第71話 拙速
「いいよ」
私は笑って言った。
「スーもアインも、いいよね」
二人は笑って頷いた。
「そんな簡単に、いいのかい?」
レジーロが驚いた顔で言う。
「それも、私達の旅の目的のひとつだから。
各地を歩いている中で、いろいろと気になることも出てきてるしね」
「そりゃあいい。ケンタウロスといえば、音に聞こえし戦士の種族だ。
それに加えて白い胴体とは、まさに開拓者サルヴァトーレの再来。
ぜひ、その力をお貸し願いたいね」
ふっ、とアインが笑って応える。
格好つけたのか、言葉を発する余裕がなかったのか、私には判じかねた。
「では、私も会合に行こう」
リリコが立ち上がると、レジーロがそれを手で制した。
「おいおい、ティコちゃんひとりを里に置いていくつもりかよ。親父さんが風に還って、愛しい姉ちゃんまでいなくなったら、ティコちゃん泣いちゃうぜ」
「ティコ、そんなに泣かないもん」
ティコが両頬を膨らませる。
「だそうだ。トリル達を里に案内した手前、彼女らの立場を守護するのは私の責。同行するさ」
リリコがティコを短く見つめた。
ティコがにっこり笑って応える。
「そんじゃあ、行くとしようか」
レジーロが先導し、リリコがその後ろについた。
私とスーが続いて、最後にアインが歩いてくる。
太い蔓と細い蔓が絡み合った橋をいくつも渡って進んでいく。
どうやら私達がいた場所は里の外れだったようでいくつもいくつも橋や渡って、広場のような場所も抜けて、たくさんの森人にじろじろ見られながら私達は歩いて行った。
次第に、大きな声でやりあっているような響きが聞こえてきた。
「前の長には悪いが、実務はヘルデンが取り仕切っていたことがほとんどだった。
戦いの技術だけはあったと思ったが、結局、先のハーピー討伐で命を落とした。
ヘルデンが長になって、なんの問題があるんだ」
「ヘルデンに能力があるのは認めるが、次の子がそうとは限らない。
森の安寧のためには、一時の能力者に頼るわけにはいかんのだ」
「では、まだ二十にもならないドラマティコに里長をさせるというのか。馬鹿を言うな」
「だから、ヘルデンに補佐をさせればよい」
「何度繰り返すのだ。ドラマティコを長に据えることに、なんの意味がある」
近づきながら、喧々囂々の議論の内容がはっきり聞こえてきた。
先に聞いていた通り、ティコに里長をさせるのか、ヘルデンという人物に里長を任せるのかが問題になっているようだ。
「何度も何度も同じ話の繰り返しで、飽きないのかね」
「年齢の話は出ますが、女だからという理由で否定する人はいないんですね」
スーの言葉に私は心の中で頷いたが、それよりも早くレジーロが声に出して笑った。
「当たり前だろう。能力の高い低いに、どうして性別が関係あるんだ」
リリコも、不思議そうな顔で頷いている。
森人にとっては普通のことなのだろう。
私はノルドで「女のくせに」と小馬鹿にされたことが何度あったか知れない。
十人ほどで議論をぶつけあっている中に、レジーロが体を割り込ませていった。
議論が潜まっていき、さっきまでの騒々しさが嘘のように静かになった。
「ひとつ言わせてもらうぜ」
レジーロが口を開くと、周囲の森人達の細長い耳がわずかに揺れた。
「みなも知っての通り、俺は身軽なもんだから人族の街にも何度も行ってきた。
連中は、役割に縛られてなんかなかったが、案外上手くいっているようだったぜ。
丁度、リリコが人族を連行してきたようだし、その真偽を聞いてみようか」
その場にいた全員の視線が、私に注がれた。
スーに先を歩いてもらえばよかった。
こうなったら、私が話すしかない。
「確かに、私達の国では、生まれながらにして役割が定められているということはありません。
生きていく中で自分の役割を決めて、あるいは変えて、みんなで生きています。
森人の、生まれながらにして役割が定められているという話を聞いて、
正直、驚いたのは事実です。でも、どちらがいいのかは、私には分かりません」
ドキドキしながら言い終えると、それぞれの集団が隣同士でぶつぶつと話し合い始めた。
一応、どちらに与することもないように話したつもりだったが、失敗しただろうか。
「自由か責任かの論争はこれまで通り長引くだろうぜ」
レジーロが声を張る。
また、多くの視線がレジーロに集まった。
「自由を求めて森を出る奴もいるだろうし、生真面目に責を担う奴もいるだろう。
