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第79話 隠密

「遅かったな」


 初めて上った木の出口で、リリコが待っていた。


「うん、ちょっと……それで、これからラーモに行くの?」

「いや、ラーモへは行かない」


 私とアインは顔を見合わせた。


「レジーロの家から闇の錫杖を見つけ出すのだろう? ラーモに行かずにどうする」

「ケンタウロスは家を持たないだろうが、人族は、自分の大切なものをどこに置いておく?」


 草色の瞳に見つめられて、私は思いを巡らせる。

 隠しておきたいような大切なものなんてあったかな。


「やっぱり、家、かなぁ」


 たぶん、と付け加えながら私は言葉を紡ぐ。


「誰だってそうするだろう。森人エルフでもそうだ。だが、レジーロは別だ。彼は里にいる間はレガートとともに育った家に寝泊まりをしている」

「そっか。同居人にも秘密にしていることなら、家に置いておくのは危ないのか」


 リリコは頷いた。


「では、別の協力者に預けている、ということか? 確か、お前が初めて森人エルフの話をしたときに、小さな集落はいくつかあるというようなことを言っていたな」


 アインの言葉に私は納得しかけたが、リリコは首を振った。


「レジーロという男は、そう簡単に他人を信用しない。昔からそうだった」


 にわかに目つきを鋭くさせて、リリコは弓をぐっと握った。


「結論を言おう。奴がそれを隠しているのは、おそらく守護者の宿だ」

「守護者の宿? 森の外れにあった燻製小屋みたいな建物?」


 私が言うと、リリコが首を振って苦笑した。


「それはただの燻製小屋だ。守護者の宿というのは、森の中に十数か所ある、樹上の休憩所のことだ。歴代、守護の役割を担った者たちが、いちいち里に帰っていては務めを果たせないということで各地につくった」

「十数か所、これからすべて回るつもりか? 時間は限られているのだろう」

「すべてを回る必要はない。目星がついているからな。誰も使わなくなって久しい宿が二つだけある。そしてそのうちの一つはセーメの側にあり、もうひとつはラーモの側にある。つまり……」

「ラーモの側にある、使われていない守護者の宿が、レジーロの隠れ家ってことか」


 リリコは小さく頷く。


「セーメまでの道は、上を通るとレジーロや、奴に与するものに動きを察知される可能性がある。森をつっきり、その宿をあさるぞ」

「高いところを走るよりは、そのほうがずっといい」


 アインが笑う。


「では、いくぞ。トイ、トイ、トイ……」


 リリコが私達に手をかざし、『力在る言葉』を唱え始める。


風精ウェントゥスよ。我らを風で包み、無事に大地に着地せしめよ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』


 ふわっ、と体が浮き上がり、吊るされたように風に包み込まれながら、私達は地上に降り立った。

 さっきまでいた樹上の里は、はるか頭上にある。

 リリコが走り出し、私とアインもそれに続いた。

 かなりの速さで走られるかと思ったが、リリコは加減をしてくれているのか、私の足でもついていけそうだった。

 途中、アインが私を見て、大丈夫かといいたげな顔をしたが、私は笑顔をつくって応えた。


「しっ」


 急にリリコが立ち止まり、弓を構え、矢をつがえた。

 そしてヒュンッ、と弦で風を揺らす。

 ギャウッ、と声が響く。


「オークだ」


 どこにいるか、まったく分からなかった。


「たしかに……あれが見えたのか」


 アインには見えたらしいが、それでもかなりの距離のようだ。

 やっぱり、私にはその姿を見つけられない。


「行くぞ」


 何事もなかったかのようにリリコがまた走り出した。

 私とアインも、それに続く。

 リリコの後姿を追いかけながら、私の頭の中にはティコの声がよみがえってきていた。


「リリコを、森の外につれていってあげてほしいの」


 それが、彼女の三つ目のお願いだった。


「リリコね、小さいころ、森の外に行って、冒険をしたかったんだって。今はそんなこと言わなくなってるけど……」


 ティコが真剣な目で私を見ていた。


「ティコね、知ってるんだ。リリコ、今でも古い冒険物語の絵本を読んで笑ってるときがあるの。ずっと旅に憧れてるんだと思う。森の外れまで見回りに行ってるのだって、きっと夢を捨てきれないからなんだよ」


