第68話 樹上
リリコの先導で私達がたどり着いたのは、木の上に形成された里だった。
見上げると、木の枝や蔓が絡み合い、網のように足場を構築している。
そしてそれらを、また蔓が伸びて橋のようにお互いをつなぎあっている。
ただ、高い位置にある割には、はしごや階段の類が見当たらない。
「どうやって上に行くの? 魔法?」
私が尋ねると、リリコは笑った。
「風に乗って飛ぶ魔法もあるにはあるが、毎日何度も魔法を使っては精霊に嫌われるだろう。それに、体を鍛えるためにも、そう易々と魔法に頼るべきではない」
そう言ってリリコはスタスタと歩いて一本の大木の前に立った。
大きな洞がぽっかり口を開けていて、人ひとりが中に入っていけそうだ。
「これは、スカーラアピオーリという木だ。私達は梯子の木と呼んでいる」
彼女に手招きされて、私は洞の中を覗き込んだ。
外観からは分からなかったが、木の中は空洞で、中がずっと上まで吹き抜けになっている。
「中に梯子があるのが分かるか?」
きょろきょろ見渡してみると、なるほど、木の蔓が絡み合って、梯子と呼んで差し支えないものが組みあがっている。
試しに手に取り、ぐっと力を入れると、微動だにしない。
体重をかけて引っ張ってみても、まるで動かない。
「頑丈なものだろう。この木は中に梯子状の蔓を形成し、樹皮も極めて固い。私達森人は色々な木を活用するが、この木もなくてはならない重要なもののひとつだ」
私が先に行こう、と言って歩み出たリリコだったが、私がその手をつかんで制止した。
「どうした?」
「私とスーはいいんだけど……」
リリコがアインを見る。
梯子の木はそれなりに太く、中の空間は広い。
私やスー、リリコなら何の問題もなく登っていけるだろう。
だが、アインの巨体はとても入れそうにないし、入れたとしても馬の下肢をもつケンタウロスが梯子で上まで行くというのは不可能だ。
「なるほど……わかった、私は彼とともに、魔法で里に上るとしよう。君とスーは、梯子を上れ」
それなら私達も魔法で上がらせてくれても、と思ったが、せっかくの機会だと思って留まった。
結構な高さがあるが、療養で落ちた体力を戻すためにも自力で登ろう。
上で落ち合うことを確認して、私は洞に入りなおした。
梯子に手をかけ、ぐっと上る。
手と足をかけながら、調子よく登っていく。
かける場所の間隔は均等ではなかったが、不思議とするする登っていけた。
空洞の幹は途中に割れや穴が見当たらなく、どのくらいの高さまで来たのか知ることは出来そうになかった。
それでもぐんぐん上に進むと、出口が見えた。
まかりまちがって落ちてしまわないように、最後に手に力を込めて足を運び、空洞の幹から外に出た。
「ようこそ、セーメの里へ」
リリコが待っていた。
横に青ざめた顔をしたアインが立っている。
「アイン、どうしたの?」
「なんともないのか、この高さで」
アインに言われて下を覗く。
こんなに高いところまで来たのかと驚くほどだ。
比べる対象がないので分からないが、たぶんここから見れば人族が相当小さく、大きな虫くらいに見えるだろう。
「すごく高いね」
ちょっとドキドキするけれど、これは新しい場所に来たという胸の高鳴りのような気がした。
スーも到着して、下を見る。
「これは……足を踏み外さないように、注意しなければなりませんね」
「誰かさんは四本もあるから、倍、気を付けないね」
私のからかいに対抗する余裕もなさそうだ。
アインはこくこくと何度も頷くだけだった。
ついにアインにも弱い部分が見つかったか、と不謹慎ながら嬉しくなった。
「落下の心配なら、しなくていいぞ」
リリコが苦笑する。
「里全体を、風精が常に見守ってくれているからな。子どもなんかが落ちそうになっても、風で受け止めてくれるんだ」
そう言って彼女が一歩、蔦の端から外に踏み出した。
上体が前のめりになっているから、落ちてしまう……と思ったが、ふわっと体が浮き上がって、元の場所に押し戻されてしまった。
