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第66話 森

 森の様子に変化が見られたのは、歩いて移動し続けて二日目だった。

 少し入ったところに、小屋と思しき建物が見えた。


「どうする?」


 私が聞くと、アインは頷いた。


「行ってみない手はないだろう」


 森のすぐ横を歩いていたわけではなかったので、私達はあらためて森の方に歩いていき、初めてその木の高さを間近に見た。

 私よりも、アインよりも、あるいはこれまでに見てきたどんな建造物よりも背が高い木ばかりだ。

 ノルド近郊の森に生えていた木は、太い物でも三人くらいが囲んで手を伸ばせばつなげるくらいの幹だったが、ここにある木はその倍の人数が必要だ。

 見上げると、枝も太い。高い位置にあって正確には分からないが、人が立っても折れなさそうな太さだ。

 森に入ると、空気がひんやりとしていた。

 日は差し込んでいて明るいが、不思議な心地よさが満ち満ちている。


「ごめんください」


 スーが扉をたたきながら声を出す。

 小屋の中から返事はない。

 こじんまりとした木造の小屋は、苔や生えて蔦が絡まり、外観だけ見ると、あまり使われているようには見えなかった。


「入ってみましょうか」


 ギッ、と重い音を立てて、扉が動いた。

 外とは違って、中は埃っぽさは多少あったが、植物に浸食されている風はなかった。


「何かを吊るしておく場所のようだな」


 釣りに用いるような大きなフックが壁にいくつも掛けられている。


「下が石造りで灰が残っているところを見ると、燻製小屋のようですね。獲った肉などを掛け、小屋全体を煙で満たして、燻蒸させるのでしょう。森のはずれに作っているのは、万が一火事などが起きたときに被害が広がらないように、ということでしょうか」


 言われてみると、なんとなく煙たい香りが残っているような気がする。


「食べ物をつくる場所があるってことは、近くに人が住んでいる所があるってことかな」

「可能性はありますね。ここを起点にして、森の奥に進んでみることにしましょう」


 私達は小屋を出て、真南に進むように時折後ろを確認しながら進んでいく。


「方向が分からなくなったらと思うと、怖いね」


 私が言うと、アインが笑った。


「急に声が出なくなることはあっても、方向を失うことなどあるはずがないだろう」


 あらためて、ケンタウロスが旅の種族だということを思い出させる言葉だ。

 頼りになるな、と素直に思う。


「空気が澄んでいますね。深く吸うと、体の中が洗われるようです」


 スーが言う。


「山の木々とはまた違った雰囲気だな」


 アインが相槌を打った、その瞬間だった。


「止まれ」


 声がした。

 女性の声。

 私は瞬間的に剣の柄に手を当てた。


「抜くな」


 動きが止まる。


「構えれば射貫く」


 声は、上から聞こえているような気がした。

 しかし、目の動きで確かめられる範囲に、人らしき姿は確認できない。


「森に入った目的を言え」


 ごくりと唾を飲む。

 横目でスーを見ると、言葉を決めかねているようだった。口を一文字に結んでいる。

 争うつもりはないことを伝えたい。

 できれば、何か友好の糸口になるような言葉はないか。

 私ははっとして、口を開いた。


「サルヴァトーレ」

「なんだと?」


 明らかに驚きの響きがあった。


「サルヴァトーレの物語を聞きに来ました」


 沈黙が流れる。

 風に揺れる枝や、流れる草の音もしない。

 ザッ、と音がしたかと思うと、私達の前方に一人の女性が舞い降りた。

 森人エルフだ。

 耳が長く、細い。

 若葉色の髪は肩の長さほどで揃えられ、その目の色も色の薄い草を思い出させる色だった。

 体の線は細く、木の幹のような色の、軽そうな衣を着ている。

 露出している首と顔は、晴れた日の空に浮かぶ雲のように白い。

 背丈は、私やスーよりも高く、自然、見上げる形になる。

 鋭い目つきだったが、威圧的ではなく、秘めた強さが滲んでいるような印象を受けた。


「古の白い鹿の王の名を口にするとは、森人エルフとゆかりがある者か?」


 小さな口から美しい声が流れる。


「今はまだ」


 緊張しながら、言葉を紡ぐ。

 エルフは、ふっと笑った。


「旅人か」


 そういって、彼女は私、スー、そしてアインを順に見た。


「森では白い生き物は殺さない。だが、白いケンタウロスを見たのは初めてだ」


 アインは、そうか、とだけ言った。


「あらためて聞く。森に何を?」


 私がスーを見ると、スーはお任せしますと短く言った。


「人族の国を出て、これまでにミノタウロスの国、水人フォークの国を訪ねてきました。各地で古い文明を調べたり、残された物語を集めたりしています」


 森人エルフは、ふむ、と言って頷く。


「他には?」

「あとは……美味しいものを探している、かな?」


 くっ、と森人エルフが笑いをかみ殺した。

 そのまま、彼女と私が見つめあう。


「君はなかなか面白いな。名前は?」

「トリルです。こっちはスー、あっちはアインです」


 リリコだ、と森人エルフは名乗った。


「弓を向けたことを許せ」


 いいえ、と首を振ると、彼女は笑った。


「かしこまった言葉を使う必要はない。そういうのは、苦手なんだ」

「それじゃ……分かった」


 リリコは腰の矢筒に矢をしまい、弓を下げた。

 人族が使う合板の弓と違って、一本の枝から弓を作っているように見える。


「すごい弓。そんなつくりの弓、人族の国で見たことない」


 私の言葉に、リリコが小さく笑う。


「これは特別な弓だ。守護の役割を担う者にしか扱えない」

「役割?」

「ああ。私は森と一族の守護を担っている。君の役割は?」


 私は、と言って、少し考える。

 急に役割は何かと聞かれても、どう答えたらいいのだろう。

 まさか、七つの種族の失われた絆を取り戻すこと、とは言えないし。


「物語集め、かな」


 私が言うと、リリコはスーを見た。


「私は……おふたりの補佐、でしょうか」


 続けてアインに視線が向けられる。


「不遜の輩を討つことだろうな」


 ふむ、とリリコが息を吐く。


「人族やケンタウロスにも、役割はあるものなのだな」


 小さく言葉を紡いで黙ってしまった森人エルフの顔を、私は覗き込む。


「リリコ?」

「トリル。よければ、私の里に来て、旅の話を聞かせてくれないか」

「いいけど、人族の私達が行っても大丈夫なの?」

「私が一緒なら、問題ないさ」


 リリコが踵を返して歩き始めたので、私はその横に並んだ。

 後ろを、スーとアインが続く。


「ところで、君は森人エルフについて、何を知っている?」

「多分、リリコが、人族について知っていることと同じくらいかな」


 ふっ、とリリコが笑う。


「では、随分説明が必要になるな。まぁ、時間はあるか……」


 そういって、リリコは話し始めた。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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