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第74話 乱戦

「トリル」


 アインの声に、私は振り向いた。


「余計なことは考えるな。ハーピーとの戦いに慣れていない状態で、ヘルデンの言葉まで気にしていては、隙が増えるぞ」

「わかった」


 私はちらっと後ろを見る。

 いざとなったら、森に逃げればハーピーは追ってこられないかもしれない。


「トリル様、森の傍で戦いましょう」


 スーが青い双剣を抜いて言う。


「想定外の事態が起きたら、私と一緒に下がってください」

「そのつもりではいたけど……ふたりとも、そんなに気を使わなくていいよ、私なら大丈夫だから」

「駄目だ」

「駄目です」


 二人の目が真剣そのものだったので、私は反論する気が削がれてしまった。

 カストラートとの戦いで傷を負ったことが、私以上にふたりにのし掛かっているようだ。


「スー、トリルは任せるぞ」

「承知しました」


 アインはそういって、大剣を構えて駆けだした。


「私達に向かってきたハーピーだけを斬りましょう」

森人エルフ達は?」

「彼らはハーピーとの戦いを私達よりもずっと心得ているはずです。私達は、剣を構えて後方にいるだけで、オンブラの背後からの奇襲を牽制する役割を担えていますから」


 スーの言葉に、後方の空を見上げる。

 なるほど、大きく回り込んで後ろを跳んでいるハーピーが三、四といる。

 私達に気づいた上空の怪物が、勢いよく降りてきた。

 足元は砂地で、細かく素早く動くことは出来そうにない。

 私は腰の後ろのケースに手をやって、ナイフを一本手にした。

 ハーピーの動きが直線的になった瞬間、ナイフを構え、放った。

 太もも部分に当たったナイフにハーピーは体勢を崩し、とても攻撃とは言えない格好で高度を下げてきた。

 私は木目の剣を下段に構え、胴体めがけて振り上げる。

 ザンッ、という音とともに、怪物の体は両断された。

 すぐ次を見上げる。

 一匹が大きく回り込むように高度を下げ、近づいてきていた。

 ナイフを投げてくるのを警戒しているのだろう。

 でも、近づいてこなければ向こうも何も出来ない。

 私は剣を上段に構える。

 すると、どこからか飛んできた矢がハーピーの胴体を貫き、怪物は回りながら落下していった。


「地面を広く見るだけならまだしも、上を見上げていては、横からの矢には反応できないでしょうね」


 スーが言った。


「うん。ティコのお父さんが撃たれたっていうのは、避けようがなかったってことだ」


 私は森から離れた戦士たちを見た。

 放たれたおびただしい数の矢が空中を飛び交っている。

 命中した哀れな怪物たちは奇声を上げながら再度飛び上がろうとするが、また別の矢が刺さって力尽きる。

 アインは戦場を駆け回り、剣が届く高度のハーピーには大剣の一撃を浴びせ、逃れようとした敵にはすかさず手斧を投げて絶命させる。

 すさまじい戦いぶりだった。

 森人エルフの何人かは、弓を絞ったままアインの動きに目を奪われている。


「彼こそ、サルヴァトーレの再来だ! 皆、力を振るえ!!」


 レガートが声を張り上げると、森人エルフ達も鬨の声を上げて応じた。


「鎧付きだ!」


 誰かが叫んだ。

 砂丘の奥から、きらきらと妙な光を放つハーピーたちがゆらゆら飛んでくる。

 金属の鎧が、陽光を反射しているのだ。

 しかし、鎧の重さで飛ぶ力はある程度衰えているようだ。


「よぉく狙いを定めろよ! 鎧に弾かれるぞ!」


 レジーロの甲高い声が戦場を通る。


「トリル様、右です!」


 えっ、と右側を見ると、いつ現れたのか、黒い影が私に迫っていた。

 くっ、と言葉にならない声を出しながら、大きく剣を振り払う。

 サンッ、と手応えがなく敵は霧散した。

 いつか戦った、生み出されたオンブラと同じだ。

 森の方からわらわらと歩いてせり出してくる。

 自然、私は砂浜の方に下がっていく。

 スーも私に近づきながら、森から現れたオンブラを見る。


「こいつら、コレペティタの……」

「はい。どうやら、あの錫杖を持っている人物が、周辺にいるようですね」


 森から次々と姿を現すオンブラに気づいた森人エルフ達が、どよめきはじめた。

 そうか、彼らはこの存在を知らない。


「トリル様、続いてください!」


 そう言ってスーがオンブラの群れに躍り出た。

 青い双剣を振り、突き、次から次へと黒い影を霧消させていく。

 剣の長さが短くなったせいか、その攻撃のひとつひとつが以前よりも鋭くなっているように見えた。

 私も木目の剣を構えて、スーが乱した群れの一体、また一体に刃を走らせていく。

 私達の戦いで、こいつらが大した相手じゃないってことが伝わるはず。

 もしも、ここで影になった怪物たちを集めて異形になろうとしている敵がいれば、話が変わってきてしまうけど。


