第80話 糾弾
頭上にラーモの里を見過ごして、私達はさらに走った。
誰かに見つかりはしないかと少しドキドキしたが、リリコがそれはないと言っていた。
「あれだ」
鬱蒼とした木々の中、リリコは高い位置を指さした。
森の中でも場所によって生えている樹木には違いがあるらしく、辺りはとげのある枝や幅の広い葉っぱが生い茂っている。
「すごく高い位置にあるね」
里ほどではないが、それでもかなりの高さだ。
「森人しか使えないように、例の梯子の木からも遠ざけて作るのが通例だ。中は広くはないから、私とトリルが行こう」
アインは頷いた。
高いところに行きたくないという気持ちもあるかもしれないと思うと、ちょっと笑ってしまう。
いいか、とリリコに聞かれ、私は頷いた。
美しい声が精霊に呼びかけ、私達の体はふわっと浮かんだかと思うと、飛び上がって樹上の小屋に着地した。
濃い黒の木の壁と扉だった。
リリコが手をかけ、ギィ、と扉を開く。
中はこじんまりとしていて、確かにアインが入るととても調べるどころではなくなりそうだった。
「長さは?」
「私達が見たのは、どっちも同じくらいの長さだった。うんと……そう、リリコの矢くらいの長さだったよ」
ふむ、と言ってリリコが小屋に入っていく。
目の高さくらいの棚が四方に設置されていて、様々な大きさの木箱が置かれている。
隅にはおびただしい数の矢が備えられていて、合板の弓もふたつ置かれていた。
木箱をひとつ開けてみると、同じ種類の木の実がぎっしり入っていた。
別の木箱を見ると、また別の種類の木の実が入っている。
携行食ということだろうか。
がさがさやっている内に、私が目を引かれたのは一本の短剣だった。
「これ……」
私はそれを手に取って、鞘から抜いてみた。
まっすぐの刀身は銀色に光り、細やかな装飾が施されている。
「それは森人のものではないな」
リリコが一瞥して言う。
「森には、そんな風に金属を加工できる者はいない。森の外の技術だ」
「ってことは、ここはレジーロが使っている小屋だってことで間違いなさそうだね」
リリコが頷く。
「だが、それらしいものがないな。読みが外れたか……?」
私はう~んと唸りながら視線を上に向けた。
「あ……」
見つけた。
梁から、見覚えのある闇の粒がちらちら落ちてきている。
死角になっているが、間違いない。
「リリコ」
私が指さすと、リリコも気づいたらしく、頷いて応えた。
リリコが梁の死角に手を伸ばす。
「待って!」
彼女の手がぴたっと止まる。
「なんだ?」
「コレペティタは、その杖を手にしているときに影を操っていた。そして、その杖の力を体内に取り込んで怪物になった。カストラートも、杖を使って水を穢して、最後は杖の力を取り込んで怪物になった」
「何が言いたい?」
「直接触らない方がいいかも」
私はごくりと唾を飲む。
リリコは頷き、矢を一本手に取って、器用に梁の上に弧を描いた。
カチン、と音が鳴り、押し出された錫杖がその姿を現した。
「あれか」
私は頷いた。
「何か、別のものに入れて運ぶことにしよう。よし、この箱でいいか」
手近にあった箱から中身を捨て、リリコが錫杖を滑らせ入れる。
さらにその上から枯れた葉や汚れた布などを詰め、蓋をした。
「これでいいだろう」
私は頷いて応え、小屋を出た私達はリリコの魔法で地上に降りた。
「どうだった?」
「見つけたよ」
私が言うと、リリコが箱をアインに見せた。
「この中にある。何か、感じるか?」
アインが明らかに顔をしかめた。
「間違いない。感覚が鈍っていたが、これだけ近くにあればはっきり分かる」
「よし。では、戻ろう」
リリコが走り出し、私とアインも続いた。
帰り道は一度見た覚えがあったからか、なんとなく移動が速かったような気がした。
途中で二度、リストーロの蔓を切って水分と栄養を補給し、日が暮れる前にはセーメの里に戻ることが出来た。
時間が惜しい、と言ってリリコは私達に魔法をかけ、瞬時に樹上の里に飛び上がる。
また駆けて、駆けて、リリコはティコの家の扉を勢いよく開いた。
「戻ったぞ」
一拍遅れて入ると、そこには、ティコ、スー、ヘルデンがいた。
向かい合って座っているのは、レジーロと、二人の若い森人だった。
「会談中だぞ」
森人の一人が苦々しい顔でリリコをにらむ。
「分かっている」
リリコがつかつか歩いていき、テーブルの上に例の木箱を置いた。
そしてちらっとティコを見る。
ティコは小さく頷き、小さく口を動かし始めた。
看破の魔法を使い始めたのだろう。
