第59話 休息
治療を受けて何日かが過ぎた。
頭にあるのは、このまま体をなまらせてしまっては、これからの旅に触るのではないかということだった。
右肩は振り回すことなど到底出来そうにないが、歩く振動による痛みは耐えられるほどになっている。
私は治療にあたってくれている水人を説き伏せて、出歩く許可をもらった。
もちろん、スーがいないときに、だ。
スーは一日中私の近くにいるわけではなく、日中は訓練で汗を流しているようだった。
「カストラートに負けたのが悔しかったので、鍛錬します」
彼女は笑ってそう言っていたが、自責の念だろう。
トリル様に怪我を負わせたのは私の責任だ、とでも考えているに違いない。
アインは、二日ほど前に街を出ていた。
「もう一度、あの水源に行ってくる」
「どうして?」
「カストラートの剣があのままになっている。折れたとはいえ、忌まわしい剣だ。回収して、人目につかぬところに封印したい」
なるほど、と私が頷くと、ちょうど横にいたシラブルが口をはさんだ。
「それならば、誇りある水人が厳重に管理しよう」
アインは同意して、一人で発った。
危険はないの、と聞くと、いざとなれば駆け続けて逃げるから大丈夫だと笑った。
確かに、私達と一緒に歩いていなければ、ケンタウロスの脚ならあっという間の旅路なのだろう。
歩いて訓練場まで行くと、喧騒が聞こえた。
覗いてみると、若い水人も老いた水人も、それぞれの得物を持って打ち合っている。
その中にスーもいた。
相手は守備隊の隊長であるディクションさんだ。
スーは木刀を一本構えている。
ディクション隊長も、槍ではなく木刀を握っていた。
「行きます」
「よし、こい」
スーは踏みこんで一撃を放ち、体を旋回させて二撃、三撃と繰り出していく。
カン、カンと隊長は難なく受け、上手に間合いを保ちながら姿勢を崩さない。
スーの動きが流麗だったが、何か不思議な感じがした。
じっと見ていて、ようやくわかった。
剣を持つ手を、右と左で入れ替えながら攻撃しているのだ。
とても私にはできない、二刀流のスーならではの動きだと思った。
しかし、ふりかぶったスーの剣は、ディクション隊長の痛烈な弾き返しで手から離れてしまった。
「……駄目だ」
スーがうなだれる。
「着眼点は悪くなかったがな」
隊長は飛ばした剣を拾い、スーに渡しながら言う。
「持ち手を変えて変幻自在に攻めるというのは、確かに相手にとっては脅威だ。君がシラブルを圧倒した時も、流れるような動きでもって圧倒していたからな」
スーは真剣にディクション隊長を見ている。
少し離れた場所に立っているシラブルも、二人の会話を真剣に聞いている。
「だが、シラブルのように若く、力が同等な相手ならまだしも、膂力で劣る相手には一発で逆転されてしまうな。君自身が気づいているように」
「……私の剣は、軽い」
スーが剣を受け取りながら呟いた。
「カストラートと戦ったときも、そうでした。剣筋を見切られて、一刀を狙われてしまい、剣を離してしまったんです。それが分かっている今も、同じ結果になってしまいました。私の握力では、どうしても弾かれてしまう」
そうだな、とディクション隊長は頷いた。
「我ら水人が槍を好む理由は、実はそこにある。体格的に大きくなりにくい私達は、両手で強く持てる武器の方が合っているのだ。情けないことに、それでも槍を離してしまうものもいるがね」
ちらっとシラブルに視線が送られ、見られた若い水人は憮然とした。
「もう一度、お願いできますか」
スーが隊長を見る。
「いいだろう。人族の剣士と鍛錬を積めることは、私にとっても有意義だからな。そして、考えが至らぬことにでも、体を動かしているうちにたどり着けるということも往々にしてあるものだ」
手合わせが再開された。
がんばれ、スー。
私は声はかけずに、そのまま訓練場を後にした。
「トリルではないですか」
声をかけられて振り返ると、そこにいたのはシェーナ女王だった。
「女王様……って、こんな普通に出歩くんですか」
驚いた私の言葉に、女王は声を上げて笑う。
「街の中にいる分にはまだいいほうだ、と側近たちには言われているの。ついつい通路を出て地上に行ってみたくなってしまうから」
具合はいいの? と尋ねられ、私はそこそこですと答えた。
自然、私達は歩きながら話をする形になる。
