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第54話 分断

「ここからスフィーダ山だ」


 シラブルが振り向いて言った。

 前方には、木が鬱蒼とした上り路がある。

 視界は悪いが、横から怪物に急襲される危険もないように思われた。


「ヴェレーノの水源は、この山頂にあるとされている」

水人フォークにとっての禁足地は、ここからですか?」


 スーが聞くと、シラブルは口を一文字に結んだ。

 そして、鼻から大きく息を吐いて、意を決したように口を開く。


「定かじゃない」

「では、フォンテに引き返せ。留まっていては、先の戦いのように囲まれて危険だ。移動していけば、お前の腕ならば切り抜けられるだろう」


 アインが言う。

 しかし、シラブルは首を横に振った。


「いや、僕ももう少し先まで行く。上が平坦で、石の迷宮があるという話が残っているということは、それを見た水人フォークが、少なくとも過去に一人はいたということだからな」

「でも、いいのですか?」

「しきたりは、ヴェレーノの源に近寄るべからず、だ。あくまでも源と言っているのだから、近くまでは構わないだろう」


 スーがクスッと笑う。


「それは詭弁では?」

「いや、解釈だ」


 シラブルが歩き始めた。

 スーと私は目が合って、お互いに笑った。


「俺が後ろにつこう。お前たちは先を行け」


 アインが言い、私達はそれに従った。

 シラブル、スー、私、そしてアインの順で進む。

 木々はずっと生い茂っており、勾配はなかなか急だった。

 先日の雨は止んでいたが、道は歩きにくかった。

 魔法で濡れなくなっているといっても、足元がぬかるんでいるのはどうしようもない。

 あれもこれも求めるわけにはいかないだろう。

 背の高い草が道を阻んでいないだけでもよしとしよう。


「妙だな」


 アインが後ろで呟いた。

 あわてて剣の柄に手を添えるが、何かが迫っている気配はないような気がする。


「違う、敵じゃない。道だ」


 道?

 雨が降った後にぬかるんでいるのは当たり前のことだと思うけど。


「ここを訪れる水人フォークはいない。それなのに、ここは明らかに道になっている。

 人か何かが定期的にこの道を歩いているということだ」

「言われてみれば、確かに……でも、いわゆる獣道ってこともあるんじゃない?」

「いや、明らかに人に類するものだ」


 アインが言うのなら、そうなのだろう。

 でも、一体誰、あるいは何が、こんな山奥に定期的に行くというのだろう。


「水の穢れは、やっぱり人為的なものだってこと?」

「断言はできん。だが、可能性は高い」

「……ちょっと、嫌な想像しちゃった」

「コレペティタだな」


 私は頷いた。


「穢れ、っていう表現を聞いた時から、ずっと頭にはあったしね。

 彼女が行使してた力って、いかにも、そんな感じの力だったから

 また、あんなのと戦うことになるのかな……」


 山の遺跡での戦闘を思い出すと、気が重くなる。

 よく大けがをせずに決着させられたと思う。


「コレペティタみたいな誰かが、意図的に水人フォークを苦しめようとしてる?

 でも、そんな人、何人もいるかな……」

「俺には心当たりがある」


 そう言って、アインは腰の大剣の柄をぐっと握った。

 私の頭に、一人の名前が浮かぶ。


「カストラート、か……」

「そうだ。話が繋がっている。人族至上主義を謳いケンタウロスを狙ったカストラート、奴とつながっていたコレペティタ、コレペティタが使っていた力、そして侵されている水人フォーク族。奴自身か、あるいは奴に与する輩が上にいる可能性は高い」


 私は固くなった唾を飲み込んだ。

 どんな相手でも、アインなら大丈夫。

 そうだよね。

 私が言葉を見つけられないままアインを見ると、彼は笑って頷いた。


「負けないさ」


 何も言っていないのに、通じたような言葉に、私も笑って頷いた。

 それからまた、私達はさらに歩き続けた。

 少し足に疲労を感じ始めたあたりで、勾配が急に緩やかになった。

 大きな剣で切り取ったのように、急に土が平坦になっていた。

 さっきまでの茂みが嘘のように途切れ、石壁が仰々しく立ち並んでいる。

 屋根こそないものの、石壁自体がそれなりの高さになっていて、上にあがるのは難しそうだ。


「シラブルは、ここまでだね」


 若い水人フォークは苦々しい顔で頷いた。


「すまない。お前たちが戻るのを、ここで待つ」


 アインがシラブルの肩に手を置いた。


「山の麓を過ぎた時点で、お前が誇りとしきたりの狭間で葛藤しているのはよくわかっている。あとは、俺たちを信じて待て」


 シラブルは頷く。


「それにしても、精巧に積み上げられていますね。小刀の先も入りそうにありません」


 スーが壁に触れながら嘆息する。

 その横に立ちながら、私も壁に触れてみる。

 表面はざらついていて、山の遺跡にあった不思議な質感のものとは違っていた。

 ただの石のような感じだ。


「全容が掴めていませんが、正面に入り口があるわけですから、ここから入って探索してみますか」

「そうだね……なんだか、絵本に登場する迷路みたい」


 スーが一歩、迷宮の入り口に踏み入れた、まさにその瞬間だった。

 足元から水が流れる音がした。

 あわててスーを引っ張り出す、のは間に合わない気がした。

 私はとっさに踏み込み、スーを押してそのまま迷宮に押し入った。

 勢い余ってふたりとも転んでしまう。

 転がった姿勢のまま入り口を見ると、水の膜のようなものが迷宮の中と外とを隔てているのが見えた。


「トリル! スー!」


 アインの声がする。

 しかし、すぐそこにいるはずの白いケンタウロスの姿が、見えなくなっていた。


「外敵を阻む、門の魔法だ」


 シラブルの声がする。


『ミ・スクーシ』


 水人フォークの『力在る言葉』に、水の門は何の変化も示さない。


『アプリティ・セイ・サモ』


 やはり、何の変化もない。

 シラブルはさらにいくつもの言葉で呼びかけてはみたが、門は消えるどころか、向こう側の様子が見えるまでになることもなかった。


「まずいな、このままでは夜が来る」


『トイ、トイ、トイ。陽精ソルよ、我々の周囲を光で照らしたまえ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』


 スーが呪文を唱えると、私達の周囲が明るくなった。


「アイン様、シラブル、私達は先に進みます」


 そう言って私を見たスーに、頷いて返す。


「水源の調査もさることながら、脱出できる場所を見つける必要があります。留まって、当てもなく呪文を試し続けるよりも、そちらのほうが確実です」

「そうだね……進もう」

「分かった。俺は、急いで外を周り、別の進入路を探る。気をつけろよ」

「そっちもね」


 カカッ、と蹄が鳴り、走り出した音が聞こえた。

 空を見上げると、夜のとばりが降り始めている。


「トリル様、行きましょう」

「うん」


 アインはいない。

 私とスーの二人で、この迷宮を歩く。

 精霊が照らしてくれている光が、何か心細く感じられた。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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