第8話 買い物
通りを行く人に話を聞いた。
武具を扱う店はオストに数軒あるそうだが、十人に聞けば十人が薦める店がある、と言う。
それは『金鶏』という店で、試しに十人に聞いてみたところ、本当に十人がその店を薦めたので、私達は向かってみることにした。
『金鶏』は大通りを北に行き、市場を抜けて少し進むと右手に見えるという。特徴的な外観だから、行けばすぐに分かるということだったが……
「これだな」
アインが言って、私は同意した。
うちよりも大きな構えの店が、真っ黄色に塗りたくられて鎮座している。
正面の扉の上に、大きくニワトリの絵が掲げられていることからも、間違いないだろう。
「事前に聞いていないと、鶏肉屋さんにしか見えないね」
私が言うと、アインは笑った。
扉は私には大きかったが、アインにとっては小さく、ケンタウロスの戦士は身をかがめて店内に入った。
店の中は一面が売り場になっていて、工房は店の中からは見えないつくりになっていた。
壁にかけられた剣や槍、斧の類や、人型に着せられた鎧や小手、具足を見て回る。
そうでもないな、と思った。
父の仕事の丁寧さがよく分かる。
例えば鎧の継ぎ目に使われる留め具は、鋲を打つ部分だけを厚めにつくる。そうしないと、戦いの衝撃に耐えられず、最悪の場合、その部分から外れ落ちてしまうからだ。
しかし、仰々しく展示されている鎧は、金属の板を鱗状につなぎあわせている種類でそれなりに磨き上げられてはいるが、肝心の留め具が薄い。これでは、膂力のある戦士に鈍器で打ち据えられると、二度か三度しか耐えられないだろう。
「こんなに色々と置いてあるとは、確かにすごい店なのだろうな」
アインはそう言ったが、私はう~んと首を傾げた。
「何かご入り用ですか、旅の方」
声をかけてきたのは、お腹の出た中年の男性だった。この店の主なのだろう。
「見たところ、既に上等な鎧や剣はお持ちのようですが」
見上げられながら言われ、アインは手近な剣を一振り持った。
「武器はひとつだけあっても乱戦には耐えられん。常に質の良いものを求めるのが戦士だ」
仰るとおりですと言って、店主はアインが取ったものとは別のものを手に取った。
「当店の武具は、どれも職人達が腕をふるった質の良いものばかりでございます。ご注文を頂ければ、特注品をつくることも可能です。もちろん、料金が割り増しになりますが」
「アインの足下を守る具足でも造ってもらう?」
私の言葉に、アインは笑った。
「脚に防具をつける、という冗句が人族にもあるのだな。そんな無駄なことをするはずがあるまい」
冗句のつもりではなかったが、ケンタウロスについてひとつ勉強になった。
「俺は今すぐに入り用というわけではないが、トリルはいいのか。剣一本では、心許ないだろう」
アインの言葉に、店主がえっと声を上げた。
「失礼ながら、お嬢さんも剣持ちですか?」
ええ、と私が頷くと、店主は頭を掻いた。
「こりゃ驚いた、私はてっきりこの人馬の戦士の付き人か何かかと。ちょっと、得物を見させてもらって構いませんか」
断る理由もないので、私は腰の鞘から剣を抜き放ち、店主に丁寧に手渡した。
店主は慎重にそれを受け取りながら、まじまじと木目の刀身を見つめる。
アインも興味深げに刀身を見ている。そういえば、この剣をアインに見せるのは初めてのことだ。
「不思議な剣だな。この模様は、何か意味があってつけているのか?」
私は首を振った。
「何故かこうなった、としか言えないかな。お父さんが色々な合金を試している中で、これだけが上手くいったの。同じ割合で合わせても、後にも先のもこの一振りだけ」
今度は店主が口を開く。
「試しても?」
私が頷いて応えると、店主は近場にあった枯れ木を台の上に置いた。これは自分の店でもやっていることだが、武具屋では枯れ木を両断できるかどうかで切れ味を試す。枯れ木が折れたり割れたりするようなら、切れ味はそれほどでもない、ということになる。
