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第69話 討論

 家に入ってすぐの広い部屋に、ちょこんと少女が座っていた。

 見た感じは、私やスーよりも幼い感じだった。

 人族で言えば、十歳くらいだろうか。

 透き通った草色の瞳を光らせ、深い緑の髪の毛はまっすぐ長く伸ばされている。

 結った髪を下ろしたスーよりも、さらに長そうだ。


「おかえり、リリコ。そして、いらっしゃい、トリル、スー、アイン」


 初対面で、まだ名乗っていないのに。

 驚く私を見て、少女は可憐な声で、ころころ笑った。


「特にアインは、四本ある足を踏み外さずにたどり着けてよかったね」


 さっきの私達の会話だ。

 どうやって、と思っていると、リリコが口を開いた。


「また聞き耳の魔法で遊んでいたな」

「聞き耳の魔法?」

「ああ、風精ウェントゥスの魔法だ。風に乗せて声を聞いたり、声を届けたり出来る。この子の場合は、その距離や効果が並外れていてな……」


 ふぅ、息を出しながら、リリコがつかつか歩いていく。


「この子がドラマティコだ。トリルやスーと同じ、十六歳」

「はじめまして。ティコ、って呼んでね。さぁ、座って、座って」


 促されて、私達はティコとリリコに向かい合う形で腰を下ろした。

 椅子もテーブルも、棚も何もかもが、木で出来ている。

 かぎなれた金属の匂いがどこからも感じられなかった。


「スピントはティコをそっとしておこうとして、リリコはティコを元気づけようとしてる。

 そのリリコが連れてきたあなたたちは、何をお話ししてくれるのかしら?」


 両手を頬に当てて肘をつく姿勢のティコは、とてもあどけなく見えた。

 自分のことを「ティコ」というあたりにも、幼さを感じる。

 私がリリコを見ると、口を開いた。


「森の外の話を、彼女に聞かせてあげて欲しい。以前から、外の世界を歩いてみたいと言っていたから」

「外の世界に興味があるのは、ティコだけかなぁ?」


 ティコが横目でリリコを見る。


「ティコ、知ってるよ。リリコがずーっと森の外に行きたがってるの」

「ばかげたことを言うな」


 リリコに一瞥されて、ティコは、はーい、と舌を出して、にこっと笑って私を見た。


「それじゃあ……何から話していいか分からないから、順を追って話してみるね」


 私は、ノルドで武具屋に生まれたこと、王都に商売に行ったこと、道中でオンブラに襲われてアインに救われたことを話した。

 予言の話はしないように、私が旅に出る夢をもっていたということにして、アインとスーにはそれに付き合ってもらっているという体で話した。

 ミノタウロスの国コリーナでの出会い、食べたおいしいもの、可愛かった村の子ども達、アインの命を救った隠者との再会、山の遺跡での壁画。

 コレペティタの話は、闇の結晶に部分は省いて、野盗の話として言った。

 同じ年齢と分かってはいるが、あどけない見た目の聞き手に話そうとは思えなかったからだ。

 そして、水底の都市を訪れて、水の穢れを調べた旅の話をした。

 これも、カストラートについては、闇の結晶の話はしなかった。

 話しながら、私の中にわだかまっている壁画の話もあいまいに口にした。

 隣にいるスーとアインが、私の話をどんな風に聞いているのか、少し気になった。


「すごく興味深い話ばっかり。ね、リリコ?」

「私に振るな」


 にこにこしているティコの横で、リリコは憮然としている。


「ところで、ふたりはどういう関係なの? 姉妹……みたいだけど」


 名前も似ているし、と私が言うと、ティコが表情を輝かせた。


「わぁ、嬉しい! リリコとティコが本当の姉妹だったら良かったのにね。

 そうしたら、リリコに長をやってもらって、ティコは「役無し」で自由の身だったのに」

「私は守護者の氏族で、特に里長の護衛を担ってきた家だ。

 ティコは里長の忘れ形見なんだが、生まれたときから私が側にいるから、どうしても……」

「お姉ちゃん役、ってことね」


 私は笑った。

