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第52話 純粋

「トリル」


 私に気づいて、アインが言葉を紡いだ。


「眠れないのか? うるさくならぬように気をつけていたつもりだったが、妨げたか」

「ううん。眠りはしたんだけど、目が覚めちゃって」


 もよおして起きた、とは言えない。

 私は女の子で、向こうは男の子だ。


「さっきの歌、って『力在る言葉』だよね?」

「ああ。言葉の意味は知らないがな。一族で歌われていたものを、こうして口ずさみたくなる時がある。意味も分からず言葉だけは知っている、というのがいくつかあるよ」


 そう言ったアインの青い瞳は、いつもより深く澄んでいるような気がした。


「アインこそ、寝てないの?」

「ああ。満月が近いから、昂ぶったのかも知れない」


 そう言って、アインは視線を移した。

 私より後ろ、つまり天幕の方を見ているようだった。

 私はなんとなく焚き火の近くに行って、そのまま、アインの横に立った。

 焚き火があたたかい。


「シラブルの思いは、恋慕の情というやつなのだろうな」


 予想だにしていなかった一言に、私は固まってしまった。

 恋慕って、恋心ってことだよね、たしか。


「アインって、そういうこと、関心あったんだ」


 なんとなく、首飾りに触れてしまう。

 この石の意味が、頭をよぎる。


「旅に出るまでは、そうでもなかった」

「えっ」


 息をのむ。

 たき火の炎が、アインの顔を照らしている。


「一族で旅をしていた頃は、俺はまだ九つだったからな。群れの中で恋仲の年長者は見ていたが、抱き合ったり口づけをしている姿を見てもなんとも思わなかった。だが、今は、少しわかるような気がする」


 胸がドキドキしている。

 音が体の中で響いて、アインに聞こえてしまうんじゃないかと心配になる。

 胸に手を当てて、石に手が触れて、ぎゅっとそれを掴む。


「……触れたい、と思うようになった」


 アインが私に手を伸ばす。

 口が勝手に開くが、言葉が出てこない。

 でも、やめて、とか、いや、とかいう言葉は出ていきそうにない。

 しかし、アインの手は中空で止まった。


「だが、あの女ミノタウロスに言われたことが、ずっと引っかかっている。」

「女ミノタウロスって……レッチ?」


 アインは頷いた。


「ケンタウロスだから異性を求めているだけなのかと。そんなはずはないと思うが、否定するだけの経験や教えが俺の中にない」


 アインが伸ばした手を引いた。

 そして視線を下に向ける。


「石を渡す、というのは大切な人に対してだけにしろ、と母に教わった。そうしたつもりだ」

「でも、あのときは、感謝とか謝罪とかって……」

「……俺にも恥じらいはある」


 アインが苦笑する。


「どう言っていいのか分からなかった。あの場にはスーもいたしな。

 ……いや、違うな、今でもどうやって伝えていいのかわからない」


 アインが、顔を上げた。


「だが、月に誓って言うが、それを渡したときの俺の気持ちに、劣情は一切なかった。

 あったのは、ただ、純粋な……」


 私は息を止めてアインの次の言葉を待った。

 でも、それが出てこない。


「純粋な……?」

「純粋な……気持ちだ」


 止めていた息が、ぷふっと笑いになって出て行った。


「何よ、それ」

「混じりけがなく、不純物がない、ということだ」

「言葉の意味は分かってるわよ」


 アインが笑って、私も笑った。

 どうしようもなく、笑ってしまった。

 どうしようもなく、胸の中がいっぱいになる。

 私の心の中が、アインで満ちている。


「ひとつ、教えて欲しい」


 笑い声を抑えて、息を整えて、アインが言葉を紡いだ。


「その首飾りをもらったとき、どう思ったんだ?」


 青い真剣な瞳に、冗談を言おうという気にはなれない。

 かといって、自分の気持ちを素直に表現することも、出来そうにない。

 私自身、今の自分の気持ちがうまく整理できていないから。


「……スーに石の言葉の意味を教えられたときは、そりゃあ驚いたけど……」

「けど?」

「けど……」


 思わずアインから目を逸らしてしまう。


「うれしかった、よ。その……純粋に」

「純粋に、か」

「そう。純粋に、よ」


 顔が熱い。

 火精イグニス陽精ソルが同時に顔に宿ったみたいだ。


「じゃ、じゃあ、アインも、ひとつ、正直に言って。私も言ったんだから」


 む、と口を一文字にしたアインを、私はじっと見た。

 自分の気持ちをきちんと言葉にしていないのに、はっきりした言葉を求めるのは卑怯だろうか。


「私のこと、どう思ってるの?」


 アインの青い瞳が揺れた気がした。

 いや、緊張で私の目が泳いだだけかもしれない。


「大切な人だと思っている」


 これ以上は聞かない方がいいのかもしれない。

 もう、私は、期待してしまっている気がする。

 彼に、一人の女の子として認められていて、想いを寄せられているという保証を求めている。


 大切なのは、仲間として?

 それとも、想いを寄せる相手として?


 頭の中に言葉が組みあがる。

 でも、これを口にする心の準備が出来上がらない。

 もし、求めている答えと違ったら?

 それでもまだ、ずっと一緒に旅をしていける?


「それは……」


 目を伏せてしまった。

 なぜだかわからないけれど、涙ぐみそうになる。


「ううん、分かった。ありがとうね」


 私は目元をこすって、歩き出した。


「どこに行く?」

「こういう時は、察するものだぞ、紳士は」


 ああ、と頬を掻きながら答えるアインを背に、私は木の影に行った。

 用を済ませて、アインにおやすみを伝えて、私は天幕で横になった。

 首のティアドロに触れる。

 大切な人。

 純粋な気持ち。

 アインの言葉を反芻して、私はこみ上げる笑みをかみ殺す。

 これは、恋なんだろうか。

 シラブルがスーに一目で心奪われたのとは違うけれど、胸の中にアインがいる。

 アインのことを思うと、心があたたかくなる。

 今のこの関係をなんていうのかは分からないし、これからどうなるかも分からないけれど、少なくとも一緒に旅を続けられることは嬉しいことだと思う。

 でも、この旅が終わったら?

 それでも一緒にいるだろうか。

 その場合は、アインがノルドに留まるのかな。

 考えていたら、なんだか目が冴えてきてしまった。

 眠らないと。

 でも、さっきの会話を思い出すと、顔が熱くなる。

 いやいや、ちゃんと寝ないと。

 でも…………


「トリル様」

「ん……」


 スーの声に目を開けると、すっかり明るくなっているのがすぐに分かった。


「ご、ごめん、寝過ごした?」

「いえ、そこまででは。ただ、食事の支度も終わったので」


 それじゃ完全に寝過ごしてるじゃない、と私は慌てて支度をする。

 装備をつけて外に出ると、シラブルとアインが既に口をもぐもぐ言わせていた。


「人族の女はよく寝るのだな」


 シラブルに言われ、反論する気になれない。

 アインを見ると、私と目があったが、特に何も言わずにまた次のさじを進めた。


「トリル様もどうぞ」


 スーに促されて、私はまぶたの重さを感じながらスープをすすった。

 優しい味だった。

 シラブルを見ると、顔にはいかにも気迫がみなぎっている。

 そうだ、これは水人フォークの人々の生活に関わる旅なんだ。

 しっかり集中して、やり遂げないと。

 私は息を吐いて、もう一口スープをすすった。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


今回の投稿前に、ブックマークがひとつ増えていました。

本当にありがとうございます。

章ひとつ分をかきためるくらいのスピードで進められているので、このまま頑張ります。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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