店主がヒュンッと風切り音を立てて振り下ろすと、剣は枝と、その下の薄い台を両断した。枝には、割れが微塵もない。
「この切れ味……そして軽くなく重くなく、装飾も多くなく少なくない。素晴らしい剣だ。失礼ながら、これをつくった方は?」
「北の街ノルドの、ブッフォという職人です」
聞いたことがないな、と首を傾げながら店主は言う。
「いや、素晴らしいものを拝見させて頂いた。これほどのものをお持ちなら、残念ながら当店の品は必要ないでしょう。ノルドのブッフォ殿、覚えておきます」
言いながら、店主は台帳らしきものにサラサラと書き付けた。
「確かにその剣は素晴らしいが、本当に一本でいいのか?」
アインが言う。
「切れ味はすぐに元通りになるし、問題ないと思っているけれど、どうして?」
「人族の戦い方をよくは知らないが、有利を維持するためには、武器を投擲したり持ちかえたりする必要があるだろう。例えば長柄相手に剣で立ち向かうよりは弓、岩を纏う相手には刃物より鈍器のほうがいい。トリルが余程の剣の達人ならば話は別だが」
ふむふむ、と私は頷く。
「確かにそうだね。でも、アインみたいにアレもコレも持ち歩いて使いこなすのは、私には難しい気がするな」
改めて壁に掛かっている様々な武具に目をやる。
投げ槍や手斧、両手で扱う槍斧、弓などを見るが、どれも自分が扱う想像が出来ない。振り回されて終わりだろう。
「それなら、いいものがありますよ」
そう言って、店主が店の奥から持ってきたのは、小型の弩弓だった。基本的に剣や槍などの鉄の武具をつくっているうちには置いていないものだ。
「これは当店で開発した小型版で、力のないご婦人でも護身用に扱える工夫がされています」
店主が弩弓につけられた取っ手をくるくる回転させると、噛み合った歯車の仕掛けで弦が引っ張られていく。
「こうして矢をつがえて、引き金を引けば、発射できるというものです。連射は出来ませんが、特別な技術は必要ありませんし、手を増やすというそちらの戦士殿の言葉には合っているかと」
矢を置き、店主が鎧を着ていない人型に向かって引き金を引く。
勢いよく射出された矢は胴体部分に深く突き刺さった。
「面白い武器だ。人族はいろいろと考えるな」
これはいいかもしれない、と私は思った。
実際のところ、木目の剣を持っているとは言え、怪物に襲われてまともに戦えるかどうか自信はない。
そもそも、自分が剣で何かを切りつけたことなどないのだ。
しかし、これがあれば、遠くから射撃してアインを援護したり、逃げながら戦ったりなんていうことも出来るだろう。
あまり怪物に遭遇することを考えたくはないが、現に数日前に襲撃されているのだから、用意は万端にしておきたかった。
私はその小型弩と、固い樺製の矢を筒で買い、腰の後ろに備えた。
「結局私の買い物に付き合ってもらっちゃったね」
私が言うと、アインは笑って首を振った。
「いや、色々と面白いものを見ることが出来て有意義だった。トリルの父殿は、そういうものはつくらないのか」
「うちでは、こういう、なんていうの? からくり? の類は全然だったなぁ。昔ながらの剣やら鎧やらばっかり。まぁ、そのおかげで技術は磨かれてきたんだろうけど」
私はそう言いながら、青空を見上げた。
太陽は大分高い位置まで上っていて、宿に行けば部屋に入れるような感じだった。
アインも同じように考えたらしく、空を見て、それから私を見た。
「時間的にはちょうどよさそうだな。行ってみようか、その……」
「牡丹亭、ね。お腹も空いたしね」
私達が通りを歩いていると、その宿はすぐに見つけることが出来た。
焼いた煉瓦で彩られた壁に、牡丹をあしらった看板が掛けられていた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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