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第49話 意気

「……」


 おそるおそる、真っ白いひとつを指でつまんで口に運ぶ。

 上に塩が振られていたらしく、塩の味が舌先に通る。

 それを追いかけて、しっとりとした甘さが伝わってきた。


「おいしい……ね」


 私は別の、今度は赤みがかった一切れをつまんだ。

 私が食べる姿を見て安心したのか、スーもアインも手を伸ばした。


「うむ、これはうまいな」

「本当ですね」


 次々と口に運ぶ様子を見て、シラブルは満足そうに頷いた。


「今し方獲ってきたばかりの魚しか、我ら水人フォークは口にしないからな。口に合ったようでなによりだ。ただ、やはり種族が違えば文化は異なるものだな。人族もケンタウロスも、手で食べる文化だというのは知らなかった」


 そう言うと、シラブルは大皿の端にあった木の棒を持ち、それを串のように切り身に刺した。

 そしてそのまま、口に切り身を放る。


「ちょ、ちょっと! それがそういうものだって、先に言ってよ! てっきり、水人フォークは手づかみで食べる風習なんだと思ってそのままいっちゃったじゃない」

「馬鹿をいうな、手で食べるなどという野蛮なことを、誇りある水人フォークがするか!」

「トリル様に向かって馬鹿とはなんですか、馬鹿とは!」

「いや、今のは中流のせせらぎというやつで、話の流れでつい……」

「待て、スー、シラブル。あれはトリルが空腹に負けて思わず手づかみでいった可能性もある。となると、考えなしというのは言い得て妙かもしれん」

「アインも余計なこと言わないでよ! 大体二人が私に先に食べろっていう目で見るから……」


 ひとしきり騒いで、私達は互いに笑い合った。

 落ち着いてから尋ねると、シラブルはもうすぐ十六歳になるということだった。

 思った通り、歳が近かった。

 スーもそうだが、同じくらいの歳で、宮廷魔術師や国の守備隊の任について働いているというのは、私から見るとすごく立派なことだ。

 ノルドにいた頃は店を手伝っているだけで同年代の子達よりも自分は立派なのだと粋がっていたけれど、彼らを見ると、まるで子どもだったように思えてくる。


「年下だと思ったから、様付けしなかったの?」


 私が聞くと、スーは少し驚いた顔をして、言葉を紡ぐ。


「そういうわけではありませんが……なんとなく、つけ忘れていましたね。言われてみると、たしかに」


 スーがシラブルをじっと見る。


「でも、後からつけなおすのもおかしな気がしますし……手合わせでも年齢でも私が上でしたから、このまま呼ぶことにしますね」


 スーがにこっと笑うと、シラブルは明らかに頬を赤くした。


「好きにしろ」


 いつもはスーが私を見てにやにや笑うが、今は私が同じ顔で二人を見ているだろう。


「話を変えるが」


 アインが口を開いた。


「ヴェレーノ川からスフィーダ山に上れば、その穢れの元凶が分かるというのは確かなのか?」


 シラブルも真剣な表情になって頷く。


「細かい話は省くが、僕たち水人フォークは、どの川からどんな水がラーゴ湖に流れ入ってきているのか、ずっと観測し、把握しているんだ。数年前からヴェレーノ川がおかしいことも、それがスフィーダ山から来ていることも、確実だ」

「原因としては、何が考えられる?」


 私はシラブルにではなく、スーに向かって聞いた。


「精霊が宿らない、などというのは考えられないことです。ですが、考えられないことという意味で言えば、この旅の中でも別に一つ、目の当たりにしていますよね」

「コレペティタ、ね」

「はい。オンブラを操ったり生み出したりする力など、とても考えられないことでした。でも、実在していた。であれば、何らかの、悪意のある者が水源を穢している可能性はあるかと思います」


 シラブルが息を長く息を吐いた。


オンブラを生み出す者の話など、水人フォークの伝説にもないな。逆に、汚れた沼を浄化した白い英雄の話はあるが」


 ぴくん、と私の耳が動いた感じがした。


「英雄の色は、白なんだ?」

「女王陛下もアインザッツを見て言っただろう。「穢れを打ち払う定めを負いし者」と。あの言い回しは、白い姿をしている者に対して使う常套句なんだ。ただ、白い鱗を持って生まれる水人フォークなどいないから、白い鎧を纏った戦士に対してかける言葉になっているのが通例だがな」


