第77話 夢
「とんでもないことになっちゃったな」
ティコの家から少し離れたところで、樹上の街から空を見て、私はひとりごちた。
レガートは、今もティコの家に潜んでいる。
リリコは元々ティコの世話役として居候しているとのことで、そのままティコの家にいる。
私達はといえば、ティコの家のすぐそばの空き家を借りて宿にさせてもらい、昼食なのか夕食なのか分からない時間で食事を摂って、そのまま休んでいた。
なんとなく外の空気を吸いたくて外に出ると、すでに日は落ちていて、遠くの空は朱色に、反対側の空は深い青に染められていた。
「トリル様」
声をかけられて見ると、スーが歩いてきていた。
そのまま私の隣に立って、スーがぐぐっと伸びをする。
「いい風ですね。高い所だから、空気がきれいです」
本当だね、と私は笑う。
アインは、と聞くと、横になって休んでいるとのことだった。
「何をお考えになっていたんですか?」
「何を考えたらいいのか、考えてた」
私が冗談めいて笑うと、スーもクスクス笑った。
「だって、種族の絆を紡ぐ旅に出たのに、種族の中で絆が綻びてるとは思わないもの。これまでに訪れた国とは、勝手がまるで違うなぁって」
「コリーナでもカスカータでも、どちらかというと好意的に受け入れてもらえましたからね。リリコ様やティコ様はそうですが、森人の方々全体としては、私達にまだ警戒心が強い様子ですし」
そう言われて、私は周囲を見渡してみる。
森人達の姿がそこにないのは、ただ生活の様式として家に帰る時間帯だと言うだけなのか、私達に警戒して姿を隠しているのか、私には分からなかった。
「空洞の大木、木の上の街、久しぶりの海辺。言葉だけなら、どれも、美しい旅の一幕って感じがするんだけどね。闇の錫杖を壊せば、一件落着! っていうわけにもいかないだろうしさ、今回は」
スーは頷く。
「レジーロが闇の力の一員だとして……彼の罪は裁きの対象になりそうですが、長年の森人の議題である役割や自由かという戦いに決着がつくわけではないですもんね」
「役割、かぁ……」
私は沈んでいく太陽の光を見る。
「私の、紫眼の乙女っていうのも、役割といえば役割なんだよね」
そうですね、とスーが頷く。
「自分が知らない誰かに役割を負わされるっていう意味では、一緒だよね。押しつけられたくない、自由に生きたいっていう気持ちも分からなくはない、かな」
「……予言は、重荷ですか?」
「ううん、そんなことないよ。予言のおかげで、スーと旅が出来て、アインとも旅が出来てるんだもん。それに、ここまでに出会ってきたたくさんの人との出会いは、私にとっての宝物」
私はスーを見て笑った。
「でも、それは私が少なくとも、そうしたい、っていう意志をもって旅に出たからなんだろうね。やりたくない役割を負わされている人や、やりたい役割があるのに担わせてもらえない人は、やるせないよね」
ふたりの間に、沈黙が流れる。
居心地の悪い沈黙ではなかったが、スーが何を考えているのか、気になった。
「私は、役割というのは自分が定めるものだと信じているんです」
私は何も言わず、スーが言葉を次ぐのを待った。
「小さいころ、たくさんの物語を読む内に、英雄やお姫様に憧れるようになりました」
スーは空を見上げながら、蕩々と語り出した。
「英雄サルヴァトーレに憧れて木剣を振り始め、双子の賢者ロトロとリブロに憧れて魔法を学び始めました」
「お父さんのインテルメッツォさんに憧れて魔法を始めたんじゃないんだ」
私が笑うと、スーは苦笑を浮かべた。
「そう言われると、そうですね。父の影響を受けたのは、もう少し大きくなってから……そう、予言書について知ってからのことです」
スーは私を見つめた。
その翡翠色の瞳は透き通っていて、それ自体が宝石のように輝いて見えた。
以前、水人のシラブルが、スーの瞳を美しいと讃えていたことを思い出す。
「修練を重ね、学習を深める内に、気付いたんです。ああ、この人達には役割があったんだな、って。英雄には魔王を打ち倒すという役割があって、賢者には天と地の世界への扉を開くという役割がありました。それなら、私の役割はなんなんだろう、って」
「それで、予言書の中にそれを求めたのね」
私が口を挟むと、スーは伏し目がちに頷いた。
「該当するような記述を見つけられませんでした。そもそも、予言書には特定の人物の描写がほとんどないんです。『紫眼の乙女』という文言を見たときは、思わず自分の瞳の色を鏡で確かめましたよ」
まばたきの回数が増えたのが自分でも分かる。
スーは続ける。
「それで、ある日、閃いたんです。私自身に大きな運命や役割が割り当てられていないのだとしても、その人物を支え、助けることは自分の意志で出来るって。それを自分の人生にしよう、って」
スーが私を見た。
旅をしてきた間、ずっと向け続けてくれた笑顔で。
「私、トリル様に出会えて、よかったです。あなたこそが、私にとっての運命なんです」
思わず、顔が熱くなる。
胸のずっと奥の方も、じんわりする感じだった。
「役割は自分で定めるもの、かぁ」
スーの言葉を繰り返す。
「私も、予言の記述は抜きにしても、いろいろな種族とつながりをもちたいっていうのは、もう自分の望む道になってる。きっかけは定められたものだったかもしれないけど、これは自分で定めたものだって胸を張って言えるようになりたいな」
「なりますよ、きっと。なんていっても、私のお友達ですから」
スーの笑顔がまぶしい。
この笑顔に出会えてよかったな。
「トリル、スー」
可憐な声がして振り向くと、ティコが立っていた。
「ティコの話も聞いてもらっていい?」
私とスーは顔を見合わせた。
今の私達の会話も、この子は聞いていたんだろうか。
少し、恥ずかしい気がした。
ティコは私とスーの前に立った。
立って並ぶと、私よりもスーよりも、彼女はさらに身長が低かった。
「魔法は使ってなかったんだけど、二人の声がして……途中から、全部聞いちゃった。すごく、素敵だなぁって思って」
細くはかなげな声でティコは言葉を紡いだ。
「ティコもね、役割って、自分で定めることが大切だと思う。できる人が、できるときに、できることをやれば、里はうまくいく。それだけのことだと思うの」
私もスーも、黙って頷いた。
「森人は、あらかじめ役割を定めることで、ほんの少し、手間が省けてきたっていうだけだったんだよ。でも、その少しの手間以上のひずみが、あちこちにつくられ続けた。そのひずみが、多くの若者を里から遠ざけ、お父さんを風に還し、レジーロおじさんを狂気に走らせた」
ティコが、私達と向きを合わせて同じ空を見上げた。
「ティコが、氏族制度最後の里長になる」
細いけれど、揺らぎのない声だった。
「レジーロおじさんの行いを明らかにすれば、統治者としての力を示すことができる。懲罰も統治の役割の一つだから。そうすれば、ティコの襲名に反対している人たちも了解せざるを得なくなる」
そうしたら、とティコが言葉を次ぐ。
「ティコが里長として、氏族役割の制度を否定する」
ティコの小さな肩に、とても重く、大きなものがのしかかっていることが分かる。
同じ年で、森人としては子供である彼女が、種族全体の在り方を真剣に考えている。
私が、ティコ、と声をかけると、彼女は振り向いた。
「私達は、森人がどうしていくかについては、何も言えない。でも、よくない力を行使している人たちを、私達は止めたい。だから、協力するよ」
ティコは深く頷いた。
「トリル達にお願いしたいことが、三つあるの」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




