第82話 課題
「インブロリオ?」
リリコが言った言葉を、私は繰り返した。
「ああ。今際の際に、奴がそう言った」
ティコの家ではなく、ヘルデンの家に落ち着いた私達は、彼の奥さんが入れてくれたお茶を飲みながらリリコの話を聞いていた。
「人の名前でしょうか?」
スーが言葉を紡ぐ。
「分からない。森人ではないことは確かだ」
リリコが木の杯に口をつけて、ふぅ、と息を吐く。
「お前たちがいてくれてよかった。一人では、きっと勝てなかった」
「それはお互い様だよ。リリコがいてくれたから、大きな怪我人が出なくて済んだ。そもそも、真相を明らかに出来たのはリリコのおかげでしょ」
私はちらっとアインを見る。
まあ、アイン自身がたいした怪我じゃないと言っていたから、私の言葉に嘘はないだろう。
「明日にでも、それぞれの里の有力者に集まってもらうよ」
ティコが言う。
「ヘルデンおじさん、レガートおじさん、それに私が中心になって、氏族役割の制度を見直していく。レジーロおじさんがやったことは許されないことだけど、同じことが二度と繰り返されないように、森の在り方をみんなで考えていかなくちゃ」
「おそらく、彼に同調していた協力者もいただろうからな」
ヘルデンが言う。
「残念ながら、心当たりがいくつかある。それを明らかにしたうえで、あらたな仕組みを考えなければならん」
「ハーピー討伐の回数も増やさなければならないぞ」
レガートが首を振る。
「レジーロの一件がなくても、影の数は増えてきていた。森の中でオークを見たという守護者の報告も増えている」
そういえば、レジーロの小屋に向かう途中でリリコが仕留めていた。
「課題山積、だな」
リリコがお茶をあおった。
「トリル達は、これからどうするんだ?」
リリコの草色の瞳が私を見つめる。
「私達は……」
私はスーとアインをそれぞれ見た。
二人とも、任せるという仕草で私に応えた。
「何か手伝えることがあればと思うけど、人族がへんに関わらない方がいいのかな、とも思う。だから、自分たちで古い遺跡を探してみるよ」
「遺跡? そういえば、そんな話をしていたな。だが、森の中にそれらしいものがあるという話は……」
レガートが腕を組んで首を傾げる。
その視線はヘルデンに移ったが、ヘルデンも首を振った。
そして、ヘルデンがおもむろに立ち上がり、棚から一枚の大きな羊皮紙を持ち出してきた。
「これが、アルベロ大森林と呼ばれる森の全容だ。東西に広がり、中心から西側にここセーメの里、東側にラーモの里がある。俺達が戦った海岸は、この南東だ」
ふむふむと頷きながら、私は地図を見る。
「すごい広さ……リリコ達は、これを全部掌握してるんだ」
「いや……」
リリコが小さく首を振る。
「すべてというわけではないんだ」
そう言ってリリコが指さしたのは、南東、南西の海岸に挟まれた小さな範囲の森だった。
「このあたりはムスキョ樹海と言って、森人もあまり立ち入らない。毒性のある植物が多く、生き物を拒む。何かあるとすれば、この先だろう」
「そういえば、シェーナ女王が同じ名を口にしていたな」
「水人の女王が? ……森人以外にも名が知れているということは、古い時代からその名があったということだろうか」
レガートが言葉を紡ぐ。
それを受けて、ティコが何か閃いたという明るい表情になる。
「わかった! 古の樹海、毒性のある植物、とくれば、開拓者サルヴァトーレ! これはまさに、トリル達の冒険がそこに繋がってることのあかしだよ!」
そう言ったティコが、私をじっと見つめる。
うん、分かってる。
リリコを誘えってことだよね。
でも、そんな簡単にいくかな。
「ねえ、リリコ」
「なんだ?」
鋭く美しい視線が私に注がれる。
「もしよければ……」
「トリル達の道案内をしてあげて、リリコ」
ティコが口を挟んだ。
「樹海までの道はもちろん、樹海に入ってからのことを考えると、トリル達だけで行かせるのは心配だよ」
「それはそうだが……」
リリコが伏し目がちになって、木の杯に触れる。
「リリコは、ムスキョ樹海に何度も立ち入ったことがあるはずだし」
リリコがはっとした表情になる。
「風精、これからリリコが嘘をつかないかどうか見張って……」
「そこまでしなくていい」
ティコの呼びかけを遮って、リリコが首を振る。
「確かに、何度か樹海に踏み入ったことはある。森の全容を把握するためにな」
「ふむふむ」
「なんだ、その顔は」
「ううん。続けて続けて?」
