第73話 海岸
夜が明けると、早い時間に借宿の扉が叩かれた。
「レジーロだ。支度が出来たら、南の広場に来てくれ」
既に簡単な朝食を済ませていた私達は、装備を身に付けた。
「荷物は、置いていっても大丈夫かな?」
「戦いの場として想定されている海岸が、ここから南東にすぐとのことでしたから……そうですね」
剣にナイフケースは当然として、外套は必要だろうか。
走るときに邪魔になると言えばなるけど、森の中を走るのに虫を払えるのは便利だし。
少し迷ったが、私は外套を羽織った。
そしてブーツの紐を締めて、私は借宿を出る。
「南の広場ってことは……」
「こっちだ」
アインが先導して、私達はついていく。
開けた場所に、武装した森人の集団がいた。
老若男女、総勢二十人くらいだろうか。
「よく眠れたか?」
集団の中から、ひときわ長身のヘルデンが歩み出た。
「おかげさまで。頂いたものも、おいしかったです」
「そうかそうか、それはよかった。何せ、人族に振るまったことなど誰もないのでな。
予定では、もう何人か集まることになっているから、少しこのまま待っていてくれ」
彼がそのまま私達と同じ方向を向いて立ったので、私は小さく声を出した。
「ヘルデンさん」
「どうした」
「前回の遠征は、どういう感じだったんですか」
「手短に話すぞ」
私は小さく頷いた。
「人数は今回と同じくらいだった。守護の役割を担う者たちの中で、森の任や里の守護から離れられる者だけが参加し、南西の海岸に出た。今回は南東な。どちらも見晴らしはいい。そして参加者はみな、次々とハーピー共を影に戻していった」
「戦力的に、圧倒できたっていうことですよね」
「はじめはな。だが、途中から鎧をまとったハーピーが戦いに姿を現した」
えっ、とスーが驚く。
「影が、防具をまとっていたんですか?」
「そうだ。そのせいで、腕の下手な矢は鎧に弾かれ、劣勢になった。ハーピーに接近される前に撃ち落とすのが鉄則なのに、もみ合いや乱戦が発生した。その中で、気が付いたら長は倒れていたのさ」
「でも、その傷は、矢傷だった」
ヘルデンが頷く。
「それを知っているのは、俺と、お前たち来訪者だけだ。余裕があれば、おかしな動きをする奴に気を付けてくれ。お前たちが狙われるってことはなさそうだがな」
「なぜ、危険と分かっている遠征に帯同した?」
アインが口を開いた。
「話の向きとして、里で力をもっているものが狙われたのだろう。そうであれば、ヘルデン、あなた自身も危険なのではないか?」
「まあな。だが、俺は卑怯な真似をする奴を許しておけるほど耳が長くなくってな。それに……」
ヘルデンが、あらためて私、スー、アインに視線を移す。
「いい目の奴らが、いきなり現れた。これは風精の導きだと直感したのさ。俺がにらんだ通りなら、誰かが里をひっかきまわしてる。そいつを明らかにするために、お前らはここに導かれたんだ。たぶんな」
私は頬を掻く。
「とにかく、今回も鎧をまとったハーピーが現れるのは間違いない。露出しているところを斬れば、連中はもろい。だが、無理せず、いざとなったら逃げていいからな」
私達は、誰も頷かなかった。
アインはきっと、負けるつもりがないから。
スーはきっと、騎士道が廃るから。
私はもちろん、ふたりを当てにしているから。
「よく集まってくれた、ふたつの里の守護者たちよ!」
レガートの声が響いた。
見ると、黒いなめし革の鎧をまとい、合板の弓とたくさんの矢が入った矢筒を装備している。
「レガートさんって、里の長でしょ? 遠征に参加するの?」
「森人の長ってのは、戦えなくちゃ始まらないのさ。ティコが長になるのを否定している連中は、それも理由にしているな。まぁ、俺としては、ティコが長で全然構わないんだけどな」
ふぅ、とヘルデンが息を吐く。
レガートが口を開いた。
「里を下り、南東に向かい、これよりハーピーを滅ぼしに行く!
奴らは鎧を着こんでいるかもしれぬ。
そなたらの精密な射撃で、連中の醜い顔を、羽を、脚を、射貫くのだ!!」
おお!! と鬨の声が上がり、森人達は次々と広場から地上に飛び降りていった。
「お前らは、俺の魔法で一緒に降りてもらうか。トイ、トイ、トイ……」
ヘルデンが私達に手をかざす。
『風精よ。我らを風で包み込み、無事に地上に降下せしめよ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
ふわ、と体が浮き上がり、飛び降りるよりはずっとゆっくり大地に近づいていく。
ゆっくり下がっていく、というのは、とても不思議な感覚だった。
水中を潜っていくのと違って、体を包む圧力がない。
ものすごく軽い糸に、丁寧に全身を吊り上げられて、優しく天上からおろされていくみたいだった。
無事に大地に着いた私達と戦士たちは、目的の海岸に向けて走り始めた。
張り出した根や低く垂れる枝をものともせず、森人達は走っていく。
同じ道を走っているはずなのだが、私はどうしても枝や根に驚いて大きく避けてしまい、少しずつ遅れ始めた。
スーは何かコツを掴んだのか、遅れを取り戻して速さを増していく。
途端に、ふっと体が軽くなった。
脇の下に手が回っていて、私の体が浮いている。
アインが私を抱えていた。
「ア……」
「舌を噛むぞ」
でも、この手の位置だと……
アインの手が、胸に当たる。
そりゃ、大して大きくないし、鎧があるから体に触れていることにはならないのかもしれないけど。
カストラートと戦った後のように背中に乗せてくれればいいのに、やっぱりあれは緊急事態だったからということだろうか。
そんなことを考えていたら、アインの力が全身に加わって、ふわっと私の体が浮き上がったかと思うと、私はアインの背中に乗っていた。
突然のことに言葉を失って、私はジャケットに掴まって、そのまま駆けるアインに運ばれていく。
そしてそれほど時間が経たずに、私達は森を抜けて砂浜に出た。
何事もなかったかのように私を下ろすアインに、私は言葉を見つけられないまま海を見る。
ザザァ、という聞きなじんだ波の音がする。
私にとっては、ふるさとの音だ。
でも、その音はすぐに、別の奇声に乱されてしまった。
左のずっと奥に見える小高くなった砂丘から、次々と翼をもった影達がこちらに飛んでくる。
私は木目の剣を鞘から抜いた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。
それでは、また次のエピソードで。




