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第61話 回復

「ちょっといいか」


 街を歩いていて話しかけてきたのは、シラブルだった。


「アインザッツに聞いたのだが、トリルは武器職人の娘だとか」

「うん、そうだよ。父の仕事を手伝ってもいたから、知識も技術もそれなりだと思う」

「そうか。それなら、少し時間をくれ」


 シラブルはそういうと、私を一棟の建物に連れて行った。

 鎚の音と熱気で、すぐにそこが鍜治場だと分かる。

 商売をしているところではなく、武具をつくるための工房らしかった。


「親方、連れてきたぞ」


 鎚を振る手を止めて、壮年の水人フォークが私を見た。

 やはりというか、どことなく父の雰囲気に似たものがあった。

 背丈はそれほど高くないのにがっしりと四角い体つきで、その腕の太さは、鍛える剣の幅よりもずっと太い。

 顔には皺が深く刻まれていて、その人生の経験を織り込んでいるようだった。


「ありがとうよ、シラブル。それじゃ、ちょっと見てもらおうか」


 親方は、作業台と思しきテーブルの上を私に示した。

 上には、小さな金属の塊や棒、見たことのない色の金属の粒がたくさん載っている。


「お前さんの剣は、いろいろな金属を合わせて鍛えられたっていう話を聞いてな。それについて、ひとつ教えてもらいたい。ここにあるこいつらを見て、どう思う?」


 私は見慣れた色の石を手に取った。


「これによく似たものが私達の国にもあって、鉄鉱石と呼ばれています。これに炭を混ぜて熱して銑鉄をつくり、さらに屑鉄を混ぜ合わせて鋼にします。私は父に、中の空気をどれだけ抜けるか、不純物を取り除けるかにかかっている、と教わりました」


 親方がうんうんと頷く。


水人フォークの考え方も、同じだな」


 私は作業台の上の、板状の鋼材を手に取る。

 冷たく、固く、質の良い鋼だ。


「純度が高ければ高いほどいい。そのはずなのに、父は様々な地方の鉄を混ぜ合わせることにこだわっていました。純粋なものほど壊れやすいと言って。その試行錯誤の中で、唯一出来たのが私の持っている剣です」


 ここでスラッと剣を抜ければ様になったのだろうが、今は丸腰だ。


「なるほど……となると、この上で取れる湖鉄こてつ以外の鉄も使ってみるといいってことか」

「でも、木目が美しく出たのは、後にも先にも一本だけです。結局、父も、諦めてはいないようですが、普段の仕事では割合が分かっているやり方でしかやっていませんし……」


 私が言うと、親方が笑う。


「使い物にならない武器ばっかりつくってもいかんし、かといって新しいものを作りたいという気持ちは捨てきれないしな。あんたの親父さんの葛藤が、俺にもよく分かるよ」


 くすっと笑って、私は作業台の他のものに触れながら、これは、あれはと話を広げた。

 親方も上機嫌に説明しながら、時折、私の話に食いついて、それはどういうものだ、作り方は、と尋ねた。

 父ほどの経験はないけれど、自分の知識が少しでも役立っているようで、嬉しかった。


「人族の鍛冶職人の話を聞く機会なんて、今までなかったからなぁ。勉強になったよ」


 親方はそう言って、シラブルを見た。


「よし、俺は満足だ。これで、お前さんの注文の品をつくってやるよ」

「え?」


 私もシラブルを見る。

 シラブルは、しまったという顔で頭に手を当てている。


「どういうこと?」

「……どうしても親方につくってもらいたいものがあってな。その注文をしたら、ただではつくれない、何か親方の足しになるようなものを持って来いと言われたのだ」

「それで、人族の鍛冶の知識を対価とした、ってことね」


 じっとシラブルを見る。

 シラブルは困ったような顔で黙っている。


「まったく、相変わらず不器用な小僧だぜ。正直に人族の娘のためだから協力してくれと言えばよかったじゃねぇか」


 え、とシラブルを見ると、ますます頭を抱えている。


「あとは自分で言うんだな。物は、出来たら営舎に持って行ってやるよ」


 私とシラブルは工房を出て、少し歩いてから、向かい合った。


「で、どういうこと?」


 ふぅ、と息を吐いて、シラブルが口を開く。


「スーブレットが剣を失っただろう。それで、旅立つ前に用立ててやろうと思っただけだ」

「なるほど……でも、守備隊にも剣はそれなりにあるんじゃないの?」

「僕らの使っている剣では駄目だ。誇りある水人フォークは槍を主に用いるから、あくまでも補助的なものしかつくられていない。また同じような技量の相手に出会ったときのことを考えれば、そんな武器を持たせるわけにはいかないだろう」


