第72話 枝の里
セーメの里からラーモの里までは、地上から遥か高い位置の橋を、ひたすら進んでいくだけだった。
橋といっても、やはり蔓が何本も何本もねじれて絡み合っているだけで、足を踏み外すほどの細さではないにせよ、五人は横に並べないくらいの太さだ。
ただ、軽く駆け足で走っていて分かったのは、常に風精が見守っていてくれているということだった。
常に、左右から風が体を中央に寄せてくれていて、おそらく意図的に飛び降りようと思っても押し戻されるのだろうという感覚があった。
それに、多少はぐらぐら揺れても良さそうなものだが、不思議となんの振動も感じない。
アインはそれに気付いてからもやはり恐怖心は消えていなさそうだったが、人族や森人と同じくらいの速さでは移動できるくらいにはなっていた。
ヘルデンを先頭に、弓を持った森人の戦士達が十人ほど駆けていく。
私達は、その後ろについて走って行く。
ゆっくり食事をする時間と同じくらいの時間は走っただろうか。
里が見え始めた。
出発してきたセーメの里と、まるっきり同じような見た目、そして雰囲気の里だった。
広い場所に出ると、森人の戦士達はあちこちに向かってばらばらに歩いて行く。
どうしたものかと足を止めていると、ヘルデンが近づいてきた。
「着いてくるといい。明朝、南下して海岸に出るとして、今日は休むとしよう」
歩き始めたヘルデンに、私達は続く。
ヘルデンの横を、レジーロが歩く。
「どこに向かってるの?」
「俺の一族の家さ」
レジーロが言った。
「つまり、このラーモの里の長、レガートの家だ」
「レガートさんって、レジーロのお兄さん?」
レジーロが、そういうこと、と言って小さく頷く。
たどり着いたのは、セーメの里でティコがいたような家だった。
色々な色の枝が組み合わされて、丸みを帯びた不思議な建物になっている。
レガートが何も言わずに扉をあけ、ヘルデンもそれに続く。
入っていいものかどうか一瞬迷ったが、私もそれに続いた。
「ご苦労だった、レジーロ」
中で待っていたのは、レジーロによく似た背格好の男性森人だった。
レジーロと違って飾り頭巾はかぶっておらず、女性のような艶がある髪が首ほどの長さで整えられている。身にまとっているものはゆったりとしていて、全体的な雰囲気が上品だった。
「お務めは果たしましたよ、里長殿」
レジーロはそう言って、さっさと奥の部屋に入っていってしまった。
森人はため息をついてから、私達を順に見た。
「助っ人か」
「ご名答だ、レガート」
ヘルデンが笑う。
「人族のトリル、スー、そしてケンタウロスのサルヴァトーレだ」
「サルヴァトーレ? まさか……いや、しかしその白い姿は……」
驚くレガートに近づき、ヘルデンがまた笑う。
「すまん、間違えた。名はアイン、勇敢な戦士だそうだ」
レガートが目を細める。
「まったく、我が弟ほどではないにせよ、口が軽い男だ。よければ、君達のことを聞かせてもらいたい。特に、何をもって我々を手助けしようと思ったのかを」
促されて席に着き、私はかいつまんで話をした。
「ふむ。各地を渡り歩き、物語を集め、古代の調査をしている、と。そして別の国でも、既に助力をしてきているというのだな」
レガートは顎に手を当てて、私を静かに見る。
「先に断っておくが、我々森人には、人族に供出できるような価値あるものはないぞ。見ての通り、森の恵みに生かされているだけの種族だ」
私は首を振る。
「対価を求めているわけではないので。旅をしている中で、他の種族と関われたら、それでいいと思っています。ミノタウロスのみなさんにも、水人のみなさんにも、人族から恩に着せるつもりはありませんでしたから」
ね、とスーを見ると、スーは笑って頷いた。
アインも頷いて、言葉を次ぐ。
「影を狩ること自体が、俺達にとっては価値のあることだと思ってもらいたい」
念頭に、カストラート達のことがあるのだろう。
水人のシェーナ女王が言っていたように、どこに彼らが潜んでいるか分からない。
この森人達の危機となっているハーピーの襲撃も、闇の力を操る誰かが暗躍しているのだろうか。
「耳の短い所を見せてすまなかったな」
