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第48話 挑戦

 寝床として使っていい、と案内された家は、ケンタウロスのアインが身をかがめずに入口を通れるほど大きな建物だった。


「古い時代、ここは大きな荷物などをしまっておくための倉庫だったようだ」


 引き続き案内役に任命されていたシラブルが言った。


「この街全体が、古代のものをそのまま使っているから、くれぐれも丁寧に扱うようにしてくれ。そうそう壊れたりするわけはないが、直し方を知っている者もいないのだ」


 シラブルが、ではな、と言って踵を返して立ち去ろうとした。


「シラブル」


 私は反射的に呼び止めた。

 若い水人フォークは怪訝そうな顔で私を見る。


「なんだ?」

「よかったら、私達と食事をとらない? この街のどこに何があるか分からないし、軽く案内をしてくれるとありがたいんだけど」


 シラブルが私を見て、それからスーを見た。

 そしてまた私を見る。


「いいだろう。ディクション隊長には、それとなくそのようなことも言われていたのでな」

「それじゃ、荷物を置いてくるから、出たところで待っててね」


 いくつかある部屋に、私とスー、そしてアインが入る。


「トリル様」


 入るなり、スーが小声で私に言った。


「散策なら、私達だけでも出来るのでは? なぜ彼に案内を……」


 彼の気持ちを察してだよ、とは言わないでおく。


「守備隊に所属していて、しかも門を開く呪文も知っていた。ってことは、この街や国の事情に詳しいってことでしょ? 歳も近そうだし、色々な話を聞けると思って」


 なるほど、と言いながら、スーはどこか腑に落ちない表情で荷物を下ろす。


「駄目だった?」

「いえ、そういうわけでは」


 スーはそう言いつつ、ただ、と言葉を次いだ。


「自分の種族に誇りをもつことは素晴らしいことだとは思いますが、彼の場合、少しそれが行き過ぎて高圧的というか……トリル様とアイン様が紡ぐべき絆とは対極的ではありませんか?」


