第75話 後退
「下がれっ、下がれっ!!」
森に入って少ししてのことだった。
怒鳴り声とともに、森人達が遅れていた私達に向かって駆けてくる。
わけもわからず、私もスーも、そしてアインも下がる。
入って間もなかった森からすぐに出て、また砂浜に戻ってきてしまった。
砂丘の方で、またギャウギャウとハーピー達の金切り声が聞こえる。
波打ち際まで下がり、私達は森の方を見た。
「何事でしょうか」
「わからん。だが、抜いておけ」
アインが大剣を構える。
私もスーも、それぞれに剣を手に取った。
「無事だったか、三人とも」
ヘルデンが弓を絞ったまま森から出てきて、私達の近くに来た。
「何があった?」
「突然だった。新手の影が信じられないほどの数押し寄せてきて、先を歩いていた連中が……」
どうなったかは、聞けなかった。
強い相手ではないにせよ。狭い森の中で一斉に襲いかかられたら、ひとたまりもなかったかもしれない。
「こっちの里の長はどうした?」
「レガートか。姿が見えないが……」
ヘルデンが目を遠くにやる。
森ががさがさ鳴り、また何人もの森人が飛び出してきた。
レジーロだった。
「広がるな、固まれ!! すぐ来るぞ!!」
森から出てきた十人くらいの森人達が集まる。
「矢の数が……」
誰かが呟いた。
彼の腰の矢筒を見ると、十本ほどしか入っていないように見えた。
「後ろは海、前には見知らぬ怪物ども、時間が経てばハーピーが寄ってくる、か。そして矢の数は心許ない」
ヘルデンが苦笑した。
「アイン、しんがりを頼みたい」
しんがり……隊列の一番最後のことだったっけ。
アインが頷く。
「聞け! 森を西に寄りながら動き、敵の切れ目を見て北西に森へ入る。このヘルデンが先陣を切ろう。生き残って、まずはラーモの里まで戻るのだ!」
森人達が心細げに頷く。
「トリル」
「ん?」
青い深い瞳が私を見据えた。
「俺から離れるな」
ドキッとしてしまった。
「私はどうしますか?」
スーが真剣な顔でアインを見る。
「ヘルデンといけ。それ以外の森人は、信用できんから、油断するな」
分かりました、と言ってスーは駆け出し、ヘルデンの横に着いた。
ヘルデンがそれに気付き、にっと笑って見せた。
「青い二刀の剣士、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ、森の戦士長」
ヘルデンとスーが走り出した。
森人達が森に向かって矢を射かけながら続く。
アインは大剣から長剣に持ちかえ、後ずさる形で動く。
ただ、後ずさると言っても軽快に跳ねるように動くので、かなり速い。
「アイン、私が森を見る」
「分かった。俺が空を見よう」
あの影もどきの連中なら、私の剣で圧倒できる。
この分担が、きっと一番いい。
一体、二体とちりぢりに森から怪物が現れ、私達に向かってくる。
砂に足を取られないよう、捻るように足に力を入れて、迫ってくる順に木目の剣を振るう。
一刀ごとに、敵に致命傷を負わせていく。
「やるな」
高い位置からアインの声がした。
でも、今はそっちを見るほどの余裕はない。
ギャウッ、という断末魔が聞こえるたびに、アインの攻撃の成功を確認できるくらいだ。
それでもまだ迫ってくる怪物に刃を走らせ続ける。
「おいっ、もっと下がれ!」
声の主を見ると、スーのいる先頭から随分離れてしまっていることに気付く。
スーとヘルデンは、既に森の中に入っていってしまったようだ。
「アイン!」
「分かっている」
アインは私の腕に手をかけ、ぐっと持ち上げたかと思うと、そのまま背に跨がらせた。
「ちょっ……」
「掴まっていろ」
右手に剣を握っているので、左手だけでアインのジャケットを強く掴む。
アインが駆け出し、振動が強く伝わる。
あっという間に列に追いついてしまった。
「アイン!」
森の入口でそっと下ろされながら、私はアインを見上げて言う。
「なんだ」
「なんだ、って、だから、その……」
顔が熱い。
「油断するな、まだ来るぞ!」
横の森から迫ってくる気配はなくなったが、森から砂浜に出た影達が駆けてきていた。
その上をハーピーの群れが飛んでいる。
「きりがないな」
「ハーピーどもは森の中までは来ない。そして、あの怪物どもも、里の上までは追ってこられないだろう。さあ、行こう」
私達に声をかけてくれた森人が、森に入っていく。
一番迫ってきている怪物ですら、結構な距離があるように見える。
私とアインは一瞬だけ目を合わせて、森の中に足を入れた。
隊列はだいぶ長くなっているらしく、先を走っているはずのスーやヘルデンの姿は見えない。ただ、距離が離れたせいなのか、入り組んで伸びる木々のせいなのかは、はっきりは分からない。
走り出した森人に続いて、私が走り、その後ろをアインが走る。
ガサッ、という音がするたびに、横に気をとられる。
森に住む獣の音なのか、人に仇なす怪物の音なのか、判別は出来ない。
森人に少し遅れながら走って行くと、少し開けた場所に出て、そこにはスーもヘルデンもいた。
「トリル様、アイン様!」
スーが安心した顔で駆け寄ってくる。
「ご無事でよかったです」
「スーもね」
私がスーを抱き寄せる。
スーは二刀を持ったままなので、されるがままだ。
「レジーロ、何があった」
ヘルデンがレジーロをにらむ。
「おいおい、そんなに睨むなよ。こちとら危ないところだったんだぜ」
そう言いながら、レジーロには、どこか緊張感がないような気がした。
「俺とレガートが先を走っていたら、急に左右からあのおかしな連中が飛びかかってきたんだ。
とっさに避けて前を向いたら、怒濤のように迫ってきていやがったから、叫びながら下がったのさ」
「レガートは?」
「ここにいないってことは……そういうことじゃねぇかな」
レジーロが頭巾の上から頭を掻いた。
ヘルデンは、たぶん、彼を疑ってる。
でも、今、この状況で彼を詰問しても、証拠もないし、時間も無い。
「ここは危ない。ひとまず、ラーモまで行ってから話そう」
ヘルデンが言うと、周りの森人達は頷いた。
ここにいない人達の最後を見たわけではないけれど、その数は最初の半分くらいになってしまっていた。
レジーロが先頭を走り、他の森人が続いていった。
ヘルデンは、私達を待っている様子だった。
「ヘルデンさん?」
何も言わず、彼は私を見て、アインを見た。
「どう思う?」
言葉に困って、私もアインを見た。
「俺には分からん。さっきも言ったとおり、戦いで不自然だったことは確かだが、それ以上のことは憶測にしかならん」
ふむ、と言ってヘルデンは踵を返した。
「レガートの安否は気がかりだが、そう簡単に風に還る男でもない。我々も、まずはラーモに戻るとしよう」
走り始めたヘルデンに、私達は続いた。
ラーモの里の下に着くまでに、あれ以上の襲撃はなかった。
途中に猪が一頭姿を見せたくらいで、あとは影の姿はまるでなかった。
ヘルデンの魔法で上に飛び上がると、先に帰って来ていた森人達が南の広場で車座になって腰を下ろしていた。
「よぉ、まずは座ってくれ」
レジーロに促されて、ヘルデンも腰を下ろした。
私は手で、立ったままでいいことを伝えて、スーとアインもそうした。
「さて、困ったことになったが、これからどうするか、だ」
頭巾ごと頭を掻きながら、レジーロが口を開いた。
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それでは、また次のエピソードで。




