第51話 気負い
「着いたぞ」
突き当たって、シラブルが言った。
確かに、街を出てからずっと土の天井だった道が、ここだけ上がぽっかりと明るい。
だが、空が見えて明るいというのではなく、フォンテの街でそうだったように、上に水があるという状態だ。しかも、跳び上がってもその水面には手が届きそうにない。
レッチと通路に入ったときには気付かなかったが、あのときもこれくらいの高さを下におりていたのだろうか。
「どうやって地上に出るの?」
「簡単だ。ただ、あの水の下に立てば、水柱が下りてくる。それに向けて思いきり跳べば、水に包まれて外に出られる」
シラブルはそう言うと、水の真下まで歩いて行き、軽く膝を曲げて跳び上がった。
すると彼の体は水に吸い込まれるように引っ張られ、姿が見えなくなった。
「入るときは合言葉が必要なのに、帰りは必要ないのだな」
「あくまでも外敵の侵入を拒むのが目的なのでしょうね」
スーはアインに答えると、シラブルがそうしたように、水の真下に行った。
音もなく下がってきた水の筒に向かって、スーが跳び上がる。
彼女の姿も、上に引っ張られて見えなくなった。
私がアインの方を見ると、先に行くように手で促された。
少し緊張しながら、私も後に続く。
跳び上がると、ジャボン、という水に入った音がした。
ググッと体が持ち上げられ、引っ張る力と押す力とが同時に体にかかり、私の体はビョンッと空中に飛び出た感覚に包まれた。
足に重さがかかったかと思うと、私は土の上に立っていた。
周りを見ると、先に来ていたスーとシラブルが立っている。
二人とも、どこも濡れていない。
「早く離れないと、次が来るぞ」
シラブルに言われ、私は慌ててスーの近くに走り寄った。
初めて通った水の扉と同じように、なんでもないような水たまりがある。
少し待つと、アインの巨体が急に空中に飛び出て、アインは四本の足で音を立てて着地した。
心なしか、不快そうな表情をしているように見えた。
「ここからは地上か……」
ため息を小さくついたシラブルに、スーが口を開く。
「地上は苦手なんですか?」
「地上が苦手というより、水が少ない所を歩くと不安なんだ。生まれてからずっと、基本的に水人は生活している周り全部が水で囲まれているから」
「私達にとっては、空がずっと見えないようなものかな」
そんな話をしながら、私達はシラブルの先導で道なき道を歩く。
てっきり川に沿って歩いて行くのかと思っていたが、そうではなかった。
「まるっきり川沿いを歩くと、サハギンと遭遇する確率が高くなるからな。
地上で奴らと戦う分には問題ないが、お前達は水中に引きずり込まれたら戦う術がないだろう」
そう言ってシラブルは、いい調子で歩き続けた。
途中、一団のオークの群れに遭遇したが、数はいても力はそれほどではなかったので、苦もなく影に戻すことが出来た。
私が驚いたのは、シラブルの戦いぶりだった。
手合わせでスーに敗れたからと言って、彼の実力は低くも何ともなかった。
槍を持つ長さを、時には片手、時には両手と、自由自在に変える。
さらには槍の穂と石突を器用に使い、まるで彼の周りにだけ目に見えない壁か何かが張り巡らされているように敵を寄せ付けない。
私は自分の間合いを保って戦いを組み立て、スーは相手の間合いに飛び込んで戦いを組み立てる。彼はそのどちらとも違って、間合いを変化させることで自分の戦いを組み立てていた。
フォンテの手合わせで、スーが相手で良かった。
私が彼と戦っていたら、あっさり負けて話が進まないところだった。
「シラブル、すごいね」
私が感心を口にすると、スーは頷いた。
「ええ。私と切り結んだときは迷いのようなものが感じられたんですが、まるでそんなことはありません」
剣を納めながらスーが言う。
そのときの迷いは、相手がスーだったからじゃないかな……と私は思う。
「やや気負いすぎだがな」
アインが大剣を布で拭いながら言う。
その言葉に、シラブルが反応した。
「気負って当然だ、これは失敗が許されない任務なのだからな」
「それは分かる。だが、あまり気張りすぎては最後まで体が持たん。必要なときに必要な力を出すのも、戦士の実力のひとつだぞ」
「む……」
前に同じようなことを言われたことでもあるのか、シラブルは反論しなかった。
「少し早いですが、野営の準備をしましょうか」
スーが言うと、案の定、シラブルが振り向いて鼻息を荒くした。
「一日でも早く問題を解決するべきだと言ったのはお前だろう。もう忘れたのか」
「忘れてませんよ。でも、ここから目的地まで歩き通して、消耗した状態になるのは、避けるべきです。仮に、前に私達が戦ったような怪物に出会ったら、なおさら。野営の回数を多くして、少し時間がかかったとしても、極力万全の状態で戦えるようにし続けるべきです」
同意見だ、とアインが頷いた。
「この中で、もっとも旅慣れているのは俺だ。その俺が、仲間内の消耗を指摘しているのだから、従うべきだろう」
「……わかった」
シラブルは目を閉じて頷いた。
彼のすごいところは、こうやって自分を律することが出来るところだと思った。
すぐに感情が高ぶって、すぐに涙が出てきてしまう自分とは、まるで違う。
「そうと決まれば、すぐに準備しましょう」
スーはいつものように手際よく、天幕を張り始める。
私もいつものようにスーに合わせて作業を手伝う。
アインはというと、何事かシラブルに話しかけられて、笑いながら応じている。
「食べるものは……水人って、何を食べて、何を食べないの?」
「何をと言われても……どれがお前たちと違うのか、分からないぞ」
いくつか例を出してみると、彼らはパンやクッキーといった加工物はほとんど食べないのだということが分かった。
それなら遠慮したほうがいいかとも思ったが、食べられないということはないような気がして、私とスーはそれらも含めて調理を始めた。
「これはパンというのか? うまいな!」
保存食としてつくられたパンを、シラブルは本当においしそうに食べた。
「これじゃ、ミノタウロスのつくったパンを食べたら卒倒しちゃうね」
「本当ですね」
私とスーが笑うと、シラブルは頬を赤くして照れた。
簡単に食事を済ませて、私達は天幕に横になった。
シラブルは「女性と同じ空間で寝ろというのか」と抵抗を示したが、私が「何かやましいことでもあるの?」と言うと、「誇りある水人は不埒な真似などしない」と言って収まった
ほどなく寝息を立てたところを見ると、アインの見立て通り、気負っていたのだろう。
私もまどろみ、そのまま眠りについた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
目をこすって体を起こすと、スーはまだ寝息を立てていた。
その奥のシラブルは、背中を向けているが、寝息を立てているようだ。
つまり二人は背中合わせに寝入って、そのままの姿勢を保っているということになる。
それで疲れが取れるのかと心配になるが、まあ、そっとしておくしかないだろう。
私は音が立たないように静かに体を起こして、静かに天幕を出た。
小さく、何か歌のような声が聞こえた。
聞き馴染みの無い響きだ。
アインがいた。
こっそり用を足しに行きたかったが、アインは起きていた。
普段は焚き火を消して目をつぶっているのに、今は火を焚いたまま静かに月を見ている。
その口から、歌は発されていた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
今回の投稿前に、誤字の指摘をいただきました。
勢いづいて書いている場面は、恥ずかしいミスがたくさんあるかもしれません。
やれやれと思いながら目をつぶっていただいたり、指摘していただいたりしてくださればと思います。
あらためて、
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それでは、また次のエピソードで。




