を抜け、私達は少し歩いた。
ベンチが置かれている広場に来て、リリコが立ち止る。
「トリル、スー」
振り返って、リリコが口を開いた。
「里を歩いてみて、どう感じた?」
私とスーは顔を見合わせた。
そして、スーが口を開く。
「きれいな里だな、と思いました。それに、みなさん、とてもいきいきしていらっしゃいます」
小さく頷くリリコに、スーが言葉を次ぐ。
「レジーロのことがあったので、森人が皆、嫌々自分の役割をこなしている姿を想像してしまっていました。でも、今日お話しした方々は、誰もそんなことなくて、むしろ楽しそうで……」
私も同感だった。
「私もそう感じたな。みんな、楽しそうだった。自分の役割に誇りをもってるように感じたよ。そりゃあ、毎日に不満をもっている人もいるんだろうけど、里全体がそんな気持ちに包まれているっていうわけじゃないんだなぁ、って」
リリコがさみしそうに微笑んだ。
風が舞って、彼女の髪を撫でた。
「そうか。外から来た君達がそう感じたのなら、きっとそうなのだろうな」
リリコが広場から遠くを見る。
太陽が下がり始めて、光が朱色に変わり始めていた。
「森人が培ってきた時間は間違いだったのかと、少し不安だった」
少し、声が震えた気がした。
「私が守ってきたものに、ちゃんと意味はあったんだな」
リリコの言葉に、はっとした。
そうか、彼女が守護してきたのは、森人の生活そのものだ。
ティコ達が覆そうとしている仕組みそのものも、リリコ達が守ってきたものの一部なのだ。
たとえそれに完全に納得していたわけではなかったにしても、リリコはそれを守ってきた。
「リリコは、立派だと思うよ」
私が言うと、リリコは振り返って、穏やかに笑った。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