 なるほどねぇ、と私はシラブルを見た。


「な、なんだ」

「ううん、スーは幸せ者だなぁ、と思って。スーには言わないでおく? それとも、伝えておいたほうがいい?」


 ぐっとなって言葉を失うシラブルに、私はまた笑ってしまった。


「ごめん、冗談。それじゃ、私、行くね」


 何か言いかけたシラブルを置いて、私は訓練場に向かった。

 壁画のこともあったし、カストラートとの敗戦のこともあったから、スーのことは気にかかっていた。

 でも、ああやって思ってくれている人がいるうちは、大丈夫かな、という気もする。

 カン、カンと木の武器が打ち合わされる音が響いている。

 覗き込むと、ちょうどアインとスーが対峙している場面だった。

 アインは槍を持っていた。

 本当にどんな武器でも扱えてしまえるのだろう。

 スーは、二刀を構えていた。

 やっぱり、元の型に落ち着いたんだろうか。

 でも、今までの姿と、何かが違うような気がした。

 スーが踏み込む。

 突きを放ち、アインが槍でいなす。

 体を翻したスーが、払い、突き、打ち下ろし、途中で止め、突く。

 槍でさばくアインが、半歩ずつ下がっている。

 その槍が、スーの足元を薙ぎ払う。

 スーは宙返りでそれを避け、二刀をアインに向けなおす。

 あ、分かった。

 スーの剣が、両方とも短いんだ。


「どうですか?」

「悪くない」


 アインが肩で息をしていた。


「射程が短いのは一見不利だが、その刀身に合わせて弾きに行こうとは思えん。しかも、突きを主体に構成されると、さばくのがやっとで、隙が見つけにくくなるな」


 スーが紅潮した顔で笑う。


「では、次は……」


 きょろきょろしたスーに、見つかってしまった。


「トリル様」

「私はまだちょっと無理かな」


 スーが私をにらむ。


「当たり前です! その肩で剣を振り回したら、何か障りが残るかもしれないんですよ!」

「だが、出来る鍛錬はあるぞ」


 アインが言葉を紡いだ。


「例えば、手投げ矢とかな」


 そう言って、アインが訓練場の奥を指さした。


「右手は使えないにしても、左手で投擲の練習は出来る。お前の場合、手投げ矢は印象が悪いだろうが、何か攻撃の種類を増やしておくことは確実に役立つぞ」

「なるほど……小型弩は準備に時間がかかるし、そもそも咄嗟には使えなかったもんなぁ」


 カストラートと対峙したとき、別の武器を持っていれば、多少は傷を減らせただろうか。

 体もいくらか回復してきたし、何か試してみるのはいいかもしれない。


「手斧でも使うか?」


 アインが笑う。


「冗談。左手でも扱える軽さで、出来ればあまり練習しなくていいやつがいいかな」

「ナイフはどうですか?」


 スーが言う。


「投げナイフってこと?」

「はい。水人フォークは補助的な武器として剣とナイフを用いるらしくて、みなさんよく練習していらっしゃいますよ」


 確かに、訓練場の隅の棚には、持ち手も刃も短い、投擲用の小さなナイフが置かれている。


「実は、才能があったりしてね」


 私は一本とって、奥に進んだ

 左手を前に伸ばし、狙いを定め、勢いよく腕を振った。

 コン、と的に当たり、見ていた水人フォークやスーが感嘆の声を上げる。


「トリル様、すごいです!」


 えへへとはにかむと、アインが小さく呟いた。


「今、トリルが狙っていたのは、隣の的ではなかったか?」


 私は何も言わないでおいた。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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