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第56話 月下

「ぅあああぁぁっっっ!!」


 熱い。

 痛い。

 息が出来ない。

 右肩の先が、一瞬で燃え尽きて、全て失われてしまったようだった。

 赤い剣が、私の右肩に深く突き刺さっていた。


「はは、いい声だ」

「トリル!!」


 アインの声がした。

 直後に、激しい音が響いて、地面が揺れた。

 上から飛び降りてきたみたいだった。

 熱いものが私の肩口から抜け出ていって、私は脱力して膝をついた。

 かろうじて握っていた木目の剣が、カラァンと音を立てて落ちる。

 どうにか視線を上げると、カストラートが見据えているのはアインだというのが見えた。


「お前……ケンタウロスか? 絶滅させたはずだが……」


 赤い剣を構えてカストラートが言う。


「トリル、その肩の傷は……カストラート、貴様……!!」


 全面に怒りをみなぎらせて、アインが言葉を絞る。


「しかも白いケンタウロスだと……馬鹿な。いるはずがない」


 カストラートが一歩、二歩とアインに近づく。

 アイン……

 ぼやける視界で、懸命にアインの姿を見る。


「カストラート。我が一族、そして多くの同胞の血を流した報いを受けてもらうぞ」


 くっくと赤毛の男が笑う。

 黒い眼窩に喜びが浮かんでいるように感じられる。


「その同胞がどうやって死んでいったか、知らぬ訳ではあるまい。みな、俺と戦って、斬り殺されたのだぞ。お前のような若造が、この俺に少しでも敵うと、なぜ思う」


 カストラートが構える。


「知っているぞ。ケンタウロスの剣術は、突撃が基本。走り回って隙を消さなければ、一刀のもとに返されて終わるぞ。さぁ、剣をとれ。試してみるがいい」


 一瞬の沈黙が通る。

 アインは無言のまま、大剣ではなく長剣を抜いた。

 そうか、この狭さだと、大剣は扱えない。

 片手で長剣を持ち、アインが切りかかった。

 一撃、二撃と鋭い打ち込みをし、さらにアインがあらゆる角度からカストラートに切りつける。

 足を止めて剣を振るアインを見たことはあまりなかった。

 あんなに、彼の剣の速度は速かっただろうか。

 私の目には、剣先がほとんど見えない。

 カストラートの顔に余裕がないように見える。

 ギィン、と音が響き、スーの銀の剣が弾き跳んだ。

 剣は壁に強く当たり、そのまま地面に転がり落ちた。


「この程度か、凶刃カストラート」

「調子に乗るな、馬が」


 赤い剣が猛然と振り下ろされる。

 アインは長剣で受け、刃を返す。

 両者の激しく重い斬撃が、互いの剣を強く打ち付けていく。

 ギャリィ、とアインがカストラートの剣をねじるように下におしつけ、直後に首元に刃を滑らせる。

 カストラートはのけぞってそれを避け、その勢いのまま、片手で赤い剣を振り上げた

 アインの体がわずかに血を噴いた。


「どうした、終わりか?」


 カストラートが笑う。

 アインは一歩踏み込み、高速でカストラートの右側に払いを打ち込んだ。

 カストラートがそれを立てた剣で受ける。

 瞬間、アインは長剣から手を離し、すぐさま大剣に手をやって同じ斬撃を放った。

 カストラートの剣にアインの長剣がまだかかっているまま、大剣の一撃が加わる。

 刹那の時間差で、想像もできない力が赤い刀身を襲ったのだろう。

 ガキィン、と鈍い音を響かせて、赤い剣は折れた。

 ヒュンヒュン音を立てて、砕けた刃はどこかに飛んでいった。


「な……」

「凶刃カストラート、その剣は、今、折れた」


 闇の目を見開いて驚きの表情を浮かべるカストラートに、アインが大剣を持ったままにじり寄る。

 カストラートはじりじりと引き下がる。

 そして、その先には、あの錫杖があった。


 アイン、あの杖がある!