「あなたが出歩けるようになったのならば、アインザッツが戻って来次第、我ら水人の知る水底の遺跡に案内しましょう」
私は頷いた。
「あなた達は、私達の水を取り戻してくれました。あなたはその身に深い傷を負い、スーブレットは剣を、アインザッツは力を、それぞれ失ったと聞き及んでいます。それに応えるのに、遺跡を見せるだけでは足りないのは分かっていますが」
「そんなことありません。私達は私達にとって必要なことをしただけです。結果的に、それが人の役に立つのなら、それは喜ばしいことだと思ってはいますけど……」
私の腰に、女王の手がそっと寄り添った。
「わたくしは思うのです。水人は伝統やしきたりを重んじて、門を閉ざしてきました。でも、あなた達外界の者が現れなければ、この街は緩慢と滅びに向かっていたかもしれません。であれば、水の門を開くべきときがあるのではないか、と」
しきたりを破ったシラブルの顔が浮かぶが、何も言わないでおいた。
「水人の中には、人族の街に足を運んでいる者もいることは分かっています。彼らは交易のために向かい、何事もなかったかのように戻って来ます。それは暗に、水人は水上で暮らすこともできるということでしょう?」
「そう……ですね。シラブルも、私達とヴェレーノの水源に向かう中で、特に不自由そうな場面はありませんでした。むしろ、料理についてはおいしそうにほおばっていましたし」
女王が笑う。
「ふふ、それはよく分かるわ。我が友人レチタティーボが持ってくる食べ物は、どれも本当においしいもの」
私も深く頷いた。
ミノタウロスのつくる食べ物の味を知ってしまったら、なかなか忘れられない。
「時に、トリル。あなたは、おそらく本来は戦士ではない。そうでしょう?」
「……はい」
「気を悪くしないでね。怪我をして帰ってきたから言っているわけではないのです。あなたのもつ雰囲気が、どこか、戦いに身を投じるものではないような気がして。そんなあなたが、なぜこのような旅をしているのですか?」
遺跡を巡っていて、と言いかけて、私の口は止まった。
晴れた昼の水面のような瞳に見つめられて、きちんと話すべきだという気がした。
「予言です」
「予言?」
私は、人族に伝わるリブレットの予言、そこに書かれていた文を伝えた。
「赤い月の夜、鳥の嘴にて、紫眼の乙女が生を受ける。乙女が十六の年、白い馬の王子に命を救われる。ふたりは七種族の失われた絆を紡ぎ、世界に平和と安寧をもたらす……」
女王が反復する。
「正直、私がその乙女なのかどうか、確信はないんです。でも、ミノタウロスの国でいろいろな人に出会って、この国でもいろいろな人に出会って、こうしてつながりが出来ていくことは素直に嬉しいと感じていて……」
私は言葉を続ける。
「世界に平和と安寧を、なんて大それたことは出来ないかもしれません。でも、ただの町娘だった私にも、出来ることがあるんだなって思うと、この旅には意味があるって思えるんです」
女王は優しく笑って頷いた。
「人は誰も、必ずしも、それが自分の役割だと確信をもっているわけではないと思いますわ。わたくし自身、女王という役割を担うべき人間なのかと不安に思うこともあるのです。なにせ、落ち着きがありませんし」
笑っていいものかどうか迷って、私は苦笑した。
「ですが、人族の予言が真実だとして、あなたが旅をしている時期に私のような型から外れたものが女王をしている、というのも、どこか運命的な気がするわね。機を一にしているというか……」
そう言うと、女王は足を止めて私を見た。
「何か大きな渦の中に、わたくし達はいるのかもしれませんわね。そうであるとするならば、闇の力を用いる者どもの話は、みだりに口外しない方がいいかもしれません。彼らに与するものが、どこにいるか分かりませんから」
私は深く頷いて、忠言を心に留めた。
アインとスーにも、確認しておかなければと思う。
「貴重な話をありがとう、トリル。今の話は、私の中に秘め、口外しないでおきましょう。ただ、我らの間に紡がれた絆は、失われたものと同一のものかどうかは別として、ここに確かにあります。遠慮なくここで体を休め、次の旅に備えてください。我らの友人として」
シェーナ女王は優雅に踵を返し、宮殿の方に歩いて行った。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




