第81話 叫喚
誰も口を開かなかった。
ただ、レジーロの両隣に座っていた二人の森人が、居心地悪そうにうつむいていた。
「聞きたいんだけどさ」
レジーロが口を開いた。
「俺が真実を話して、罪は軽くなるのかい、兄貴?」
「それは、私が決めることではない」
レガートが首を振った。
「なんでだよ。罪人の罰は、里長の権限で決めることだろ?」
「今までは、だ。私は、ドラマティコと相談し、氏族役割の仕組みについて見直すことにした」
「なんだと?」
「言葉の通りだ」
レガートが言い放つと、レジーロの雰囲気が明らかに変わった。
「おいおい、ちょっと待てよ……定められた役割なんてもんに縛られて、どれだけの森人が人生を狂わされた? それを変えるために俺はこの手を汚してきたんだぜ?」
風が巻かない。
彼の言葉は真実だった。
「力が必要だった。だから薄気味悪い連中に取り入って、ようやく遺産を任された。両方の里長の血族を絶やし、森人の森を刷新するためにだ!」
レジーロが立ち上がり、実の兄を指さす。
「兄貴は知らねぇ。俺たちのような、役割に恵まれなかった森人がどんな思いで森を出る決意をするか!」
レジーロは、次にリリコを指さした。
「役割に誇りを持って喜んでいるような連中には分からねぇ。それが重荷となって苦しんでいる連中が、どんな思いで里での毎日を暮らしているか!」
レジーロが、私を指さした。
「森の外の連中には、分からねえよ。この閉塞感に押しつぶされて、息が詰まる感覚は。俺は俺のために力を得た。それは確かだ。だがな、俺は俺と同じ、苦しみを抱えている奴らを救うための戦いを始めたんだ。それを……」
レジーロが俯き、肩を揺らす。
泣いているんじゃない。
笑っている。
「それを、今更、恵まれてきた連中が手のひらを返して役割について考え直すだ? ふざけんじゃねぇよ。これまでさんざん幸福を享受してきた連中に、持たざる俺達の未来を任せられるわけがねぇだろうが!!」
スラァッ、とレジーロが腰の剣を抜き放った。
両隣の森人が腰を落としながら壁に逃げる。
スーも、アインも、私も、剣を抜いていた。
リリコはティコを下げ、自分は短刀を抜いている。
ヘルデンもレガートも、それぞれに短刀を握っていた。
『トイ、トイ、トイ……』
レジーロの口から『力在る言葉』が紡がれる。
『風精よ。風を圧し、空気を押し、つぶした流れを刃と化して渦巻け』
「みんな、伏せて!!」
『イン・ボッカ・アル・ルーポ!!』
鋭い風の流れが家中を裂いた。
ティコの叫びで、全員が姿勢を低くした。
アイン以外は、だった。
「アイン!!」
ケンタウロスがかがんだとしても、人族や森人のようには低くなれない。
とっさに大剣で盾をつくったアインだったが、露出している下肢に裂傷が出来ている。
「魔法で命を傷つけるなんて……!」
レジーロは、もう二度と魔法を使えない。
精霊に声を聴いてもらえない。
私が顔を上げると、レジーロはテーブルの上に立っていた。
その手には、闇の錫杖が握られている。
「カストラートを知ってるってことは、お前たちは俺が何をしようとしているか知ってるってことなんだろうな」
レジーロが私に言葉を発した。
気圧されてたまるか。
「知ってる。人としての姿を失って、ただの化け物になる。言葉を失い、人でも影でもない異形になる。死ねば、影すら残らないのよ」
木目の剣を両手で構えなおす。
カツ、と音がした。
アインが隣に並んだ。
「カストラートほどの剣士ですら、俺たちに敵いはしなかったのだ。馬鹿げた真似はよすんだな」
大剣を構えて、アインは言葉を次ぐ。
その腕のあちこちに、血が滲んでいる。
こんなやつの、許されない魔法のせいでつけられた傷だ。
柄を握る手に、力が入る。
「言え。お前やカストラートに、その邪な力を授けた奴は、何者だ」
くく、とレジーロが笑う。
「言う必要はねぇさ」
次の瞬間、レジーロが持っていた錫杖の先で、水晶が弾けた。
レジーロの両目が真っ黒く染まる。
変異が始まる。
アインの大剣が、スーの双剣が、リリコの短刀が、それぞれの剣閃で敵に襲い掛かった。
私は、私も機を同じくして剣を振るえていたことに、振り終わってから気づいた。
レジーロだった異形がめちゃくちゃに体を振り回し、私の体は大きく吹き飛ばされた。
したたかに背中を打ったが、動けないほどじゃない。
即座に顔を上げると、異形は扉を破壊して外に出た。
「行くぞ!」
アインが大剣を構えて外に追う。
スーと私は目を合わせて互いに頷き、アインに続いた。
外の広間では、異形が私達を待ち構えていた。
さっきの斬撃で裂けた部分から、闇が漏れている。
四肢は太く長くなり、レジーロが持っていた弓は左腕に取り込まれて肉体の一部と化していた。形こそ弓だが、弦もなく、矢もなく、その働きは失われてしまっている。
「無様だな」
リリコが歩み出た。
「それが、お前が選んだ役割か? それが、本当に望みだったのか?」
闇の双眸がリリコをねめつける。
避けた口元が歪む。
「リ、リ、コ」
笑っているように見えた。
異形が踏み込み、腕を振り上げる。
リリコは瞬間的に一矢を放ち、横に転がって一振りを避ける。
スーが横から青い刃を振るう。
薙がれた腕をかいくぐって、ひと突き、さらにもうひと突きをくらわせる。
異形は腕を振り上げてスーを遠ざけようとするが、剣を引くスーの動きの方が早く、身をひるがえしてそれをかわしたスーがさらに細かく腹部を裂く。
長剣に持ち構えたアインが異形の腕に切りかかる。
ガィン、という鈍い音が鳴り、力比べになった。
私は腰のケースからナイフを取り出し、息を吐く。
高い位置を狙う。
首元。
今。
投げナイフをさけるためにのけぞった異形の胸に、アインの長剣が刺さる。
ギュオッ、と濁った悲鳴を上げて、レジーロだったものがのけぞる。
のけぞった異形の胸に、同時に三本の矢が刺さった。
放たれた方向を見ると、リリコがいた。
スーが滑り込んで脚部に刃を走らせる。
よろめいた異形に、アインが手斧を二本投げ、両肩の口にめりこませた。
怒涛の連撃に押されて、異形はよろよろと下がった。
セーメの里に手すりはない。
風の精霊が押し戻してくれるから。
でも、レジーロは、魔法で命を傷つけて、精霊に背かれた。
彼を押し戻す優しい風は、なくなっていた。
音もなく、樹上から落下していく。
ザッ、と音がして見ると、飛び降りたリリコだった。
弓を構えたまま、里から地上へと降りていく。
遠すぎてはっきりは見えないが、霧消しかけているレジーロに弓を引きながら、リリコは動かない。
やがて、異形は四肢から影になって散り始めた。
リリコは、彼の姿が完全に消え去るまで、ずっと構えたままだった。
私ははっとしてアインを見た。
さっきのレジーロの魔法で出来た下肢の傷から血が流れている。
「アイン、大丈夫?」
「ああ。こんなのは怪我に入らない。前のお前に比べてば、どうということはない」
そう言って、アインは私をぐっと抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと!」
思わずスーを見る。
スーは大きく口を開けて、驚いているというよりも笑っていた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。
それでは、また次のエピソードで。