ヘルデンが言った。
「だが、里長として、レガートには森人の生活を守るという役割がある。気を悪くせず、力を貸してもらえたらありがたい」
「ひとまず、今日は隣の家を使って休んでくれて構わない。食事については、我ら森人が普段口にしているものをあとで運ばせよう」
私達は感謝を告げて家を出て、その建物に入ってみた。
レガートが私達にあてがってくれた家は、私とスーにはこじんまりとして居心地がよさそうだったが、アインには少し狭そうだった。
ひとまず肩掛鞄を下ろし、外套を脱いで、腰を下ろす。
「走り通しだったから、さすがに疲れたね」
疲労軽減の魔法は気が付いたときに使うようにはしているが、樹上の橋を進むという慣れない経験が気持ちを疲れさせていた。
お風呂とは言わないまでも、体を拭くくらいのことはしたいところだが、アインの前で肌をさらすわけにもいかない。
スーが苦笑する。
「明日のことを考えると、里を散策するよりも回復に専念した方がいいかもしれませんね」
「同感だ」
アインの言葉に、私は驚いた。
「珍しい。アインが疲れたなんて」
「土の上なら疲れもないが、細い木の枝を、しかも高い位置をずっと歩いてきたんだ。疲れもする。緊張して、たてがみが逆立ちっぱなしだ」
鼻から息を吐くアインに、私は笑って応えた。
「森人の食べ物が美味しかったら、元気が出るかも知れないね」
「ざっと見たところ、畑はありませんでしたね。樹上だから当然と言えば当然ですが……どんなものを食べているのでしょうか」
森に入るきっかけになった小屋を思い出すと、肉を食べる文化はあるのだろう。
しかし、スーの言うとおり、他に何を食べているのかは見当もつかない。
私達はそれぞれ水筒の水を飲んだり、足をほぐしたり、装備の点検をしたりした。
そうしている内に、森人の男女が一組姿を見せて、盾くらいの大きさの籠を置いていってくれた。
中を見てみると、小さなパンのようなものがいくつも入っていた。奥には、予想していたとおり、肉の燻製も入っている。
「これは、パン?」
私が聞くと、女性が頷いた。
「他の種族では小麦を使うと聞いています。森人は、木の実などを使います。入り用でしたら、これを振りかけて下さい」
小さな木のボトルを差し出され、私は丁寧に受け取った。
「ミエーレです」
よく分からないまま、ありがとうございますと言って私は彼らを見送った。
スーとアインと床に腰を下ろして、籠の中身を広げていく。
アインはすぐに肉にかぶりついた。
「……ふむ」
「ふむって何よ、感想を言ってよ」
私も小さなものをひとつ手にとって、ひとかじりする。
ふむ。
なるほど。
「なんていうか……風味が独特だね」
スーも小さな物を口に入れて、同じことを言った。
「味自体も、とても薄いですね。近くに海があるとは言え、塩が貴重なんでしょうか」
スーが自分の荷物の中から、小さな木の器を取り出した。
中には黒ずんだ粒が入っている。
「コリーナで譲って頂いたナシタ湖の塩です。このお肉には合うかなと思いまして」
どうぞと言われてひとつまみし、燻製に振って頬張る。
疲れた体に、塩味が嬉しい。
「本当だ、ちょっとクセになりそうな味」
「旅をしているからこそ見つけられた組み合わせですね」
私は肉を飲み込んで、今度は小さなパンに手を伸ばした。
「木の実のパンって言ってたけど……」
少しだけちぎって口の中に入れる。
思ったよりも固くはなかったが、やはり味はほとんどしなかった。
ミエーレというものをふりかけると、黄色っぽい粒がパンの穴にパラパラと入り込んでいった。
ぱくっとかじると、上品な甘さが口の中に広がった。
「砂糖、みたいなものかな。コクが深いや」
思わず笑みがこぼれる。
アインに求められて木のボトルを渡す。
同じように食べて、アインも同じように頷いた。
「森に入る前にも話していたが、こうして新しい味や食べ物に出会うというのは、旅の醍醐味なのかもしれんな」
アインの言葉に、私もスーも目を合わせて、笑って頷いた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