 人族の感覚で年齢の差を考えると、親子かそれ以上に離れていることになるのだろうが、見た目から言って姉妹にしか見えない。


「ティコのお父さん……つまり前の里長が、ちょっと前に、風に還っちゃったの。

 それはまぁ、気持ちをつくってたからティコはいいんだけど、それが色々問題を起こしてて……」


 ティコが笑って頭を掻く。

 やはり、風に還る、というのは、亡くなるという意味だと思った。


「問題、っていうのは?」

「来る途中で話したとおり、私達は氏族によって役割が決まっている。そして統治の役割を担うのは、当然里長の一族だけだ。ところが、ティコの年齢があまりにも若すぎる。そこで、代理を立てるべきだという連中が騒いでいるんだ」

「ティコは別にどっちでもいいんだけどね。むしろ、補佐役のヘルデンおじさんがお父さんより実務をしていたのは明らかだったし、そのことはリリコも含めて里のみんなが分かってることだもん」


 あっけらかんと言葉を紡いでいくティコに、リリコは頭を抱え通しだ。

 ティコは見た目こそ十歳くらいだが、達観しているというか、中身はしっかり大人だと感じた。


「そのヘルデンさんという方は、どういう方なのですか?」


 スーが言う。


「……ヘルデン自身は、立派な人物だ。高潔だし、確かに統治能力はあると言える」

「そうそう。だからヘルデンおじさんに里長になってもらって、氏族役割制度を廃止して、ティコは魔法を駆使する守り手に、リリコは自由の身になって旅人に」

「ティコ!」


 美しい声が、強く響いた。


「いい加減にしろ。そんなに簡単なものじゃない。子どものくせに、知った風なことを言うな」

「年齢と能力は必ずしも比例しないって、リリコ、いつも言ってるじゃん」

「それとこれとは話が違う。役割の制度があるからこそ、里は成り立ってきたんだ」

「なくてもなんとかなると思うよ。それどころか、このままじゃ、私達は緩やかに滅びていく。今以上に、皆が出て行くから」


 ティコの言葉に、リリコがはっとした表情になる。


「お父さんが風に還らなくても、この問題はいつか話題にすべきだったんだよ。ううん、ずっと問題にも話題になっていたのに、歴代の長がそれに目をつぶってきただけ。

 ねぇ、リリコ。ティコ達森人エルフの役割のとらえ方も、変わっていくべきだと思わない?

 だって、役割が定められていなくたって、十六歳の子どもが、自分の意志で大陸を旅して、他の種族のために力を尽くしているんだよ。ね、トリル、スー」


 流れるように言葉を紡ぐティコに圧倒されて、私もスーも言葉を見つけられない。

 この少女は、見た目とは裏腹に、たくさんのことを考え、遠くのものを見て、あらゆることを想っている。

 リリコも、ティコの強さ、素晴らしさを分かっているのだろう。

 だから、道中でティコの話をしていたとき、表情があんなにも穏やかだった。

 それでも、リリコは苦い表情で口を開く。


「人族と森人エルフの時間の流れは違う」

「違わないよ。でも、違うとしたら、逆にリリコは彼女たちと同じくらいの歳ってことになる。そのリリコは、同じように世界を見て回りたいって思ってる。どうして、そうやって自分に嘘をつくの?」


 吹きすさぶ風のように言葉を続けるティコに、リリコは口をつぐんでしまった。

 目を伏せて、きゅっと唇を結んでいる。

 私はどうしていいものやら、ティコとリリコを交互に見るしかなかった。


「……ティコは、里長の責から逃れようとしているだけだ」


 消え入るような声でリリコが呟く。


「そうかもね。でも、ちゃんと里のことは考えてる。森人エルフ全体のことも、もちろん、リリコのことも」


 ティコが、じっとリリコを見る。

 そして、パッと顔を上げて、私を見た。


「ごめんね、里に来て早々、こんな場面を見せちゃって。お詫びに、聞きたいことがあるのなら何でも話すけど、何かある?」

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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