「な?」
試してみるか? とリリコに言われたのはアインだったが、遠慮しておくと小さく言っただけだった。
その様子がさすがに気の毒に思えてきて、やってみなよとは言えなかった。
「ついてきてくれ」
リリコが歩き出したので、私、アイン、スーの順番でついていく。
里には、たくさんの森人がいて、誰もかれも怪訝そうな顔で私達を見る。
森人以外の種族がここを訪れることがないのだろう。
リリコがいなければ洞の中を登ろうなどとは思わないし、上に来る魔法も知らない。
人族の使者が森人との交流を断念せざるを得ない理由は、森の中で迷ってしまうこと以上に、樹上に人里が形成されているという特異な理由のためだと分かった。
「リリコ」
途中、一人の森人が声をかけてきた。
女性だった。
リリコと同じような、一本の枝から作られた弓を手に持っている。髪の色や目の色も、リリコのそれとよく似ていた。ただ、髪はリリコよりもずっと長く、首の後ろで始まった一本の三つ編みが腰くらいまで伸びている。
顔つきは精悍で、リリコよりも幾分年長に見えた。ただ、森人の年齢は人族と比べてもよく分からなさそうなので、その差がどれくらいの年数なのかは予想もつかなかった。
「スピント。会合に出ていたのではなかったのか」
「抜けてきたわ。どこまでいっても平行線だし……その後ろの連中は何なの?」
怪訝そうな顔をして、スピントと呼ばれた女性が私をじろりと見る。
「人族だ」
「それは見れば分かるわ。小さいし」
後ろの後ろの人物に聞こえていないことを祈った。
「ティコに会わせる」
リリコの言葉に、彼女がため息をついた。
「彼女を元気づけたい気持ちは私にもあるけれど、今はまだそっとしておいたほうがいいんじゃない?
まあ、あなたと彼女の関係だから、私がとやかく言うことでもないのだろうけれど……」
そう言って立ち去るスピントに、リリコは何も答えなかった。
「今のは?」
「スピント。私と同じ、森の守護の氏族だ」
リリコが言葉を次ぐ。
「ついでに説明しておくと、今、名が出たティコというのは、この里の長だった人の忘れ形見だ。父親である長は、少し前に大規模なハーピー討伐の遠征に参加し、不幸が重なって命を落としたんだ」
「ハーピーに?」
私の言葉に、彼女は表情を曇らせた。
「いや……もちろん腕は立つ人だったが、想定外のことが多く乱戦になったんだ。私達森人は、弓での戦いを主としていて、接近戦は不得手だからな。だが、だからといってあんな戦いで下手をうつはずもなかったのだが……」
言いよどむリリコに、私は何も言わなかった。
確かに、彼女の装いをあらためて見ると、弓に矢は当然として、他の武器はと言えば腰の後ろに帯びている短刀だけだ。
「話を戻すが、ティコは、本当はドラマティコという名なのだが、本人がその名で呼ばれるのを嫌がっていてな。好む方で呼んでやって欲しい」
話すリリコの目が優しい。
きっと、良い関係なのだろうと思った。
「そういえば、ティコは十六だから、君と同じ年だぞ」
「そうなんだ。それで、同じ歳だから元気づけられたら、ってことね」
言いながら、いやいや、森人で十六歳ということは、かなり子供なんじゃないかと思い至った。人族で言うと、十歳にも満たないくらいということになるのではないか。
「察しの通り、十六で長は出来ない。だから今、この里はティコではなくヘルデンという補佐の氏族が管理している。人相はよくないが、悪い男ではない」
話している内に、目的地に着いたらしかった。
樹上の家々の中でも、二回りくらい大きな木造の家だった。
ただ、色々な色の枝が組み合わされていて、全体がなんとなく丸みを帯びている。
これまでに見たことのない建造物だった。
「リリコだ。入るぞ」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




