第7話 東へ
「まずは東へ向かい、コリーナ共和国へ向かいます」
「コリーナ……ミノタウロスの国だな」
アインの言葉に、スーは頷いた。
「王家は長年に渡って各国と書簡でのやりとりだけでもと努めてきましたが、その中でもコリーナだけが好意的で、交流が持てています。彼らの育てた上質な穀物は、交易でも人気がありますよ」
「そういえば、ノルドでも牛の印が書いてある小麦粉があったっけ……高くて買えなかったけど。どれくらいの距離なの?」
「途中で東の街オストに寄ります。そこまで徒歩で一週間、そこからまた十日ほどの道のりですね」
王都を出てから少しして、スーが話す。
「ごめんね、私が馬に乗れたらよかったんだけど」
私は謝った。
アインの足に合わせる意味でも、荷物を運搬する意味でも、馬に乗って移動した方がいいに決まっている。だが、イチ町娘に過ぎない私に、馬に乗る技術なんてあるはずもない。
スーは首を振った。
「アイン様には遅く感じられるかと思いますが、この旅はなるべくゆっくり進む方がよい、と私は考えています」
どうして、と私が聞くと、スーは笑った。
「父は予言について、古代遺跡を巡ることで……と言っていましたが、私の解釈は違います。予言の二人が旅をして、あらゆる種族の人々と関わることで、得られるものがあると思うのです」
そう言って、スーがアインを見る。
「実際、馬で早駆けしていたら、トリル様達はオークの襲撃に遭うことなく、アイン様と出会うこともありませんでした。人と人との出会いというのは、急ぎ足の中では生まれないものです」
なるほど、とアインは頷いた。
「歩みが遅いことは問題ではない。ケンタウロス族の旅も、部族によっては人族のような足取りで進むこともあると聞いた」
「そういうわけで、トリル様は気になさらないでください。ただ、乗馬について学びたいということであれば、私がお教えすることは出来ますから、おっしゃってくださいね」
私はスーに感謝を告げて、アインにも言った。
旅慣れている二人がとても心強いことは、王都を出て一昼夜で分かった。
特に私が感心したのは、食だ。
アインもスーも、乾燥させたパンのような保存食をたくさん持っていた。ふたりのものは微妙に違ったが、味は決して悪くなく、腹持ちもよかった。
夜は野兎などを狩りましょう、と言っていたスーは、宣言通り二匹の野兎を捕ってきて手際よく捌いた。その様子を見てカワイソウなどと言うほどお嬢様ではない私だが、手伝いを申し出られるほどの技術はない。すっかり見取れているだけだった。
料理の腕もかなりのもので、秘蔵の調味料だと自慢して見せた木の筒は十本ほどもあり、出来上がったスープは街中の食堂でも食べられないような味だった。
これにはアインも驚いている様子だった。
「人族は食事に手間暇をかけるという話は知っていたが、これほど味が違うとは思わなかった。王都の館で食べたものもうまかったが、これもまたうまい」
「ケンタウロス族は、どういう料理をするのですか?」
スーが聞くと、アインはむう、と唸ってしまった。
「俺が思うに、ケンタウロス族には料理という概念があまりないのかもしれん。肉をとって、岩の塩を振って焼くのがせいぜいだ」
「それでは栄養に偏りが出ませんか? 果物や野菜の類はどうしていたのですか?」
アインがまた、むう、と唸る。
訪ねているスーの眼はキラキラしていて、彼女の好奇心の高さが見えた。剣も魔法も使えるという話だったが、こんな風になんでも吸収してきたのだろう。
「部族で暮らしていたときは、草を食む動物を捕ったら、はらわたも食うように教わったな。うまいとは思わなかったが、確かにあれを食った翌日は足の調子がよかったかもしれん」
ふむふむ、とスーが頷き、私も感心した。
「失礼なことを聞いちゃうかも知れないけど、いい?」
私が口を開くと、アインはフッと笑った。
「俺が肉を食うのが意外だったか」
私は頷いた。
「一応、体の半分は馬の姿なわけじゃない。だから、基本的には植物食なのかなぁ、って。体のつくりとしては、人族と同じような感じなのかな」
「ミノタウロス族は肉をあまり食わないようだから、なんとも言えないな」
アインが言うと、スーも感心したように頷いた。
東の町オストまでの道中、私達はお互いのことを知るためにそんな話をいろいろとした。
人生で初めての野宿も、スーが建ててくれる天幕の中が暖かく、布団だと渡される薄布も見た目以上に暖かく、疲れも手伝って眠るのには困らなかった。
不思議に思って聞いてみると、天幕にも布団にも、日中の内に陽精の力を借りて魔法をかけなおしているということだった。
馬について習うより、魔法について習う機会があったら、そっちの方がいいかもしれないと思った。
