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第57話 脱出

 それが終わるとすぐ、アインはハッとしてスーに駆け寄った。

 体を揺さぶられて、スーが目を覚ましたようだった。

 蒼白な顔で、スーが腰を下ろしたままの私のところに走ってきた。


「トリル様! そんな、こんな……」


 大きな両目に涙をいっぱいにためて、スーが声を震わせた。

 大丈夫だよ、と言おうとして口を開くが、声が出なかった。

 あれ、と思いながら、自分の視界がうつろになっているのが自覚できた。

 これって、もしかして、けっこう危ないかも。

 まぶたが重い。


「トリル!」

「まず、血を止めないと……止血の、魔法」


 スーが水源を見る。


「でも、私の言葉は、水精アクアには……」

「待て、スーブレット!!」


 上からシラブルの声がした。

 植物のつるのようなものにつかまりながら、シラブルが上から降りてきた。

 途中で蔦が切れてしまって、シラブルは尻もちをついて着地した。


「僕がやる」


 立ち上がったシラブルが私の前に来て、膝をついて、腰の鞄から瓶を取り出した。

 中には、水が入っていた。


『トイ、トイ、トイ。水精アクアよ、私は私の友人の血の流れを留めてくれるあなたをこそ愛する。イン・ボッカ・アル・ルーポ』


 瓶の水がふるるっと揺れたかと思うと、雫になって空中に漂い、私のあちこちの傷口にしみていった。

 少しのしびれのようなものの後、私は私から流れ出るものが勢いをなくしたことが感覚で分かった。


「トリル様!!」


 スーが両手で私の頬を包む。


「私が見えますか」

「ん」


 私は頷いたつもりだったが、うまくいかなかった気がする。


「スー、これを」


 アインがスーに何かを手渡し、スーはそれを私の口に注いだ。

 鉄のようなにおいがしてむせそうになりながら、私はこらえて飲み込んだ。


「……おいしくない」

「ルーラードの水薬だ。失った血を取り戻し、活力を取り戻させる」


 私は静かに、長く息をした。


「ん。ありがとう、ちょっと楽になった」


 アインもスーも、そしてシラブルも安心したようにため息をついた。

 この顔ぶれを心配させるくらいなのだから、結構な傷だったのだろう。

 スーがカストラートとの邂逅をアインに伝え、アインはその決着をスーに語った。

 シラブルも、二人の話を真剣な面持ちで頷いて聞いていた。

 シラブルは私達が予言に基づいて旅をしていることも、アインの旅の目的も話してはいなかったので、ケンタウロスの一族を襲った悲劇と、その決着が今着いたことを初めて耳にしたことになる。


「そうか……そういういきさつがあったのだな。一族の復讐を果たせたのだな。おめでとう」


 目に涙を浮かべて、シラブルがアインに笑いかけた。

 アインは穏やかに笑って返した。

 種族としての誇りを大切にしているシラブルだから、アインの思いがよく分かるのかもしれない。


「しかし、お前も降りてくるとは思わなかったぞ、シラブル。明らかに禁忌を犯しているが、いいのか」


 若い水人フォークははっとして、きょろきょろと見回した。


「ここには、お前たちしかいない。だから、お前たちが黙っていれば、これはなかったことになる」


 目を閉じてふんぞりかえるシラブルに、私達は笑ってしまった。

 笑ってしまって、肩の痛みが響いた。


「シラブル、トリル様が痛がってるじゃないですか!」

「い、いや、それは不可抗力……」


 スーがあわてて言うと、シラブルはもっと慌てて弁明した。


「アインのあの剣は、魔法だったの?」


 私が尋ねると、アインは首を横に振った。


「分からない。生涯に一度だけ許された秘技として一族に伝わっているものだ。あの一太刀なら、確実にカストラートを倒せると信じて、俺は秘匿し続けてきた。命を傷つける力であることに間違いはないから、一度きりというのも当然と言えば当然だがな」


 それなら初めから使えばよかったのに、と口には出さなかったが、表情に出ていたのだろう。

 アインが私を見てふっと笑った。


「戦士の意地だ。それに、剣の勝負でも問題なく勝っていただろう。」


 私はにっと笑った。


「それにしても、魔法とは違う力、ですか」


 スーが呟く。


「カストラートやコレペティタが用いた力も、魔法とは違う力。アイン様が用いた力も、魔法とは違う力。ですがそのふたつも、それぞれが異なる力のようですね。魔法の詠唱にも様々な形があるようですし、私達に分かっていることというのは、実はほとんどないのかもしれません」