「毒性のある植物は確かに多かったが、まるで進めないわけじゃない。案内がいれば、探索は可能だと思う」
ティコがにこにこしながらリリコを見つめ、リリコは困ったような顔でそれを受け止める。
それを見ていたヘルデンが、言葉を紡ぐ。
「リリコ、彼らの案内をしてやってくれ。里はまだ落ち着きそうにないが、それをどうにかするのは、守護者の役割ではない」
私からもお願いする、とレガートが口を開いた。
「統治者の責任を果たす上で、断罪は重要な仕事だ。それを手伝ってくれた彼女らの働きには、森人として応える必要がある。信頼できる守護者に、それを託したい」
ふたりがリリコを見る目は、優しかった。
「分かった」
リリコが頷いた。
「トリル達がよければ、私が案内役を務める」
「ぜひ、お願いします」
「出るのは、明朝でいいか?」
私はスーとアインを見た。
私とスーはともかく、アインはかすり傷があるから、一日くらいは休んでほしい。
「一日だけ、時間をあけてほしいかな」
「わかった。その方が、私も準備しやすいからな」
今日は泊まって行くといい、とヘルデンに言われたリリコとティコは、そのまま家に泊まることになった。
私達はティコの家の傍の借宿に戻って、装備を外した。
「長い一日だったな」
アインが腰を落ち着けて呟く。
「ほんとだね。あっちに行ってこっちに行って、降りて登って、登って降りて……」
「ら、楽をしてすみませんでした……」
スーが申し訳なさそうに言い、私とアインは笑ってしまった。
「そんなことないよ。こっちが何事もなく進んでよかったじゃない」
「まあ、それはそうなんですが……ティコ様の仕切りぶりには、本当に舌を巻きました」
スーが首を振る。
「そんなにすごかったの?」
「それはもう。王都の論客もあわやといったところです。まるで、相手の反論をはじめからすべて想定しているのではないかと思うような弁舌でした」
それはちょっと見てみたかったかな、と私が言うと、スーがこちらの話を聞きたがった。
私が樹上の小屋の話をすると、スーは感心して聞いていた。
「もう一度、その小屋に行ってみる価値があるかもしれませんね」
「何か、手掛かりがあるかもってこと?」
「はい。今は、インブロリオという名前が分かっているだけですが、何か特徴的なものが見つかれば、種族や国の情報は手に入るかもしれません」
頭に、飾り付きの短剣がちらついた。
あれも、何かの手掛かりになるだろうか。
「それにしても」
アインが呟いた。
「さっきの話の中で、誰もレジーロのことを悪し様に言わなかったな。奴がしでかしたことを考えれば、呪詛の一つでも口から出そうなものだが」
「それは、私もそう思いました。どこか同情的というか……」
「たぶんだけど……」
私は口を次いだ。
「森人は、みんな、誰もが役割と夢との間で思い悩む時期があるんじゃないかな。だから、レジーロの言葉も、本当はみんなが実感として思っていたことなんだと思う」
「役割に恵まれなかった者の苦しみと、役割が重荷になっている者の苦しみ、か」
「うん。みんな、その葛藤の中で、折り合いをつけてきたんだろうね。でも、本当は、役割で縛られるんじゃなくて、自分で決めて、自由に生きられたら、って思ってて」
言いながら、森人に限った話じゃないよな、と思う。
私達人族も、同じように、出自に縛られて、思い通りに生きられないっていうことがたくさんある。
「リリコを案内役に推したときだって、ヘルデンさんもレガートさんも背中を押してあげてた。きっと、リリコが森の外に憧れてるのを、みんな知ってたんじゃないかな」
「では、今回の遺跡探索は、いい機会かもしれないな」
私とスーは頷いた。
完全に森から出るわけではないにせよ、リリコにとって、望んでいた冒険が少しでも出来るかもしれない。
「あ、私もひとつ気になったことがありました」
「なに?」
スーがにやりと笑って私を見る。
「戦いの直後に、アイン様がトリル様を抱き寄せたのがすごく自然だったように見えたんですが……」
「おやすみっ!」
私は会話を切って寝床に向かった。
でも、最近、アインとの関係が深くなっているのは、自分でも分かる。
自分が、彼に惹かれていて、もうどうしようもなく好意を抱いているっていう自覚がある。
ちゃんと、自分の気持ちを伝えなくちゃ。
でも、いつ、どんな風に伝えたらいいんだろう。
悶々としながら、私はそのまままどろんでいった。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