 今度は、私がふむ、と返す。


「確かに、そうかもね。でも、そういう人だからこそ、私達が関わりをもつことが大切になるかもしれないし」


 鎧を外し、一応剣は帯びたままにして、私はブーツを緩めた。

 スーも同じように、最低限の装備だけになって私に笑った。


「他種族の方との交流は、トリル様の方がお上手ですもんね。ミノタウロスの方々と笑いあえたように、水人フォークの方々とも良い時間を過ごせることを願います」


 私は頷き、スーと一緒に部屋を出た。

 入口でシラブルと合流して、私は彼の隣を歩くことにした。


「よろしくね、シラブル」

「ああ。トリルといったか。何か、特別見たいものでもあるのか」


 問われて、私はあらためて街の景色を眺める。

 水の柱は天井の水面に伸びている。

 私達にとっての空は、水人フォークの街では水なんだ。

 幻想的な光景だ。

 しかし、彼らにとっては当たり前の光景なのだろう。

 この具合だと、どんな話を聞かされても、何もかもが物珍しく感じられるような気がする。


「とりあえず、何か食べたいかな。それで、水人フォークの伝統とか、物語を聞かせてくれたら、すごくありがたい」


 それなら、と言ってシラブルが向かったのは、「湖上の美人」と書かれた看板の場所だった。

 表面を美しく磨いた石の台は、テーブルだろう。

 椅子も表面が磨かれた石造りで、床に固定されていた。

 すぐ近くに、家というには小さな造りの建物があって、そこから、トン、トンとナイフとボードが当たる音が聞こえてくる。


「ここはいわゆる食堂だ。僕達守備隊は、自由にものを食べさせてもらえることになっている」

「それも伝統?」

「そうだ」


 シラブルに促されて、私達は席に着いた。

 四人がけになっていたが、アインには石の椅子は邪魔になっていて、どう腰を落ち着けていいものか困っていた。

 結局椅子は使い道がなかったらしく、私の隣に腰を下ろすように膝をついた。


「すまない」


 シラブルが手を挙げると、初老の男性水人フォークが寄ってきた。


「客人に、食事をお願いしたい」


 初老の水人フォークは頷いて、小さな建物に戻っていった。


「それで、何を聞きたいんだったか」


 私はちらっとスーを見て、口を開いた。


「魔法、かな」

「魔法?」


 シラブルが首を傾げる。さっきはそんなこと言っていなかった、とでも言いたげだ。


「ここに来たときからずっと気になってて。ほら」


 そう言って私は、水柱の一本を指さした。

 その中を、水人フォークらしき人影が泳ぎ上っていく。

 人影はそのまま天井の水にたどり着き、おそらく湖だろう水中に勢いよく泳ぎ入っていった。


水人フォークって、水中でも呼吸が出来るんでしょ? それって、魔法なのかな、って」


 私の言葉を聞いて、シラブルはハッハッハと声を上げた。


「息をするのに、いちいち水精アクアの力など借りはしない。首のエラで、水に溶け込んでいる空気を濾しとっているだけだ。ほら」


 シラブルが自分の首の溝、おそらく彼がエラといった部分を指さす。

 ぐぐっ、ぐぐっと動くだけで、それがどういう運動になっているのか、よく分からない。


水精アクアの力は、もっと必要に迫られたときにしか使わない。古来より、他者を守る為にしか魔法を使ってはならないというしきたりがあるのでな」

「具体的には、どういう魔法があるんですか?」


 スーが身を乗り出して口を開いた。

 魔法の話となると、彼女の中の好奇心が黙ってはいられなかったのだろう。


「ま、まぁ、高貴な我ら水人フォークの魔法を知りたいというのなら、教えてやらんでもない。

 最も使われている魔法は、おそらく血止めの魔法だろうな」


 スーと私は顔を見合わせた。


「血止め、ですか?」

「ああ。水中で魚を捕る中で、岩肌にぶつかることもあるし、訓練でも裂傷はつきものだ。それゆえ、傷口の血を止めて……」

「魔法で、傷口の血を止めるんですか?」

「あ、ああ。別におかしなことではないだろう。水精アクアは流れを司る。だから、血を止めるのも水を留めるのも、大して違いはない」


 私も驚いているけれど、スーはもっと驚いただろう。

 命に関わる魔法は禁忌だ、とスーが言っていたのだから。

 実際に魔法の力で出血を止められるというのなら、それは人族が研究してきた魔法とはまったく別のものだということかもしれない。


「シラブルも、その魔法は使えるのですか?」


 スーの言葉に、私は何かがひっかかった。

 なんだろう。


「当然だ。誇りある水人フォークの守備隊は、戦闘技術のみならず、魔法の心得も持ち合わせなければならないからな」

「その割りに、スーには遅れをとっていたようだが」


 アインがにやりとする。


「あれは、僕の負けと認めるしかない。スーブレットの実力はかなりのものだったと隊長もおっしゃっていたし、僕が未熟なことは百も承知だ。でもそれは、水人フォークの守備隊がみな力不足であるという意味ではないぞ」


 へぇ、と私は感心した。

 素直に負けを認められるなんて、結構すごいことなんじゃないだろうか。

 そう言えば前にアインがミノタウロス達と体のぶつけ合いをしていたとき、負けを認めないで何度もやり直していた人達がいたのを思い出した。

 スーはと見ると、認められて照れたのか、頬を掻いている。


「でも、シラブルもかなりのものだったと思います。私にも、余裕があったわけではありませんよ」


 あ、そうか、と思い至った。

 スーがシラブルの名を呼ぶときに、様付けをしていないのだ。

 愛称であるレッチに対しても様をつけていたのだから、不思議な感じがした。


「話を戻すけど、水精アクアの魔法で血を止めるっていうのは、何か副作用はないの? その、体が動かしにくくなる、とか」


 シラブルが口を一文字にして、首を捻る。


「いや、そんな話は聞いたことがない。ただ、他者のためにしか使ってはならないというしきたりがあるのは、自分の傷に対しては効果がないからだという話は聞いたことがある。それゆえ、僕たち水人フォークの守備隊は、二人ひと組での行動を基本としているのだ」


 なるほど、とスーが大きく頷く。

 そこで先程の初老の水人フォークが大きな貝殻を運んできた。

 貝殻は皿として使われているらしく、上には色とりどりの魚の切り身らしきものが載っている。

 だが、それらはどう見ても、生だった。

 大皿に添えられている木の棒に刺して焼きたいところだが、この棒がなんなのかも分からなければ、そもそもここには火がない。


「火が通っていないようだが」


 アインが言うと、シラブルも老水人フォークも、きょとんとしている。


「それはそうだろう。このまま食べるものなのだから」


 アインが私を見る。

 スーも私を見る。

 これは、どういう視線だろうか。

 北の海辺の街出身だから、お前は食べられるだろう、ってことか。

 それとも、他種族との交流と言えばお前の出番だろう、ってことか。

 どちらにしても、ここでこれを食べないという道はなさそうだ。

 紫眼の乙女、最大の挑戦かもしれない。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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