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第54話(2) 邂逅

 夕日が差し込んでいて通路自体は見えるが、すぐに曲がり路になっていて先は見えない。

 そんな道を、私とスーがゆっくり進む。

 剣を構え続けているわけではないが、言いようのない緊張感が全身を包んでいて、気が張り続けていた。

 私は幾度となく壁の上の方に目を向けるが、やはり登って脱出するというのは現実的ではなさそうだった。


「何か、出ると思う?」


 沈黙に耐えかねて、私は言葉を紡いだ。


「何か……とは?」


 二刀を下に向けて歩きながら、スーが言う。


オンブラ、とか」

「サハギン程度なら大丈夫ですが、数でかかってこられると厄介ですね」


 通路は、私とスーが並んで歩いてもなお余裕があるくらいの広さになっていた。

 入り口からすぐは狭苦しい感じがしたが、どこからか広くなっていたようだ。

 たしかに、この広さで、わっと大勢に囲まれるようなことになったら、無傷で戦い終えるのは難しそうだ。


「数で不利な時は、どうしたらいい?」

「アイン様の戦い方が、その手本です」


 そう言われて、彼の戦いぶりを思い出してみる。


「その場に留まらないってこと?」


 スーが頷く。


「動き続けてかく乱するということですね。いかに多勢であったとしても、一度に切りかかれる人数というのはせいぜい三か四です。同士討ちの危険もありますから」

「動き続けると、相手も攻めづらいってことか。でも、それって足を止めちゃダメってことだよね」

「そうです。」


 自分がアインのような素早さで縦横無尽に切り込んでは離脱する姿を思い浮かべてみる。

 とてもそんな超人的なことは出来そうにない。


「そっか、スーが二刀で動き続けるのは、そういう利点もあるんだ」

「そうです。バルカロール様の剣術は多数が相手でも生き残れるように磨かれていますから。ですから、今この場で囲まれた場合、私が切り込みますので、トリル様は壁を背にして、受けの剣術を保ってくださいね」


 ふむふむと頷く。


「もちろん、そうならないことを願ってはいますが……」


 スーの足が止まった。

 私も足を止める。

 足音が止むと、別の音がはっきりと聞こえた。


「これって……水の音?」

「そのようです。このすぐ下を流れているような感じですね」

「水路の上に建てられた迷宮って感じかな」

「水源が山の中央にある、という水人フォークの伝承は、正しいようです」


 私達はまた歩き始めた。

 水がある、ということは、サハギンが姿を現す水たまりがあってもおかしくない。

 それは言うまでもなく、スーも分かっているだろう。

 二人とも、何も言わず剣の切っ先を少しだけ上向きにした。

 入り口から何度も何度も曲がっているせいで、方向感覚がまるでない。

 空を見上げると、夕日はとっくに朱色を失っていて、青い夜空に移り変わっていた。


「そういえば、今夜は満月だったっけ」

「不幸中の幸いといったところでしょうか。そういえば、陽精ソルの魔法が必要ないくらい、明るいですね」


 青白く照らされた石壁は、無言のまま厳めしく続く。


「私の感覚が正しければ、全体の真ん中の方に近づいているはずです」

「さすがスー、私なんてもうどっちが北かも分からないや。でも、そういえば途中で分かれ道はなかったような……」

「はい。迷宮のようだと思っていましたが、一本道で、侵入者を迷い込ませるようなつくりにはなっていません。一体、なんのための構造物なんでしょうか……」


 スーがそう言ったあたりだった。

 水の音が大きく聞こえた。


「水源?」

「行ってみましょう」


 曲がり角を進む。

 四角く開けた空間の、中央に大きな池がある。

 池の周りにはたくさんのきらきらした石が植わっていて、何か近寄りがたい雰囲気を放っていた。

 そしてその傍に、一人、誰かが立っている。

 月明かりに照らされて、その人物の姿がはっきり見えてきた。


「野の獣が迷い込んだかと思ったが、まさか人族だったとは」


 男だった。

 赤い髪の毛が、短く逆立っている。

 長身で、黒い金属製の鎧を着こんではいるが、具足を装着していない。

 私やスーのように、旅をする人間がする格好だ。

 腰には長剣を帯びていた。

 そしてその手に、錫杖を持っている。

 先に黒い水晶がついている錫杖。

 まさに、コレペティタがオンブラを操り、自らを変異させたまがまがしいそれだ。


「その顔……まさか、カストラート?」


 スーが言う。


「ほう。その若さで俺の名を知っているとは、ただの家出娘というわけではなさそうだ」


 カストラートと思しき男は笑った。

 でも、おかしい、と私は思った。

 若すぎる。

 バルカロールさんと同輩だというのなら、年齢はもう五十を過ぎているはずだ。

 でも、目の前の剣士はどう見ても二十代、いっても三十がせいぜいだ。


「ここで、一体何をしているのですか」


 スーの言葉に、くく、と男は笑う。


「それはお互い様というものだ。水に生きる民にとって、ここは聖なる場所。そこに足を踏み入れるとは、なんのつもりだ。王国に知れてはことだぞ」

「要らぬ心配です。あなたの言う王国が、人族のモナルキーアを指しているのなら、私はかの国に旅の許可を与えられていますから。カスカータを指しているのなら、それもまた問題ありません。私達は、かの国の女王に水の穢れの調査を頼まれたのですから」


 男の笑みが消えた。


「ほう……では、お前たちを帰すわけにはいかないようだ。くだらん務めだと思っていたが、なるほど、俺がこの地を担当するだけの意味はあったということだな」


 男は、手に持った錫杖を池のほとりに慎重に置いた。

 てっきり、あれでオンブラを生み出してけしかけてくるかと思ったのに。


「目の前の剣士より、棒切れの方を気にかけているな、娘」


 赤髪の剣士が私を一瞥した。

 いや、一瞥した気がした。

 その目には瞳がなかった。

 コレペティタが異形と化したときにそうだったように、目全体が黒く塗りつぶされていて、闇をはめこんだような不気味さがあった。


「嫌な感じがするから、それ」


 自分で声が震えているのが分かる。

 私は剣を構える。

 そうするつもりはなかったのに、体の中のいろいろな感覚が、私に剣を構えさせた。


「ほう、なかなか鋭いな。だが、嫌な感じとは、言い方がよくない。これは人族の命運を変える、素晴らしい力を秘めた宝物だというのに」


 ちらっと錫杖を見る。

 先の水晶から、黒いもやのようなものがふつふつと流れ出て、それはそのまま池に溶け込んでいるように見えた。

 あれが、水を穢しているんだ。


「さては、お前、これを知っているな」


 男がまた笑った。


「そうか、あの女か。南のはみ出し者。牛の国に向かうと言っていたから、混沌をもたらしてくれることを期待してくれてやったが、そうか、討たれたのか。所詮は下賤な盗賊風情といったところだな」

「コレペティタ、よ」


 声が震えないように必死に意識して、私は言葉を紡ぐ。


「彼女は、コレペティタという名前だった。悲惨な終わり際だったけど、死してなお侮辱する必要はないでしょ」


 はっはっはと高らかに男が笑う。


「悲惨な終わり方、と。つまり、奴は影の力を取り込んで死んだのだな。そうかそうか、我々の歩みは着実に前に向かっているということだ」


 スラッ、と金属音が響く。

 カストラートが剣を抜いた。

 その刀身は月明かりの中でも分かるほどに真っ赤で、異様だった。


「黒髪、お前にはもう少し話を聞かせてもらおう。栗髪、お前は少々厄介な気配がするな。先に片づけさせてもらうぞ」

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