「おおぉっっ!!」


 大剣を構えながら駆けてきたアインが、小さなオンブラ達を圧倒していく。

 なすすべもなく影に散っていく怪物たちに、アインは容赦ない追撃を加えていく。

 さっきまで砂浜の向こう側で戦っていたと思ったのに、まさに縦横無尽の活躍だ。


「大丈夫か」

「はいっ!」

「無傷だよ!」


 私とスーが背中合わせに構え、アインはまた駆けだした。


「広いところで戦ったら、アインは無敵だね」

「まったく、そのようですね。敵が不憫です」


 戦いはなお続いたが、こちら側が致命的な傷を負うほどの事態にはついぞならなかった。

 鎧をまとったハーピー達は鎧ごと影になって消え、数人の負傷者を出しただけで命を落としたものはいないようだった。


「だいぶ、数を減らすことが出来ただろう」


 レガートが言った。


「それにしても、途中で森から出てきたオンブラはなんだったんだ?」

「見たことがないやつらだったぞ」

「森の外では、新しい怪物が発生しているのか?」

「だが、森の中から現れたように見えたが」


 誰からともなく疑問が口に出され、答えを持っていない者同士が不安そうな顔を合わせる。


「まあまあ、無事に勝ったんだから、いいじゃないの」


 レジーロが軽い調子で言葉を紡いだ。


「助っ人のみなさんのおかげだね、まさに」


 森人エルフ達が私達に視線を送る。


「白い鹿の開拓者サルヴァトーレを思わせる雄姿!! いやはや、森人エルフの救世主だぜ、なあ?」


 そうだそうだ、と明るい声があちこちで飛び交う。


「そして、世にも珍しい青い剣を振る少女! 人族ってのは、とかく、不思議な色の剣を好むらしい!」


 レジーロが軽口を次ぐと、周りは肩を揺らして笑い声をあげた。


「おまけにナイフを投げながら器用に戦う戦士までいたもんだ。こりゃあ、里に帰ったら宴だな!」


 おお~、と歓声が上がった。

 ちらっとスーを見ると、そこに喜色はなく、私を見つめている。

 うん、私もおかしいと思ったよ。

 「人族が不思議な色の剣を好む」なんて、おかしな発言だ。

 まるで、青以外の色の剣を知っているかのような。


「では、里へ戻るとしよう。みな、道中も気を抜くな」


 レガートの号令で、レジーロを先頭に、森人エルフ達は森に入っていく。

 私とスーはそれに続かず、アインとの合流を待った。


「神妙な顔だな」

「アイン。あのさ……」

「怪我はなかったか」


 ヘルデンも合流してしまった。

 この話を、彼に聞かせても大丈夫なものだろうか。

 私はスーを見た。

 彼女も迷っているのか、可憐な顔の眉間に小さく皺が寄っている。


「ヘルデン」


 アインが声を潜めた。


「なんだ?」

「レジーロだ」


 私とスーが顔を見合わせて、同時にアインを見る。


「戦いの最中で、彼だけが異様だった」

「そうだったか? 俺の目には、まともに戦っているように見えたが……鎧付きも、撃ち落としていたぞ」


 ヘルデンが首を傾げると、アインは頷いて応えた。


「そう。新手が登場したにもかかわらず、ハーピーだけに集中してな」


 アインの言葉に、ヘルデンが口を覆う。


「ヘルデンですら、見たことがない相手に驚き、目を奪われたのではないか。」

「たしかに……だが、彼は長の氏族で、先の戦いにもわざわざ参戦しに来た男だぞ」

「それこそ狙いがあってのことだったのではないか。少なくとも、この戦いの中でもっとも違和感があったのは彼だ」


 あれだけ走り回って、戦場で誰がどんな様子だったのかも見えていた、ということなのか。

 私はレジーロを見て、完全に隙を作ってしまっていたのに。

 本当に、アインの戦士としての力量には感服する。


「わかった。だが、まだ確信はない。警戒しながら、様子を伺ってみよう」


 ヘルデンはそう言って、森の中に入っていった。


「それで、何か言いかけていたな。どうした」

「うん……黒い水晶の気配は、感じなかった? コレペティタの時は、たてがみが逆立つ感じがしたって言ってたじゃない」


 私の言葉にアインは小さく首を振った。


「高い位置で過ごしたせいか、感覚が妙でな。ずっとちりちりしたような感覚はあるが、それが何によるものなのかわからん」

「そっか。でも、さっきの話だと、レジーロには襲われない確信があったように思えるよね」

「私の剣を見て言った一言も、まるでカストラートの剣を知っている人の言葉のようでした」


 私達は互いに顔を見合わせた。


「ヘルデンさんの言う通り、少し、警戒しておく必要があるね」


 私の言葉に、二人は深く頷いた。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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