だが、その議論は、どうか、目下迫っている脅威に対抗する手段をとってからにしてもらいたい。
先日の遠征で、セーメ側のハーピーは減ったが、ラーモ側はまだだ。協力してくれ」
「数が増えているということか?」
長身の、勇壮な雰囲気をまとった男性森人が歩み出て行った。
ヘルデンという人は、この人で間違いないだろうと思った。
短めの髪が長めの針のように後ろに流れ、その目つきはいかにも厳しい。
腰には木の柄の剣を帯び、鎧は着ていないのに、小手と具足はつけていた。
「そういうことさ、ヘルデン里長代行殿」
「それならば、議論はここまでだ」
ヘルデンが全員を見渡しながら言葉を紡いだ。
低く、重厚な声だ。
彼の声に比べると、レジーロの声は高く、迫力に欠けている。
「レジーロはじめ、ラーモの戦士たちには恩義がある。
それを返すのは、セーメの住人全員の責務だ」
なるほど、いかにも里の長の風格だな、と思った。
ティコの利発さもかなりのものだと思ったが、ヘルデンの統率力もすごそうだ。
「それに、俺が死ねば、ドラマティコかどちらかという議論も消えていいかもしれんしな!」
そういってヘルデンは豪快に笑ってみせた。
周りの森人達が肩を揺らす。
「生きて帰れば、また議論を交わそう。だがまずは、影を屠りに行くことが先決だ」
「ありがたいね、話が早くて。それじゃあ、すぐにで、動ける奴はラーモに来てくれ」
レジーロがそう言うと、ばらばらと森人達が散っていった。
種族としての一体感が強く感じられた光景だった。
あの中の何人が戦えるのかはわからないが、弓を持てる人は、きっと誰も異を唱えることなく、同胞の危機に駆けつけるつもりなのだろう。
ぞろぞろと人が動いていく中で、ヘルデンは立ち止ったままこちらを見ていた。
「リリコ。その者らは?」
「私が招いた。トリルにスー、アインだ」
ヘルデンが私を見る。
「良い目をしているな」
「出会いは風精の導き。森の外れだった」
そうか、と言ってヘルデンはスーを見て、それからアインを見た。
「里の存亡の危機に、開拓者のごとき存在と出会ったか。これは縁起がいいな」
「彼らも戦ってくれるそうだ」
勇壮な男は、大きく頷いた。
「では、我らは同志ということだ。遠慮は無用、ともがらとして互いに関わろう」
だが、と言って、ヘルデンは言葉を次ぐ。
「リリコ、お前は里に残れ」
なっ、と言葉に詰まるリリコに、数歩近づいてヘルデンが小さく言葉を紡ぐ。
「里長が風に還ったのは、事故ではない」
唐突な言葉に、これは私達も聞いていい話なのだろうかと驚いてしまう。
しかし、ヘルデンは構わず続ける。
「誰かが殺したのだ」
顔色を変えたリリコに、ヘルデンが声を落とす。
「知っての通り、運ばれてきた長の体を清めたのは俺だ。影に殺されたものに、矢傷が残るか? それに、お前も分かっていたはずだ、彼がハーピー討伐などで死ぬ腕ではなかったと」
「それは……」
「レジーロも含め、前回の遠征に同行したものすべてが怪しい。そして、前回の遠征に参加して帰ってこなかったもの、あるいは帰っては来たが今回の遠征に参加しないつもりの者が、ティコの命も狙っている可能性がある」
「なんのために?」
「大方、氏族役割の仕組みを変えたいと願っている連中だろうな。里長を殺し、ティコが死ねば、必然的に血は絶える。そういう意味では、俺を祭り上げようとしている連中こそ、信用成らんということだ」
私とスーが、互いに顔を見合わせる。
しかし、なんの言葉も見つからないうちに、ヘルデンは口を次ぐ。
「責を果たせよ、守護者」
そして、ヘルデンが私達三人に向き直る。
「お前達は、確実に里長の死に関わりがない。だから話した」
「出会ったばかりなのに、信頼を?」
私が口にすると、彼はにやりと笑った。
「言ったはずだ。良い目をしていると」
それだけ言うと、ヘルデンは歩き始めた。
「なんというか、豪快な人ですね」
「うん、圧倒されちゃった。森人の感覚って、まだよくわからないや」
少し、バルカロールさんを思い出す人だと思った。
アインがカツカツと近寄る。
「かなりの使い手だぞ、彼は」
アインがこんな風に言うのを、初めて聞いたかもしれない。
「それじゃ、忙しいことになっちゃったけど、ついていこうか。
森人の危機なら、手助けすることが私達の旅の役割だもんね」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




