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第63話 先へ

「私、女王様に、森人エルフの国について何かご存じないか、聞いてくるね」


 何か言いかけたスーを見ないようにして、私はアインの腕を引っ張る。


「アインも来て」

「いや、俺は……」

「いいから!」


 私はアインの手を引っ張って、ゆっくり歩く。

 ちらっと円卓を見ると、スーとシラブルが楽しそうに笑っている。

 今、すぐにあの二人の関係がかしこまったものになる必要はないんだ。

 ここで絆が生まれて、また、再会して、深まったりすることもあるだろう。

 もしくは……


「シラブル、一緒に来ないかな」


 私が呟くと、アインは小さく首を振った。


「俺たちの旅にか? そうすべきではないだろうな」

「どうして?」

「水の穢れによって、シラブルの両親は床に臥せたのだと言っていなかったか」


 そういえば、この街に来てすぐ、ディクション隊長がそんなことを言っていたような気がする。


「家族との別れはいつになるか分からん。少なくとも、旅に出ていて死に目に会えないなどということはないほうがいい」


 アインが家族の話をすると、重いな。


「シラブルがスーのことを想えばこそ、まずは両親を大切にすべきだろう。スーも、親家族をないがしろにするような男を認めたりはしないだろうしな」

「そっか……それもそうだね」


 話している内に、私達は女王様の円卓についてしまった。

 横にはディクション隊長もいて、頬が紅潮している。お酒のせいだろう。


「あら、トリルにアインザッツ。異種族の恋人が、なんのお披露目かしら」


 不意の言葉に気が動転する。


「い、いえ、あの、女王陛下にお聞きしておきたいことがありまして」

「恋人同士の心得かしら? でも、そういう話をすると、側近がうるさいのよねぇ」

「陛下、お立場を弁えられてください。少々、飲み過ぎですぞ」


 横の初老の水人フォークが額に汗をして慌てている。


「私達は、明日、南に立って森人エルフの国に向かいます。それで、何か彼らの国についてご存じなことがあればと思いまして」


 ふむ、と女王が細い顎に指を当てる。


「南に広がる森はアルベロ大森林と呼ばれていますわ。そして、その深部は特にムスキョ樹海と呼ばれているそうです。おそらく、あなた達が求める古いものは、後者にあると思われます」

「アルベロ大森林の、ムスキョ樹海……」


 ただ、と女王は言葉を次ぐ。


森人エルフは、我々と同様に排他的な生活を送っている種族。あなた達はレチタティーボというミノタウロスに出会ったことでわたくしとの縁が生まれましたが、森人エルフに知己はないのでしょう?」


 私とアインは頷く。


「迎え入れてもらえるとは限りません。用心していくように、と一応言っておきますわ」

「ひとつ付け加えると」


 赤い顔の隊長が口を開く。


水人フォークに残っている多くの伝承の中に、森人エルフについて謳ったものがある。それによれば、彼らは人族や水人フォークの二回分から三回分の命の長さを持っているという。見た目通りの年齢ではないかもしれないぞ」


 私は小さく何度か頷いた。


「ありがとうございました、女王陛下、そしてみなさん。明日あらためてお伝えするつもりでしたが、今日までたくさんお世話になったことを、私、絶対忘れません」

「俺もだ。家族を失った俺にとって、ここで過ごした安らぎの日々は、いいようのない心地よさがあった。いつかまたこの地を訪れたら、今日の日の話をさせてほしい」


 優雅な所作で、女王が立ち上がる。

 そしてやわらかく私の頬と、アインの腰に手を当てた。


「こちらこそ、水人フォークを代表してお礼を申し上げますわ。どうか、あなた達の旅が、無事に目的を達成させられますように」


 私は深く頭を下げ、アインも膝をついて頭を垂れた。

 明日からまた歩くので、早めにお暇しますと一言伝え、私とアインは元の席に戻った。

 スーとシラブルは、円卓からいなくなっていた。


「それじゃ、私は宿に戻るね」

「ああ。では、明朝な」


 アインが体をかがめたので、私は思わず手で止めた。


「ちょ、ちょっと。人前だから」

「人がいなければいいのか?」

「そう、でもないような……とにかく、ダメ、ダメだから。じゃあ、明日ね」


 私は顔をぱたぱた仰ぎながら、会場を出た。

 上を見上げると、もう随分見た湖の底がたゆたっている。

 いろいろなことがあったこの街も、明日でおしまいだ。

 ぐぐっと右肩を上げてみると、なんとなく違和感はあるような気がしたが、痛みはない。

 借宿に戻って、しっかり旅支度をして、早めに寝よう。

 部屋に戻って、私は荷物の確認を始めた。

 鞘を手に取り、剣を抜く。

 スァッ、と乾いた音を立てて、木目の刀身が鈍く光る。

 その刃の鋭いことを目で確認して、私はまた剣を納めた。

 餞別代わりにと譲ってもらった投げナイフ入れを、その横に置いた。

 まだ百発百中とはいかないが、実戦で使えそうな感覚はある。

 何かの足しになればと、小型弩は例の親方に譲ってきた。

 他にあれとこれと、と確認しているうちに、宿の戸が開く音がした。

 寝室から顔だけ覗かせて見ると、スーが大事そうに何かを抱えながら帰ってきていた。


「おかえり」

「た、ただいま帰りました」


 答えが分かっていることを、私は尋ねた。


「それ、なぁに?」

「えっと……それ、とは?」


 それだけ大きなものをごまかすのは無理だろう、と私は苦笑した。


「その、大事そうに抱えてるやつ」


 スーがそれに視線を落とす。


「頂き物です」

「中身は?」


 スーは、何も言わずに近くのテーブルにそれを置いた。

 そして包みをほどき、がちゃん、という音とともに中身を明らかにした。

 二本の小ぶりな剣がそこにあった。

 スーがその内の一本を鞘から抜き放つ。

 スラァッ、と音を立てて姿を現した剣は、深い青の刀身を古い明りにさらした。


「青い……」


 私が呟くと、スーは抜き身のままテーブルにゆっくり置き、もう一本も鞘から抜いた。

 それも、水の底のような色をした剣だった。

 両方とも、これまでにスーが使っていた剣よりも腕一本分ほど短く、幅も細身だった。


「きれいな刀身だね。湖鉄こてつを使った合金、なのかな」

「美しいですね……」


 二刀を持ち、スーが呟く。

 そしてテーブルから離れ、ヒュンヒュンと振って感触を確かめる。


「どう?」

「馴染みます。ずっと前から使っている剣みたいに」


 ピタッと剣を止め、スーは二刀を大切に鞘に納めた。

 誰からもらったの、と喉まで言葉が出かかったが、ぐっとこらえた。


「先に寝るね」

「あ、はい。おやすみなさい」


 私はベッドに横になり、目を閉じた。

 まぶたの裏に、水人フォーク達の顔が次々と浮かんだ。

 明日から、また、頑張れる。

 きっと、私も、スーも、アインも、今日はいい夢が見れるだろうな、と思った。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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