 叫ぼうとしたが、声が出ない。

 体に力が入らなかった。

 剣士は素早く錫杖を手に取った。

 杖の先の黒水晶が弾け飛ぶ。

 メキメキと嫌な音を立てて、カストラートがその姿を歪ませていく。

 何を思ったのか、アインは手にしていた大剣をガラァンと放り投げた。


月精ルナよ』


 アインが口を開いた。


『満ち欠けによって為す切っ先を、我が手に宿せ。月の下、備わる刃』


 パッと周囲が光に満ちた。

 次の瞬間、信じられない光景が目の前にあった。

 アインの手に、光り輝く剣……というより、剣の形をした光があった。

 アインが光の切っ先を上げ、勢いよく振り下ろした。

 伸びた光は剣閃となって、変異するカストラートに伸び、その右肩から先を切り落とした。

 あまりにも、あっけなく。

 ぐっ、と声にならない呻きをあげて、異形は膝をついた。

 カラァン、と折れた赤い剣が地面に落ち、仇敵は残った左手で右の肩口を懸命に押さえつけるが、どくどくと滝のように流れ落ちる黒い血は勢いを変えない。

 燃えるような勢いで、くすんだ声で叫ぶカストラートを、アインは冷たい夜のような瞳で見下ろす。

 呆然とする私は、痛みも忘れてその光景に見取れていた。

 清流の源で、月の光が射し込む中、赤い髪の怪物が腕を失い、白い人馬の戦士が光の剣を持って見下ろしている。

 それはまるで一枚の絵画のようだった。


「あの日は新月だった。だからお前は父に勝てたのだ。わずかでも月が輝いていれば、父はこの剣でお前の命を断っていたはずだった」


 じりじりと間合いを詰めるアインに、異形は退く。


「そして……」


 アインが、私を見た。


「今また、貴様は俺の大切な存在を傷つけた!」


 赤髪の怪物は、動かない。

 アインは光を振り下ろした。

 赤い剣士だった異形は脳天から真っ二つになり、左右に避けてそれぞれ倒れた。

 光はアインの手から粒になって広がり、やがて消えた。

 アインが月を見上げる。

 その頬を、光るものが伝った。

 その粒が地面に落ちると同時に、異形の肉体は黒い染みとなって、跡形もなく消え失せた。モンテ山で戦ったコレペティタがそうだったように。


「うっ……」


 ズキン、と痛みが戻ってきて、私の声が漏れた。

 アインがすぐに駆け寄ってくれて、私の頬に触れる。


「大丈夫……なはずはないな。傷が深い。縛るぞ」


 アインは膝を折って背嚢から白い布を取り出し、私の肩口をぐるぐる巻きにして縛った。

 締めが強くて、私の声がまた漏れる。


「すまない」


 膝を折ったアインの顔が、近い。


「ううん、平気。強く縛らないと、止血にならないでしょ」


 圧迫されているおかげか、少しだけ痛みも和らいでいた。

 私はどうにか笑みをつくってみるが、きっとひどく引きつっているだろう。


「……もう少し早く駆けつけられれば、この傷はなかった」


 目を伏せるアインに、私は小さく首を振った。

 小さな振動が傷口を刺激して、少し痛んだ。


「ううん。アインが来てくれたから、これで済んだんだよ。謝らないで」


 アインが心を痛めているのが分かって、私も苦しい。

 心配して、後悔してくれているのが強く伝わってくる。

 きっと、逆の立場なら、私が同じように悔いているように思う。

 でも、と私は言葉を紡いだ。


「嬉しかった。さっきのアインの言葉」


 アインがハッとした表情になる。


「気を失いそうだったけど、あれで目が覚めちゃった。

 大切な存在って、私のことで合ってる?」


 肩の痛みをこらえながら、なんとか笑みをつくる。

 青い瞳が私を見ている。

 私の紫色の瞳には、アインの顔だけが映っている。

 その顔が近づいてきて、私は目を閉じた。

 唇がふれあって、柔らかい感触がした。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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