第55話 窮地
「トリル様、下がってください」
スーの声が、いつになく緊張していた。
「こんなことになるとは……アイン様がいればと思いますが、やるしかありません」
スーが二刀を構える。
「二刀か……懐かしいな」
カストラートが踏み込む。
速い。
猛然と切りかかってきた剣を、スーは体をひねってかわす。
いつもならそこから突きか払いを繰り出すのに、スーは一歩引いて間合いを保った。
男が赤い剣をスーに向ける。
「その剣は……」
「イーラ鉱を見るのは初めてか。よかったな、死ぬ前に珍しいものが見られて」
男はじりじりと横に動く。
スーも、円を描くように間合いを保ちながら横に動く。
隙を見て切りかかれればと思いながら、私の足は動かない。
どう剣を振るっても、当てられないような気がしてならない。
スーが動いた。
踏み込んで、左の一刀で突きを繰り出す。
それを引きながら、右の一刀で突く。
その二撃から、連続的に剣を振り続ける。
まるで舞っているかのようなスーの動きは、いつもの彼女の剣術だ。
これまで、どんな相手でも、異形も、シラブルも圧倒してきた剣だ。
あのアインですら、彼女の実力を認めていた。
それなのに、当たらない。
剣で受けられることすらない。
身の動きだけでスーの怒涛の連撃をやり過ごしている。
目を疑う光景だった。
「っっ!!」
渾身の力を込めたであろうスーの交差した斬撃は、またもかすりもせず床に刺さった。
その上に、カストラートの赤い剣が、キン、と音を立てて乗る。
「バルカロールの剣だな」
「何故」
「知っているのさ、その太刀筋を」
「何をっ!!」
スーが二刀を振り上げる。
カストラートはふわっと宙返りをし、間合いを離した。
「俺の名を知っているということは、俺の剣についても奴から聞き及んでいるのかと思ったが。
弟子に冷たい男だったか、バルカロール」
男が不気味に笑う。
スーが肩で息をしている。
「そっちの黒髪も、奴の弟子か?
女ばかり集めて、好色になったものだ」
「愚弄するなっ!!」
スーが踏み込んで剣を薙いだ……はずだった。
ギィンッ、と響いた音とともに、二刀の内の一本が宙を舞った。
一瞬だった。
遠くでジャボン、という音がした。
「刺突から攻めて通用しなければ、次は払いから始める。そうだろう?
知っているのさ、その剣を。
そして俺は、一度見た剣を忘れない。だから、俺に負けはない」
私がぎくりと感じたものを、スーも感じているだろう。
知っているというのは強さだ、とルーラードさんは言った。
知っていれば予測できる。
予測できれば対応できる。
対応できれば解決できる。
つまり、カストラートに、スーの剣は通用しない?
「先に言おうか。
一刀になった場合、正面に構えず、半身で構える。
そして引いた手で腰の隠し短刀を取り、一撃の後に二刀に戻す。そうだな?」
スーの左手の動きが止まった。
その手は、腰の後ろに帯びた短刀に触れかけていた。
「負け方は教わってきたか? バルカロールの弟子よ」
スーがじりじりと下がる。
私は剣を握りなおして、踏み込み、大きくカストラートに切り払った。
赤い剣士は大きく下がる。
私はすぐさまスーの横に並んだ。
「アインじゃないと……」
私が言うと、スーは小さく頷いた。
「なんとか耐えるしかありません。分が悪すぎます」
カストラートが一歩踏み出した。
「二人がかりでやってみるか? 試してみるといい」
私はスーから離れて、カストラートの右側に回り込む。
スーは逆に、左側に回り込む。
私は踏み込んで、今度は突きを放った。
それに合わせて、スーも突きを放つ。
予想通りかわされ、私はすぐ剣を引き、構えなおして斜めに振り下ろす。
笑みを浮かべながら、カストラートが体を翻し、私の方に向かって剣を構えた。
すかさずスーが切りかかる。
私が薙ぐ。
甘かった。
カストラートはさらに体を旋回させて、スーを蹴り飛ばし、私の剣は赤い刃であっさり受け止められた。
飛ばされたスーは気を失ったのか、倒れたまま動かない。
「さぁ、どうする?」
カストラートが剣を持ち直し、突き出した。
私は下がり、構えなおし、間合いを測る。
詰められたら、引く。
集中するんだ。
受けるだけなら、出来るはずだ。
「なるほど、お前の剣はバルカロールのそれではないな。
北の騎士団に、確か構えがあった」
思わず唾を飲み込む。
こんな相手に、勝ち目なんてあるんだろうか。
スーですら敵わない相手だ。
私の剣も、おそらく知られている。
負ける……?