「俺たちには知りえないことが、世界には星のようにあるということなのかもしれんな。奴が年を取らず若い姿を保っていたというのも、何か秘密があるのだろう」


 アインが頷きながら言葉を紡いだ。


「私が気になったのは、カストラートの「担当」とか「我々の歩み」っていう言葉かな。彼にはまだ仲間がいると見て間違いないってことでしょ。しかも、組織的っていうか……」

「彼が筆頭なのか、それとも、彼よりもさらに上の指揮者がいるのか……」


 アインが言いながら立ち上がった。


「あれこれ考えるのは、あとにしよう。まずはここを出て、トリルを休ませることが先決だ」


 アインの言葉に、スーもシラブルも頷いた。


「だが、僕たちは小高い場所を見つけて壁の上を跳んできたが、登ることは出来そうにないぞ」

「奥に続く道がありますから、そちらを進むしかありません。いざとなれば、無理にでも登って上から蔓か何かで引っ張り上げるより他にないです」


 スーが立ち上がり、銀の剣を拾って鞘に納めた。

 もう一本の愛刀が落ちたはずの池を一瞬見て、スーはすぐに奥の通路に歩いて行った。

 大切な剣を失ってしまったスーの胸中を思うと、苦しかった。

 シラブルは、池の方に手をかざして、何事かぶつぶつ言った。

 そして頷いて口を開いた。


水精アクアが戻ってきている。穢れは除かれたみたいだ」


 シラブルも、槍を構えてスーに続く。

 私も、立ち上がれそうなくらいにまで力が戻ってきたので、慎重に立ち上がった。


「ほら」


 アインが私に瓶を差し出した。

 それは、さっきの水薬と同じだった。

 私は一瞬ためらいながらも、意を決して受け取り、一気にあおった。

 空になった瓶を返しながら、アインに言葉を紡ぐ。


「アインがくれるものって、いっつもおいしくない」

「そんなことはない。飴はうまかっただろうが」


 そうだね、と口にすると、私の体はよろめいた。

 アインの大きな手が、私を支えた。

 そして彼は膝をつき、母親が赤子にそうするように、私を背中に寄せてそのまま背負った。

 ところが、アインはおんぶをしていたその手の力を緩め、私は彼の馬の背にまたがる形になってしまった。

 驚きと疲労とで、言葉が出なかった。


「何も言うな」


 アインが小さく言って、私は彼のジャケットにつかまった。

 でも、ケンタウロスの背中に他の種族の乗せることは禁忌だって、言ってたじゃん。

 そう思いながら、今は歩かなくて済むことが何よりもありがたくて、私は言葉を飲み込んだ。

 私達は満月に照らされて、通路を進んだ。

 来た道と同じように一本道で、分かれ道はどこにもなかった。

 このまま進んで、行き止まりだったら。

 そんな不安が頭をよぎった。

 きっと、アインも、スーも、シラブルも、同じように不安は感じていたと思う。

 でも、誰もそれを口にしなかった。

 どれくらい進んだか。

 出口が見えた。


「入り口と同じ仕掛けがあるとも考えられます。一斉に出ましょう」


 スーの言葉に、全員が頷いた。

 私がアインにつかまり、ふたりはアインに抱きかかえられる形になった。

 そして勢いよく、アインが飛び跳ねて外に出る。

 みんなが一斉に振り返ると、案の定、その出入り口には水の壁が生み出されていた。

 アインがスーとシラブルを離しながら口を開く。


「一体、なんのための建造物だったのだ、これは」

「古い建物であることは間違いありませんが、一方通行になっている意図がわかりませんね」

「きっと古代の水人フォークが、何かしらの意味を持たせてつくったものなんだろう。ただ、今となっては、その意味は失われ、しきたりだけが形を残していたということなのだと思う」


 シラブルは、難しそうな顔で水の門を見ていた。

 彼は今日、水源に入ってはいけないというしきたりを破った。

 おそらく、彼の人生で初めてのことだったはずだ。

 シラブルの中で何か、大きな変化が起きていることは想像に難くなかった。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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