「レジーロ」
「ん?」
「この中にある物が、お前の所有物かどうか、問いたい」
ふむ、と言ってレジーロが首を傾げる。
「こんな箱は、どこにでもあるもんだけど……何か、貴重なものでも入ってるのかい?」
軽い口調でレジーロが言うと、リリコが蓋を開いた。
そして、中に詰めていた布や葉っぱを取り出し、最後に箱をひっくり返した。
ガラン、と音を立てて、テーブルの上に、闇を漏らす水晶をつけた錫杖が転がった。
先端の水晶から、影が漏れる。
その場にいた全員が、ざわついた。
スーが私を見て、にっと笑って頷いた。
「なんだ、この禍々しいものは!」
森人の一人が声を張り上げる。
その視線は、錫杖からレジーロへと移った。
「これが、レジーロ、お前のものだと?」
レジーロが首を大きく横に振る。
「おいおい、待ってくれよ。いきなりこんなものを見せられて、俺のものじゃないかだって? 疑うべきは、こんな奇妙なものを持ち込んできたリリコのほうだろうが」
「レジーロおじさん」
ティコがレジーロを見据えて口を開く。
「これは、おじさんのもの?」
冷たい沈黙が流れる。
「いや、違うぜ」
瞬間、部屋に風が巻いた。
扉は締め切ってあり、開いた窓もない。
それなのに、風が巻いた。
「これは……」
「看破の魔法だ。まさか、ドラマティコが?」
森人達が驚きの表情を浮かべてティコを見る。
「もうひとつ聞きます」
ティコの目が強く光る。
「ティコのお父さんを風に還したのは、おじさんなの?」
その場にいた全員が、息をのんだ。
アインが扉の前に立つ。
私は、胸のティアドロの石に手を当てた。
「……」
レジーロは何も言わない。
「看破の魔法が反応出来ないように口を閉ざしているのか? その沈黙こそが答えということだろうが」
ヘルデンが語気を荒らげる。
「ふーっ……」
レジーロが長い息を吐きながら、天井を仰いだ。
「なんで分かった?」
そう言ったレジーロは、笑っていた。
追い詰められているはずなのに、その表情には余裕があった。
「里長の死因は、矢傷だった。しかも、寸分たがわず、致命的な急所を貫いていた」
ヘルデンが言う。
「戦いに参加した者の中の誰かであることは明白だったのだ。そして……」
「私に手を掛けようとしたことだ」
奥の部屋からレガートが姿を現した。
「……なるほど、兄貴は生き延びてたのか。やっぱり、自分の手で直接やらねぇとダメだったか」
「そして、彼らが教えてくれたぞ。その杖の力があれば、影を意のままに操ることができるとな」
私とアインに視線が集まる。
「は、はい。その杖を使って影を操ったり、生み出したりする者たちを、私達は旅の中で見てきました」
へぇ、とレジーロが笑う。
「それって、赤い髪の剣士だったりする? ……なるほど、そういや、あいつは昔、ケンタウロス狩りをやったんだっけ。それで復讐をされちまったってとこか」
「闇の力を使う者たちと、関わりがあるっていうことね」
私が言葉を紡ぐと、レジーロは大きく頷いた。
「おお、そうとも。影を操り、生み出す力を用いれば、森に平和をもたらすことが出来るからな」
「なんだと?」
リリコが鋭い目でレジーロを見据える。
「森人のため?」
ティコが鋭く言い放つ。
「そうさ。森の外では、多くの新たなものが生み出されている。この水晶もそうさ。俺達森人が森の中で古い生活を守っている間に、世界では影を支配する方法が生み出されてたんだ。これを使って、この愛しい森にさらなる平穏をもたらそうとすることが、罪か?」
風が巻いた。
「魔法がなくても、誰も信じないよ、レジーロおじさん。おじさんは、森のためを思ってなんかない」
ティコが立ち上がる。
「せめて真実を語りなさいよ、卑怯者!!」
ティコの目から、大粒の涙があふれ流れた。
それでも、彼女の目は父親の仇を強くとらえて離さない。
心なしか、家の中の風が強く渦巻いたような気がした。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
書き溜めていたものを投稿する日々ですが、このあたりは勢い良く書いていた記憶があります。
登場人物が語る場面は作者の自己満足かもしれませんが、いきいきしていて好きです。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
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それでは、また次のエピソードで。




