第67話 森人
「このアルベロの森には、小さな集落はいくつもあるが、大きな里はふたつしかない。セーメとラーモ、それぞれ種と枝を指す古い言葉から来ている。今向かっているセーメの里が、私の郷里だ」
ふむふむ、と私は横で頷いて言葉を紡ぐ。
「この森って、すごく広いと思うんだけど、そのすべてを把握してるってこと?」
リリコは笑った。
「もちろんだ。生まれて二十年程度の子どもならいざ知らず、独り立ちした森人なら森のほとんどを掌握しているよ」
私は言葉に窮してしまった。
「あのさ、リリコ」
「ん?」
「リリコって、今、いくつなの?」
「六十三だが」
平然と言ってのけたリリコに、そうなんだ、と言いながら、必死に動揺を隠す。
後ろを歩いているスーとアインが羨ましい。
少なくとも、多少は顔に出しても大丈夫なのだから。
「君は?」
「え?」
「見たところ、それほど年輪を広げているようには見えないが……人族は見た目に寄らないという噂くらいは私も聞いたことがある」
「えっと……」
二十で、たかだか、と言われてしまうくらいだ。
十六と答えたら、確実に子ども扱いされてしまう。
かといって、まさか嘘をつくわけにもいかないし。
「まず、人族が、大体六十くらいの人生だっていう前提をもってちょうだいね」
「あ、ああ……六十くらいの命なのか。それは……ということは、つまり私は……」
「十六」
「は?」
「だから、十六。私は生まれてから、十六年」
リリコが目を見開いて私を見る。
私は黙ってそれを受け止める。
ハッとして、リリコが後ろを見た。
「十六、です」
「十九だ」
そしてあらためて、彼女が私を見る。
「信じられん、まだ子どもじゃないか! いや、六十年の命の内だから、半の半は過ぎているのか……ということは、私達でいうと、五十から六十の間。つまり、感覚的には私達は同じくらいということになるのか? いや、しかし……」
問われて、私はあいまいに笑って返す。
単純な割合で言えば同じくらいの年齢層ということになるだろう。
だが、目の前にいる、どう見ても多少年上くらいの美人は、私の両親よりも年上なのだ。
同じくらいの年だね、と笑って言うのは憚られた。
「随分違うものなのだな……では、役割は? さっき君達は自らの役割を口にしていたが、他にどういったものがあるんだ?」
また、答えに窮してしまう。
彼女の言う役割とは、私達人族で言うところの職業のことだろうか。
それとも、職種における立場のことだろうか。
「数え切れないほどある、かなぁ」
「数え切れないほど? そんなに細分化されていては、あまりにも融通が利かなさそうだな」
これもどうやら、根本的に違いがあるような気がする。
「森人は、どういう役割があるの?」
「統治、守護、狩猟、生産が大まかな分類で、その中で多少細分化される。さっきも言ったが、私の氏族は守護だ。既に風に還ったが、父も母も守護者だった」
風に還ったというのは、死んだと言うことだろうか。
はっきりは分からないが、そこには触れないでおこうと思った。
「氏族……ってことは、生まれた家によって役割が決まっちゃうってこと?」
「もちろんだ」
「それで困る人っていないの?」
「そういう不満は、昔からあるにはある。だが、定められた役割を担い、それをまっとうすることが正しい命の使い方だろう。そこの木も、草も、花も、命を循環させる役割、風を清める役割、蜜を作る役割をそれぞれ担っている。だから、美しい」
そう言う彼女の表情は穏やかで、誇らしさをたたえていた。
心から、この森のことを大切にしているのが伝わる気がした。
「それに異を唱えるものは、長い時間の中で常にいると聞く。狩人の氏族に生まれながら弓の訓練を厭うもの、蜜採りの氏族に生まれながら虫を嫌うもの。その気持ちが分からないとは言わないが……」
首を振るリリコに、私は首を傾げてみせた。
彼女はふっと笑った。
「自身の責を果たさない者ばかりになれば、森はどうなってしまうのか。そう考えれば、己が役割を果たさないという答えは出ない。にも拘わらず、ここ数年ほど、自由に生きるべきだと訴える連中が増えてきた気がしているよ。
やれ、人族には役割という文化がないとか、やれ、人族は役割を自由に変えて生きている、とかな。
どうやら、森を抜けて人族の街を訪れた、特に若い連中がそんなことを触れ回っているようだ」
「確かに、オスト……森に一番近い人族の街で、森人の姿は見かけたよ。
それほど多くはなかったけれど、言われてみれば若かった、かな?」
うんうん頷くリリコを横目に見ながら、私は言いあぐねていた。
よく分からないまま役割を口にしてしまったが、どうも、森人の言う役割と、私達の言う役割とでは、考え方に大きな差があるようだ。
いきなりお互いの文化を理解するのが難しいことはわかっているつもりだが、見えている誤解は解いておいた方がいい。
「リリコ」
「ん?」
「たぶんだけど、リリコの言う役割って、私達人族の考える役割とは違うと思う」
どういうことだ、と訝しむ彼女に、私は答える。
「たぶん、森人の役割って、人生をそれに捧げる、それを全うするっていうくらい重いものだと思うの。聞いてる感じね」
そうだな、と彼女が頷く。
「でも、私達の場合、生きていく中で何を仕事にするか、どうやって食べていくかは、ある程度自分の意志で決められるんだよ」
「自分の意志で決める?」
うん、と言って私は言葉を次ぐ。
「例えば、狩りに興味があるから、薬師から狩人になるとか、大きな体に生まれたから兵士として雇われるとか、いろいろ……」
言いながら、私は自信がなくなってきた。
鍛冶屋の娘として生まれたけど、自分の意志で別の生き方を選ぶ。
それははたして、本当に可能だったろうか。
成り行きで旅に出ることが出来ただけで、アインとの出会いがなければ、私は今でもノルドで父と母を手伝い、本で物語を読んで憧れ、毎日を過ごしていたに違いない。
魔法に興味があるから宮廷魔法使いになる、というわけにはいかないのではないか。
スーのように恵まれた家柄で、選択肢があれば別だろう。
でも、私が生まれた家以上に、生活が困難で、そもそもの選択肢が与えられないこともあるだろう。
「そうか……では、さっき君が言った物語の収集というのも、自ら選んだ役割ということなのだな」
「それは……」
それこそ、他人が定めた私の役割そのものだ。
会ったこともない予言者が、生まれてもいない紫色の目をした女の子の役割を決定したのだ。
「……旅に出ることを決めたのは、私自身だった」
これは嘘じゃない。
もちろん、成り行きはあったし、背中を押されたのは確かだけど、決めたのは自分だ。
「なるほどな」
リリコが立ち止まる。
次いで、私も、後ろの二人も歩みを止めた。
ふー、と息を吐いて、リリコが私を見る。
「それでは、若い連中が吹聴している内容は、あながちでたらめというわけではないということか」
たぶん、と私は頷いて応える。
「私は、人族の国で、王族の傍で働いています」
後ろから、スーが口を開いた。
リリコが後ろを見る。
「だから、役割の大切さは、とてもよく分かっているつもりです。それを最後まで全うすることの重要性は、きっと、人族も森人のみなさんと変わりません。ただ、人族では、選ぶ自由とともに、選んだ責任を負うのだと私は思っています」
リリコが静かにスーを見つめ、それから下を見る。
「選ぶ自由と選んだ責任、か。森の外の話は、新鮮なものだな」
短い沈黙のあと、リリコが私を見て口を開いた。
「出会いは風精の導きと言う。君達の話を聞かせてあげて欲しい人がいる」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




