第62話 宴席
アインとスーと相談を繰り返して、出立を明日に決めた。
最終的に私とスーが手合わせをして、動きを見てもらって大丈夫かどうかを判断するということになり、何日目かの試験で、私は無事に合格したのだった。
久しぶりに着込んだ鎧下の上衣と下衣は、少し重く感じた。
鎧そのものは、なおさらだ。
それを口にすると、スーがにっと笑った。
「カストラートに細かく傷つけられていましたから、水人の仕立て屋に繕っていただいたんですよ。鎧貝の欠片も使ってくださったそうで、前よりも防備に優れました」
それなら多少の重さは仕方ないか、と私は頷く。
「それにしても、スーが上達してるから、試験の難易度が高くなってたってことはない?」
ありません、と澄まして言うスーの顔を見て、私は安心した。
スーの気持ちも、だいぶ回復しただろうと思えた。
三人で揃って宮殿に行き、シェーナ女王に伝えると、それでは今夜ささやかな宴を催しましょうと言ってくれた。
「せっかくだから、水人の衣装をまとって出席してはいかが?」
そう言われて、勢いで了承してしまった私とスーだったが、着替えに行ってすぐに後悔の念に襲われた。
露出が多い。
胸元までばっさり空いていて、質感も艶があって、何かなまめかしい。
「お屋敷住まいのスーならいいかもしれないけど……」
「わ、私だってこんな服を着たことはありませんよ」
かといって、今更手のひらを反すわけにもいかず、渋々私達はその露出のドレスを身にまとった。
ただ、少し肌寒いと言って、上に羽織るショールもつけてもらったので、多少は気がまぎれる。
「そういえば、女王様は出るとこ出てるもんなぁ」
私が呟くと、スーはこくこく頷いた。
宴席は宮殿の食堂ではなく、別の建物に設けられた。
なんでも催事で使われる広間だということで、円卓がいくつも並べられ、所狭しと料理や飲み物が並べられている。
会場は既にたくさんの人で賑わっていて、私が休養を取っている間に知り合うことができた人たちが顔を揃えてくれていた。
みんな、私やスーに気が付くと、手を振ってくれたり、杯を掲げたりしてくれる。
そして会場には、ピォン、ポォン、と不思議な音が響いていた。
「あれはアルパだ」
入り口で私達を待っていたらしいシラブルが言った。
いつもの鎧姿ではなく、ゆったりとした、一枚の太い帯を幾重にも体に巻いたような不思議な衣装だった。きっと、あれも水人の伝統的な衣装なのだろう。
男女で露出の度合いに差があり過ぎはしないかと文句を言いたくなった。
「楽器、ですか」
「そうだ。水の生き物たちの筋を束ね、より合わせて弦を作る。それを、音の高低が変わるように金属の外枠に段々に張っていく。良い音色だろう?」
私は頷いた。
「なんとなく、水精の声ってこんな感じなのかな、という気がしますね。ゆったりとしていて、どこか儚げというか……」
スーが言うと、シラブルが驚きの表情を浮かべた。
「その通りだ。アルパは、水精の歌を再現するためにつくられたとされているんだ」
「さすがスー。すっかり水人の文化に親しんだね」
そう言って、私はシラブルを見る。
シラブルは頬を赤らめて、ごほんと咳払いをした。
「お前たちの席はこっちだ」
「もうちょっと、丁重に案内できないんですか? そんな居丈高に……」
スーが口を尖らせると、シラブルは耳も赤くして、スーに向かって手を差し出した。
ふふ、と笑ってスーがその手を取り、席に連れられて行く。
「手を引くか?」
いつの間に横に来ていたのか、アインが私を見下ろしていった。
「逆でもいいよ?」
私が手を差し出すと、アインはその手をとって、甲にくちづけをした。
顔が熱い。
「あのさ、ケンタウロスって、そういう文化があるの?」
「俺はスーに教わっただけだ。人族は手の甲や額に口づけをするのが、関わりの深い男女の挨拶だと」
間違ってはいないけど、と呟きながら、ちゃんと言葉にしてないんだよな、という考えがよぎる。
アインから私にも、私からアインにも。
アインが歩き始めたので、私も続いて、スーが進んだ円卓に行き、席に着いた。
前の方に小高い台が備えられていて、シェーナ女王がそこに立った。
「今宵は、記念すべき夜です」
女王が話し始めると、アルパの音も抑えめになり、その場の全員が彼女の言葉に耳を傾けた。
「数年に渡る水の穢れは、清められました。勇敢な人族の娘トリルとスーブレット、そして白い姿の勇者アインザッツによって」
会場の視線が私達の円卓に注がれ、拍手が鳴り響く。
私達は互いに顔を見合わせて、照れながら、誇らしさを感じていた。
「勇者達は旅の傷を癒し、ついに明日、このフォンテの都を旅立ちます。彼らの功績を讃えるとともに、その前途が水精の守護で清く潤うことを願って、今宵を過ごしましょう」
あちこちで杯が当たる音が響く。
私はアインを見て、スーを見た。
そして、誰からともなく、私達の合言葉で杯をぶつける。
「ヴィンクルム!」
すっかり慣れた生の魚を食べ、炒った海老をかじり、蟹のはさみを吸った。
清らかな水は喉に冷たく、アルパの音は耳に心地いい。
思い思いに食べ、飲み、円卓に足を運んでくれる人たちに挨拶をし、時間はあっという間に過ぎていった。
「ちょっと寂しい気がするね」
私が言うと、スーは小さく頷いた。
その横で、シラブルは何も言わず杯を口にしている。
ふたりは、お互いにどう思っているんだろうか。
シラブルは初めからスーに心を奪われていたし、わざわざ彼女のために剣も仕立ててもらっていた。
スーがシラブルのことをどう思っているのか、私は今までに一度も聞かなかった。
彼女がそれどころではなかった、というのも理由ではあったが、なんとなく、触れにくかったから。
「また来ることもあるだろう」
アインが言う。
「各地、各国を渡り歩いても、俺の旅がそこで終わるとは限らん。ケンタウロスは旅をする種族だ。そのうち、また、ここを訪れたいという思いが俺には強くある」
私は頷いた。
「そうだね……旅がどんなふうに終わるのかなんて分からないけど、コリーナにも、このカスカータにも、また来れたらいいよね」
はい、とスーが笑う。
「最初の印象は、あまりよくありませんでしたけれど」
スーがシラブルを見る。
シラブルはばつが悪そうに頬を掻く。
「でも、思った以上に長い時間を過ごして、かけがえのない思い出がたくさん出来ました。きっと私、ここで過ごした時間をずっと忘れないと思います」
あ、と思い立ち、私は飲みかけた杯を円卓に置いた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




