第70話 役無し
問われた私は、スーを見た。
スーは頬を掻いて私を見つめる。
彼女のことだから、魔法についてはいろいろ聞きたいことがあるだろう。
次にアインを見ると、まだ顔が青白い。
彼には何も言わせない方が良さそうだ。
「それじゃあ、ふたつ。ひとつは、サルヴァトーレの物語を聞かせて欲しいな。あとは、魔法について。それは、スーにとって大切なことだから」
わかった、と言ってティコが立ち上がった。
そしてたくさんの本らしきものが積まれている棚に行き、その中から分厚いものをひとつ取り、私に開いて見せた。
「これが、ティコ達が知っているサルヴァトーレの絵だよ」
見開きに描かれているのは、白い鹿にまたがる耳の長い人物だった。
片手に弓、片手に矢を持っている。
「このアルベロの森は、開拓者サルヴァトーレが切り拓いたと言われてるの。毒の植物を枯らし、毒の虫を追い払い、人が住める森にしたんだって。その割には、危険な生き物はまだたくさんいるけどね」
ティコが笑う。
「森の中の白い生き物はとってはならない、ってリリコが言ってたのは、やっぱり……」
「うん。サルヴァトーレにあやかってのことだね」
ふむふむと頷きながら、私はこれまでの話を思い出してみる。
人族は白馬の王子様、ミノタウロスは白い牛の王、水人は穢れを浄化する白い鱗の英雄。
やっぱり、細かい部分は違うけれど、似たような話であることは間違いない。
そもそも、どの種族の物語でも、名前が完全に一致しているのだ。
私は満足感を覚えて、スーをちらっと見た。
「それでは……森人族の魔法についてお伺いしたいのですが」
「ティコ達の魔法? そうだなぁ……」
ティコが細い腕を組む。
「一言でいうと、風が影響して可能になりそうなことは、大体できるよ。里に飛び上がること、高い所から音も無く着地すること、声を遠くまで届けること、遠くの声を聞くこと、物を押すこと、引っ張ること、くすぐること、くしゃみさせること、鳥肌を立たせること……」
途中から子どもらしい魔法が入ってきて、私は思わず笑ってしまった。
「風精の力を借りて出来るのは、そんな感じかな。ティコは本来の魔法の言葉を省略しちゃうから、形は適当だけど」
「省略? 精霊に呼びかけないで、志向を伝えているということですか?」
スーが色めき立った。
「この子は特殊なんだ。普通の森人は、きちんと形づくる。風精にトイ、トイ、トイと呼びかけるし、最後にイン・ボッカ・アル・ルーポと唱える」
リリコが言う。
「ティコは、生まれたときから、なんとなく精霊の声が聞こえるの。
だから、ティコの言葉も向こうにはなんとなく聞こえてるんだと思うよ」
スーが驚いた顔で私を見る。
うんうん、私も十分驚いてるよ。
「聞きましたか、トリル様。こんな話、聞いたことがありません!
宮廷魔術師ですら叶わないことが、こんな少女に……」
「スー、少女って言っても、同い年だから」
「あ、そうでした……いや、しかしですね、こんなことは人族ではあり得ないわけで……」
こほん、と咳払いをして、スーがあらためて口を開く。
それから始まった二人の会話でわかったことは、やはりティコが特別らしいということだった。
少なくとも、リリコが生まれて六十年もの間、同じようなことが出来た人はいなかったのだという。
「森人の魔法、というよりも、ティコが特別って感じなんだね」
私が言うと、ティコはえへへと笑って頭を掻いた。
その姿を見ると、どうしても十歳の女の子だ。
そこまで話したあたりで、扉をノックする音が聞こえた。
「よぉ、俺だ。レジーロだ」
中に入ってきたその声に、リリコが反応して顔を上げた。
心なしか、目つきが鋭くなったような気がした。
がちゃり、と扉を開けて入ってきたのは、男性の森人だった。
髪と瞳の色は、リリコやティコと同じような色をしていた。
数多には金色の刺繍をした緑色の飾り頭巾をかぶっており、纏った衣は私やスーが来ている服のように堅そうな素材に見えた。
腰には剣を帯びており、手には合板の弓を持っている。
間違いなく、戦士だろう。
ただ、弓がリリコのもののような一枝のものではないということは、守護の役割を担っているわけではないということだろうか。
「よぅ、ティコ。それに、リリコと……見慣れぬお客人方」
口元を歪ませるように、彼は笑った。
「よければ、紹介してもらっても?」
男に求められて、ティコは私達の名前と、辿ってきた足跡を簡単に紹介した。
「俺はレジーロ。ラーモの里の長の家に生まれながら、長である兄レガートの弟という不幸な境遇のために、哀れ、役無しという人生を歩んでいる悲劇の男さ。憐れみを込めてレジーロと呼んでくれ」
大げさに頭を抱えるレジーロに、リリコが言葉を次いだ。
「加えて言えば、自由を謳歌して旅をし、磨き上げた戦う力で自主的に守護の役割を担っている戦士だ。弓は凄腕、人族の街で手に入れた剣も使いこなす。魔法も、ティコほどではないが扱える」
お褒めにあずかりどうも、とレジーロがまた大げさに頭を下げる。
リリコが言葉を次ぐ。
「ラーモに帰ったのではなかったのか」
「とんぼ帰りさ。親父さんの死は俺の責任もでかいし……ティコちゃんが心配でね」
「レジーロおじさんのせいじゃないよ。お父さんも、覚悟の上でハーピー討伐に参加してたんだし」
「そう、あなたの責任ではない」
「まぁ、俺は所詮、責任を背負わない役無しだからな」
そう言って、レジーロが私達をざっと見た。
「それにしても、まさかケンタウロスにお目にかかるとはね。
数年旅をしていて、噂を聞くことはあっても、実際に会うのは初めてだぜ」
アインが、ピクッと反応したように見えた。
「噂とは、どのような噂ですか?」
スーがアインの代わりに尋ねた。
「東の果ての海岸でケンタウロスらしき姿を見たとか、大陸の西側に生き残りがいるらしいとかな。
本当かどうかはわからねえよ?」
そうですか、と言って、スーは頷いた。
アインの他にも、ケンタウロスは生き残っているんだろうか。
もしも一人でも二人でも生き残りがいるのなら、アインは嬉しいかもしれない。
しかし、アインの表情は蒼白なままで、感情は読み取れなかった。
「さて、こうしてもいられねぇや。ティコちゃんの元気な顔も見られたし、行くとするわ」
「何かあるのか?」
レジーロは頷く。
「こないだ、こっち側の海岸でハーピー掃討をしただろ?
その影響なのか分からんが、今度はラーモ側が騒がしいのさ」
「それで、戦力を募りに来た、ということか?」
そういうこと、とレジーロは笑った。
「ヘルデン里長代行殿にもご足労願えればありがたいね。
彼の武力はかなりのもんだから」
「ヘルデンは、今、中央広場にいるはずだ。おそらく、例の議論を延々と続けていると思うが」
「長をティコちゃんに任せるか、ヘルデンに任せるかって話か?
まったく、森人の氏族役割の制度ってのは功罪あるよなぁ」
レジーロはそう言って、頭を掻いた。
リリコが何事か考えていたかと思うと、意を決したように口を開いた。
「トリル、スー、アイン。無理を承知で頼みたい。ハーピーの討伐に、力を貸してくれないか。私達森人は、弓で射かけるのは得意だが、近づかれて戦うのは苦手だ。君達が力を貸してくれると、ありがたいのだが」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