負けるということは、殺される、ということ?
ふとアインの顔が浮かぶ。
でも、今は、頼りになる歴戦の勇者はいない。
「勝ち目がない、と理解できるのは大切なことだぞ。
有用な情報を、死ぬ前に俺に伝えることが出来るのだからな」
カストラートが剣先を下げる。
「あらためて問おう。お前は、牛族の国で、野盗まがいの女に出会った。
女はそこにある、黒い石のついた杖を持っていた。
そしてその石の力を使って、異形になった。ここまではいいか?」
私は何も言わなかった。
ただ、どう切りかかれば一太刀浴びせられるか、それだけを考える。
「沈黙は肯定と見なそう。続けるぞ。
石の色は変わったか?」
思わず、えっ、と声が出てしまった。
「ほう……そうではなかったということだな。やはり、砕けたか」
「あれは、なんなの」
たまらず、言葉を紡ぐ。
「影を操ったり、生み出したり、人の姿を変えたり……魔法なの?」
いいや、とカストラートは首を振る。
「魔法とはまるで違う力だ。古い時代から人が追い求め続けてきた力のひとつさ」
「目の色が変わるくらいに?」
カストラートの笑みが深まった。
「面白い娘だ、この状況で軽口を叩くとは。いいぞ、娘。
その胆力に免じて、少し遊んでやろう」
そう言って、カストラートが振りかぶった。
私は避ける動きをとれず、剣で受けた。
「ほらほら、どんどん速くするぞ」
あらゆる角度から襲い掛かってくる赤い刃に、出来るだけ細かく剣を振って受け止める。
それでも間に合わず、脚も腕も鋭い痛みに何度も襲われる。
切ろうと思えば切れるところを、剣のほんの先端だけを滑らせて私の体を傷つけていく。
痛みが大きく、増えていく。
気分が悪くなってきた。
たまらず大きく払って敵を遠ざけようとする。
しかし、その一刀は振りきることもできず、柄の部分に手を当てられて途中で止められてしまった。
「ここで腹を刺されたらお前は死ぬ」
ぞわっとして、私は体をひねって逆側から薙ぎ払った。
「おお、悪くない。もう少しで当たるところだった」
完全に遊ばれている。
腰の小型弩が思い出されたが、剣から手を離す気になれない。
視界の隅に、倒れたスーがいた。
スーに教わったことを思い出す。
腕を斬れ。
私は踏み込んで、顔にめがけて突きを打つ。
笑みを浮かべたまま、カストラートが首の動きだけでさける。
ここだ。
「腕を斬る、か」
ぎくりとしながら、私は止めることが出来ずにカストラートの右腕をめがけて刃を滑らせた。
瞬間、私の剣の上に、カストラートの剣が乗っていた。
速すぎて、何が起きたのか分からなかった。
「よく見れば、美しい剣だな。お前が死んでも、その剣は俺が使ってやろう」
「っっ!」
体を捻って、後ろに跳んで距離を取る、つもりだった。
私が引く以上の速さでカストラートは間合いを詰め、私の腹部に蹴りを放った。
まともに受けて、私は背中から倒れた。
鈍い痛みが、おなかと背中に重く広がる。
でも、立たないと。
ぐぅっ、と声を漏らしながら、私は立った。
全身が痛い。
足が震える。
「おお、いい根性だ。その頑張りに免じて、お前の仲間の剣で楽にしてやろう」
男はそう言って、スーが取り落とした銀の剣を手に取った。
そして赤い剣を前に、銀の剣を横に構えた。
何度も見てきた、スーの構えだ。
「行くぞ」
猛然と踏み込み、回転しながら切り込んでくる。
小さく避けるが、すぐさま別の角度から斬撃が飛んでくる。
一度剣を合わせ、下がる。
しまった。
スーの剣は、相手が引いた瞬間に勢いづくんだった。
剣士の一刀はあっさり木目の剣を上に弾き、私はいよいよ受けきれない姿勢をさらけだしてしまった。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
すらすら書けているので、毎日2回更新をベースにしていこうかと思います。
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それでは、また次のエピソードで。