アインは、当然というか、外で寝た。男として女性に遠慮して、というわけではなく、彼らはそもそもそういうものらしい。新月以外は月精の加護を受けながら外で眠り、危険が迫っているときは彼らに警告してもらうのだという。唯一、新月の夜だけは見張りを立てるということだった。
幸いオストまでの道中は雨に降られることもなく、怪物の襲撃に遭うこともなく、なんならアインが奇異の目で見られることもなく、本当に何事もなく進んだ。
「この街では、カストラートの情報は得られなかった」
外壁が見えてきたあたりで、アインが言った。
「俺はコリーナを出て、まずはこの街で話を聞いて回った。話に応じてくれる者を探すのにも苦労はしたが、聞いてもその名を知っている者はなく、終いには、人捜しならまずは王都へ行けと薦められた」
「では、一日だけ、私も情報を集めてみましょう。街中で聞ける情報と、魔術師団で聞ける情報では、違いがあるでしょうから」
スーの提案を、私とアインは受け入れた。
街に入ってすぐ、私は驚いた。
他の種族がちらほら見かけられたのだ。
「オストって、人族の街よね?」
私が聞くと、スーは頷いた。
「東端にあるので、大陸東側に住む種族とは少しながら交易がありますね。ミノタウロス族以外と大きな取引はありませんが、物好きな商人や職人、詩人などは関わりを持ったりしているようですよ」
大通りの隅に寄って、行き交う人々を見る。
牛の頭をした大柄な種族は、ミノタウロスだ。ノルドにいた頃読んだ本で、彼らは大きく描かれていることが多かったが、確かにと思うほどの巨躯だった。ケンタウロスの身長とさほど変わらないかも知れない。
それなりに交流があると聞いていたとおり、牛頭の巨人達は、それなりに大通りを闊歩している。
ほとんど人族と見た目は変わらないが、線が細い人だと思ってよく見ると、耳が切れ長で、手の指も細長い人達が少しだけいる。エルフだ、と分かった。
そしてエルフに似て線が細いが、身長がやや低めで、露出した肌に鱗が見える人がいる。水の中に街を造る水人だ。こちらもよく見ると、長い指の間に水かきのような膜があり、首に二本の溝のような線がある。
「ノルドには全然いなかったから、新鮮だなぁ……東の街がこうってことは、西の町もこんな感じなの?」
スーは首を振る。
「位置関係から言えば、西の町オーヴェストにはドワーフが、南の街スッドには竜人が足を運んでもおかしくないのですが、彼らの国の門は固いようです」
「それらの国にカストラートが身を潜めるのは難しそうだな」
アインが言うと、スーは首を傾げた。
「そうとも限りません。一度彼らに気に入られさえすれば、相応の歓待を受けることが出来るという話も聞きます。まあ、そもそも種族差別をするような輩が他の国に立ち入るような真似をするかどうかはあやしいところですが」
スーはそこまで言って、私とアインに向き直った。
「では、私はこの街の魔術師団関連施設に行って参ります。宿は街の東大通りにある『牡丹亭』というところをとります。正午には部屋に入れるように手配しておきますので、それまではお二人で散策なさっていてください」
これは路銀の一部ですと言って数枚の銀貨を渡すが早いか、スーは駆け足でとっとと行ってしまった。
オストに来るまでの道中もそうだったが、彼女はとにかく疲れを見せない。足にかけられた魔法の効果もあるかもしれないが、単純に体力があるのだろうと思った。
「正午といっても、まだ結構時間があるね。アインは何か、見たいものある?」
私が聞くと、アインは腕を組んで考え始めた。
その間に、私も自分の希望を考えてみる。
故郷にいた頃から、別段、買い物に行くような趣味はなかった。正確には、何か娯楽に使うような金が無かった。あらためて何かしたいことはないかと考えてみても、思いつくはずもない。
ただ、そういえばと思い当たったのは、鍛冶屋や武具の店は見てみたいかもしれない。
父の仕事が近衛騎士団に認められて、ドワーフ族の職人も唸らせたということは分かっているが、実際の所、他の職人がどういうものをつくっているかはあまり知らないのだ。
「武具の類を見てみたいな」
アインが言った。
「俺たちケンタウロスは、他の種族が造ったものを譲ってもらうか、一族で使い回すかだ。金で売り買いする武具は、一度見てみたい」
私はニッと笑った。
「私も鍛冶屋の娘として、それには大いに興味があるの。ちょっと、探してみようか」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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