 私も、スーのように手帳を準備して書き付けていったほうがいいかもしれない。


「もしかして、その英雄の名前って、サルヴァトーレじゃない?」


 シラブルは、青い瞳の目を大きく見開いた。


「なぜ、人族のお前がそれを知っているんだ。まさか、誇りある水人フォークの伝承は、他の種族にまで広く知れ渡っているのか」


 恍惚としているシラブルをそのままにしておいて、私はスーを見た。

 スーは小さく頷いた。


「ただの偶然にしては、といったところですね。森人エルフ鉱人ドワーフ竜人ドラグーンの国を訪れるのが楽しみになってきました」

「なんにせよ」


 アインが口を開く。


「今日は一日休むとして、山に発つのは明日でよかろう。幸い、ヴェントの街で糧秣は支度できているし、特段、間を開ける必要もないだろう」


 私は大きく頷いた。


「そうだね。それに、穢れを解決出来るのだとしたら、なるべく早いほうがいいだろうし」

「その通りだ」


 シラブルが続ける。


「僕の両親の仮説では、天上の水が留まり続けているのは、水精アクアの力があるからこそなんだ。このまま穢れた水が注ぎこみ続ければ、湖底が下がってきたり、最悪の場合、決壊してしまうかもしれない。みながそう考えているわけではないが……」


 苦々しく言うシラブルから目を離して、私達は、誰からともなく上を見上げた。

 まだ見慣れない光景だ。

 でも、水人フォークにとっては当たり前の光景。

 シラブルが言った説は、私達に置き換えると空が崩れて降ってきますと言われるようなものだろうか。

 その当たり前が崩れて街がなくなってしまうなんて、にわかには信じられない気持ちも分かる気がする。



「明日の朝、僕がお前達を迎えに行こう。案内役も必要だろうし、出発前に一度女王陛下の所には顔を出すべきだ」

「誇りある水人フォークの、大切なしきたりですね」

「そうだ」


 シラブルが大きく頷いてから、はっとしてスーを見た。


「なぜ……」

「街を出る際は、目上の方に一言断ってから。人族の私達にもそんな習慣がありますから」


 スーが笑いかけると、シラブルもニッと笑った。


 翌朝、私達を迎えに来たのはシラブルではなく、年長の水人フォークだった。

 身に付けている鎧はシラブルやディクション隊長と同じものだったので、守備隊の人だということがすぐに分かった。

 彼の案内を受けて、私達は昨日も訪れた宮殿に入った。

 シェーナ女王が玉座に座り、その横にディクション隊長が直立している。


「では、あらためてヴェレーノの水源調査をお願い致します」


 女王が透き通るような声で言った。


「我ら水人フォークは、古いしきたりのために足を踏み入れることは出来ません。ですが、古くから伝わる話によれば、山は頂上が平坦になっており、石などで迷宮のように入り組んでいるとのこと。そしてその中央に、川の源があると聞いています。シラブル」


 名前を呼ばれて、シラブルが姿を現した。

 守備隊の鎧は着ているようだったが、具足がそれだと覗けるだけで、外套を羽織っている。


「本人の申し出があったので、シラブルに入口までの案内をさせることにします」


 一歩出て、シラブルが頭を下げる。

 私も、それに応えてお辞儀をした。


「水源を訪れ、異変の元凶とおぼしきものが判明すればそれでよし。その場で取り除けるようなものであれば、そなたらに処置を任せます。ですが、例えば水人フォークの力が必要になるような事態であれば、無理をせず、帰還して報告をするのみで構いません」


 わかりました、と私達は口々に答えた。


「精霊の加護があらんことを」


 女王の言葉を受け取り、私達は宮殿を出た。


「案内を申し出てくださったこと、感謝します」


 スーが言った。


「ま、まぁな。それよりも、旅の支度は出来ているのだな」


 照れながら、シラブルが答えた。


「もちろんです。街の警護を任としている守備隊より、私達の方が旅慣れていると思いますよ」


 スーが笑う。

 それを見て、シラブルも笑って応えた。

 一時的にせよ、仲間が一人増えるというのは嬉しいものだと思った。


「スフィーダ山の麓までは、ラーゴ湖を南東から出て、陸を歩いて二、三日の距離だ」


 私は頷いた。

 新しい冒険の始まりだ。



作者の成井です。

事情により、いつもと違う投稿時間になりました。

ちょっと時間が不規則になることが増えるかもしれませんが、頻度は変わりません。


あらためて……

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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