第64話 南へ
「あれ?」
支度を済ませて広場でアインを待っている中で、思わず声が出た。
「スー、耳飾りなんてしてたっけ?」
スーの両耳に、白いまん丸い粒が付いていた。
確か、貝の中で生成される真珠という宝石だったはずだ。
「いえ、あの……」
反射的にスーが耳に手を当て、それから両手で口元を覆う。
「……頂き物です」
ピンと来てしまった。
そうか、だから昨夜、「それ何?」と聞いたときに動揺してたのか。
私は剣のことを聞いたつもりだったのに、スーは耳飾りのことだと思ったんだ。
「聞いてもいい?」
私がにやにやして言うと、スーは口を覆ったまま、私を見る。
「……そのうち、お話しします」
スーの顔が赤い。
「その石は、古い時代の言葉で、なんていうんだろうね」
「もう、トリル様! こういうときのトリル様、本当にいじわるです!」
あはは、と私は笑いながらスーを抱き寄せた。
「また来ようね」
「……はい」
「朝から情熱的だな」
アインの声がした。
「もう少し時間をおいてくればよかったか……ん?」
言いとどまって、アインがスーをじっと見つめる。
「ほう……スーのその耳の石は、古い時代の言葉でなんという意味なんだ?」
噴き出してしまいそうになるのを、私は必死にこらえた。
「もう、アイン様とトリル様、だんだん似てきてますよ!
支度が出来たのですから、女王陛下に挨拶に行きましょう!!」
声を張り上げてスーがずんずん歩いていく。
私とアインは顔を見合わせて、ふふと笑った。
「贈り物をされたということは、やはり共には行けないということだったか」
「そうだね……でも、いつかまた、道が交わる日が来るよ、きっと」
アインが首を横に振る。
「それを何かに任せる必要はないだろう。自ら道を交えに来ればいいだけのことだ」
「いいこと言うね」
私とアインはスーに続いた。
宮殿の入り口まで来ると、女王やディクション隊長、そしてシラブルが表に立っていた。
「仰々しく謁見など、旅立ちには似つかわしくありませんわ。
友人として見送らせてくださいな」
シェーナ女王がそう言ってほほ笑む。
「達者でな」
ディクション隊長が笑って、アインに向かって何かを放り渡す。
一組の腕甲だった。
「餞別だ。訓練中、私が唯一有効打を当てられた部位だったからな。おそらく、君の数少ない隙の癖なのだろう」
アインはさっそく腕にはめ、ベルトで固定した。
「鎧貝の欠片を組んでつくったものだから、質は保証するぞ」
「感謝する」
シラブルは何も言わず、スーを見ていた。
スーも、何も言わなかった。
「お世話になりました」
私が口を開いて、頭を下げる。
アインとスーも、それにならって深くお辞儀をした。
女王、ディクション隊長、そしてシラブルの三人は、両手の平を合わせ、頭を下げた。
きっと、誇りある水人の、伝統的な別れの挨拶なのだろう。
振り返って、私達は歩き出した。
「シラブル、一緒に行けたらよかったね」
少し歩いてから私が言うと、スーが寂しそうに笑った。
「訓練中に、それとなく言ったことはありました。自分も、旅に出たいという気持ちはある、って」
「そうなんだ」
でも、とスーは続ける。
「水の穢れによって両親が体調を崩している今、街を離れるわけにはいかないと言っていました。しきたりではなく、家族の務めとして、って。だから、私、言いました。その方が……」
私は何も言わず、スーの言葉を待つ。
「……いいと思う、って」
ふーん、と笑いながら、スーを横目で見る。
「な、なんですか?」
「ううん、そういえば、さっきの別れ際は随分あっさりしてたなぁ、って。結局、人族と水人の間には、そういう感情は芽生えないのかな」
「そんなことありませんよ、そういう気持ちに種族の別は関係ないと思います」
早口になって否定したあと、スーははっとなって私を見た。
「トリル様とアイン様のお話ですよ、今のは」
「そういうことにしとこうか」
「それくらいにしてやれ」
もう、と顔を赤くするスーを置いて、後ろを歩いていたアインが口を開いた。
「それよりも、次の俺達の道だ。南の通路から地上に出るまではいいとして、そのあとはどうする」
「女王様が言っていたとおり、さらに南に行って森に行く」
前に見た、大陸の地図を思い出してみる。
翼を広げた鳥の形をした大陸の、嘴を出て首元の王都へ行った。そして東の街を通り、北東、北へ向かい、ミノタウロスの国で冒険があった。
そこからさらに東に進み、レッチの案内で南下して、湖底にあった水人の国に入り、また南へと抜けていく。
「森人の国を訪れたら、私達、大陸の東側をぐるっと回ったことになるんだ」
「そうですね。東の海岸線にまで出たわけではありませんが、旅としてはかなり重厚なものだと言えます」
「よく無事でいられたものだ」
アインの言葉が、少し胸に刺さる。
無事と言えば無事だが、無事でなかった期間もある。
「だが、森人の森に入って、いきなり射かけられぬようにしたいところだな」
「射かけられるって……森人は、弓を使うの?」
私の問いに反応したのは、スーだった。
「そのように聞いています。森人は森での狩りで生計を立て、とりわけ樹上を移動して息を殺し、気配を悟られぬように鍛えられた射手が大勢いると」
「あんまり脅かさないでよ……」
「警戒するに越したことはない、ということだ。女王も言っていただろう、迎え入れてくれるとは限らないと」
それはそうだけど、と私は口を尖らせる。
「話してみたら意外と……ってこともあるんじゃない?」
「お前の楽天的な部分は長所だが、それ以上傷を増やさないように心を構えることも覚えてくれ」
「べ、別に楽天的だから肩を怪我したわけじゃないわよ」
ずっと前にスーが言っていたことを思い出してみる。
「スーは、人族と書簡のやり取りが出来ていたのはミノタウロスだけだと言ってたっけ。
水人の場合は入り口を見つけられず街にたどり着けない、ってことで説明はつくけど、森は目に見えるもんね。それなのに交流が出来ないってことは……」
「森の深さゆえに集落を見つけられないのか、森の獣に襲われる危険があるのか、森人の射手に追い返されるのか、あるいは……」
射殺されるか。
気が重くなってきた。
「行ってみないことにはどうしようもありませんよ。まずは森の近くまで進んでみましょう」
スーが努めて明るい声を出す。
私達は色々な話をしながら、フォンテの街を出て、湖底の通路を通り、いよいよカスカータ王国を後にした。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
水人編が終わり、森人編に入ります。
全体で150話くらいになるのかなぁ、とおぼろげながら見えてきました。
プロットはきっちり書きあがっているので、完結は間違いなくします。
最後まで読んで頂ければ幸いです。
あらためて
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それでは、また次のエピソードで。