 物語を読んで想像を広げる。

 ああ、すごくよく分かるな、と思った。

 ノルドで生活していたころの私も、そうだった。

 毎日の店番、家事の繰り返しの中で、白馬の王子様への憧れも、世界を旅する物語も、ずっと頭の片隅に残って息づいていた。


「トリル達が森に入ってきたとき、きっと、リリコはすごく興奮したんだと思う。里に戻ってきたとき、あんなに声が弾んでいたこと、今までに一度もなかったもん」


 そんなに気持ちが高揚していたようには見えなかったような記憶があるが、それは言わないでおいた。

 レジーロの糾弾が終わって、氏族役割の制度が見直されたら、リリコは森を出るんだろうか。

 そのとき、私達が彼女の背中を押してくれたら、きっと……とティコは言っていた。


「よし……」


 リリコが立ち止まった。


「一度、休憩しよう。半分ほどを過ぎたから」


 ふーっ、と息を吐き、私は肩掛鞄に手を伸ばした。


「ちょっと待て」


 リリコはそう言うと、短刀を抜いて一本の木に向かった。

 その木はとても多くの蔓に巻きつかれていて、多くの蔓が絡み合って一本の木を形成しているといってもいいような形状だった。

 リリコは、そのたくさんの内の一本を切り、さらにその下の部分も切った。

 管のようなそれに、リリコが口をつけてちゅるっと何かを吸い込んだ。

 また同じように蔓を切り取り、今度は私に投げてよこした。

 飲んでみろ、という意味だろう。

 私は見様見真似で口をつけ、ちゅちゅっと吸い込んでみた。

 口の中に少し硬い触感のある水が入ってきた。

 驚いたのはその味で、爽やかな酸味が口に広がり、なんとも心地いい。


「おいしい!」


 リリコはまた蔓を切り取り、アインに放り投げる。

 アインもそれに口をつけ、中を吸い込んだ。

 感心したようにアインも声を漏らす。


「これはリストーロの木といって、樹液をたっぷり蓄えているんだ。疲労回復に最適で、味も悪くないだろう?」


 リリコが笑う。

 私も剣を抜いて、同じように蔓の上の部分と下の部分を切り取り、口をつけてみる。

 スッ、と吸い込んだが、予想に反して、何も口の中に入ってこなかった。

 あれ、と首を傾げると、リリコはまた笑った。


「そこじゃない。このへんだ」


 そういって彼女が切った部分は、別に私と高さが違うわけでもないように見える。

 しかし、受け取った蔓を吸い込んでみると、あの酸味のある液体がちゃんと入ってきた。


「違いがわかんないよ」

「そうか? 簡単だと思うがな」


 俺も試してみよう、と言ってアインが切り取ってみるが、彼が樹液にありつけたのは四本目になってようやくだった。


「人族やケンタウロスには難しいようだな」


 ふふ、とリリコが笑う。

 その笑顔は、張り詰めた守護者のものではなかった。

 きっと、役割というしがらみがなければ、リリコはこういう姿の方が本来なのかもしれない。

 でも、役割があってこその自分だ、ということだってある。

 スーも、私も、アインも。

 いろいろな自分がいて、それいいのかもしれない。


「では、ケンタウロスの知恵もひとつ披露しよう」


 そういってアインは背嚢から何か小さなものを取り出し、リリコに手渡した。

 アインが旅の途中で何度も作っている保存食としてのパンだ。

 リリコはそれをひとかじりして、にっと笑った。


「はは、こんなに味が濃いものを普段から食べているのか?」


 そういえば、森人エルフの食べ物はどれも薄味だったっけ。


「森の中と外で、やはり随分違うものだな。人族も、同じように味が濃い物ばかりなのか?」

「それで味が濃かったら、私のは大変だよ」


 苦笑しながら、私は鞄から小さな手製の飴を取り出した。

 飴を放り込まれたリリコの口が、たちまち一文字に横になる。


「だ、大丈夫?」


 リリコがこくこく頷く。


「ミエーレを固めたみたいだ」


 ミエーレは、砂糖みたいな黄色い粒のもののことだったか。


「そういえば、森の外れで出会ったとき、君達はおいしいものを探しているとか言っていたか。なるほど、こんなにいろいろな味があるのなら、あちこち旅をしたら楽しいのだろうな」


 笑いながらそこまで言ってリリコはハッとして、首を振った。


「少し休めたな。また走るぞ」


 リリコね、小さいころからずっと、森の外に行って、冒険をしたかったんだって。

 ティコの言葉が、また頭に浮かんだ。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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