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第46話 水の宮殿

 深い水のような瞳に見つめられて、少し緊張が増した。


「スーブレットと申します。人族の国モナルキーアから参りました」

「トリルです。同じく、モナルキーアの出身です」

「ケンタウロスのアインザッツだ」


 女王はにっこり笑った。


「わたくしはシェーナ。カスカータ王国の主にして、このフォンテの街を統べる水人フォーク。とは言っても、ついつい地上に出歩きたくなって、守備隊の子らに叱られているんですけれど」


 くすくす笑って、女王は周囲を見た。

 シラブルが頭を抱えている。


「美しい緑色の瞳に、若木の幹のような髪。あなたはまるで、森に生まれた精霊のようね」


 女王が、スーの頭を撫でる。


「あなたの髪は深い夜の、月の周りの色。そしてその瞳は、紫色の宝石のよう」


 女王が、私の頭を撫でる。


「そして……まさか、白い姿の戦士が、この都に訪れようとは。ようこそ、穢れを打ち払う定めを負いし者よ」


 そう言って、女王がアインを見上げる。


「美しい三人の旅人は、何を目指してわたくしの都へいらしたのかしら」

「この子らは、世界中の伝説や遺跡を探して調べているのよ」


 レッチが言った。


「コリーナにある遺跡を調べる中で、悪さをしていた盗賊の成敗もやってくれちゃってね。そのお礼もかねて、私がここに案内したっていうわけなの」

「まぁ……では、こちらにいらしたのも、わたくし達のお願いを聞いてくれるためということですのね」


 私は思わずスーを見た。

 スーも私を見て、小さく頷いた。


「何か、お困りのことがあるのでしたら、是非お力にならせてください。私達は、レチタティーボ様がおっしゃられたように伝説や遺跡を巡る旅をしてはおりますが、その中で種族を問わず、人の力になれたらと考えております」


 スーの言葉に、女王はゆっくり頷いた。


「その目に嘘はなさそうですわ。でも、慣れない道で少し、お疲れになったのではないかしら。まずは、水人フォークの伝統的なお菓子でも食べて休んで頂きたいわ」


 女王はそう言って、数歩下がって言葉を次ぐ。


「シラブル」


 女王に呼ばれ、若い守備隊員は歩み出た。


「皆さんを、食堂に案内して差し上げて」

「ぼ、僕がですか?」


 女王は何も言わず、ただにこにこ笑ってシラブルを見つめ続ける。

 無言の圧力が、私にも分かった。


「よ、喜んで……」


 シラブルは私達の所に来て、行くぞ、とだけ言って前を歩き始めた。


「わたくしは、レッチと少しお話ししてから行きますわね」


 背中に女王の声が聞こえた。

 シラブルの先導で着いたのは、インテルメッツォ氏の館にあったような広い食堂だった。

 湖の底の下の、さらに建物の中だというのに、中は明るい。


「あの明かりは、どういうものなんですか?」


 スーがシラブルに聞くと、シラブルはちらっとスーを見て、すぐに目をそらして口を開いた。


「古代よりカスカータに伝わる灯だ。どういう原理なのか僕は知らないが、ずっと長い時間、使われ続けている。天上の水もそうだが、この国では古い魔法がずっと息づいているんだ」


 そう言ってシラブルは、席には着かず、入口の所に立った。


「座らないの?」

「僕は誇りある水人フォークの、責任ある守備隊だ。初めて訪れた客に対して、ある程度注意を払っておく必要がある」


 アインが暴れたら、とても敵いそうにないけど……という言葉が浮かんで、かみ殺した。


「古代遺跡の残滓をそのまま利用しているということか」


 アインが言った。


「ものとしては、コレペティタのところにあったものと同じみたいだもんね。

 陽精ソルの魔法かな……それにしても、何十年も光り続けるなんて、信じられないね」

「何十年どころか、古代文明が滅んでからどれくらいの時間が経っているか分からないんですから、それこそ信じられないほどの時間、光を放ち続けているということになります。上の水にしても同様です。もしかしたら、魔法とは別の、不思議な力が昔はあったのかもしれません」


 スーの話を聞きながら、私は視界の端でシラブルを見ていた。

 彼の視線は、たぶん、ずっとスーに注がれている。

 最初の反応といい、経験豊富なレッチの一言といい、もしかして、彼はスーに心奪われたのではないだろうか。


「トリル様、どうかしましたか?」


 スーがきょとんとして私を見る。


「あ、ううん、なんでもないよ。そうそう、モナルキーアも女王様だったから、同じだなぁって思ってたの」

「言われてみると、そうですね。鉱人ドワーフ竜人ドラグーンは男性社会だという風に聞いていますが、水人フォークは女性社会ということなのでしょうか……しかし、守備隊の方々は男性ばかりでしたね」


 スーがシラブルを見る。

 シラブルは、ふいっと目を逸らした。

 うーん、そうだと思って見始めると、そうにしか見えなくなってくる。


「奇しくも、女王様が外に出たがって臣下を困らせるという構図も一緒でしたし」

「そうなの?」

「はい。アリア女王陛下も、若くして王位を継いだためか、父やバルカロール様を困らせるほどにあちこち飛び回っておいでですよ」


 スーがくすくす笑う。

 そしてシラブルはというと、またスーを見ている。

 これは間違いないな。

 彼は、スーに一目惚れしたのだ。

 親友としては、彼には見る目があると言わざるを得ないな。


「失礼します」


 かちゃ、という音がして入ってきたのは、数人の女中らしき人達だった。

 どの人も、光沢のあるドレスを身に纏い、白い玉が連なった首飾りをしていた。

 なんとなく、私は首飾りの石に手をやった。服の下に、その感触を確かめる。

 私達の前に置かれたのは、煎った小エビだった。

 伝統的なお菓子、とはこれのことだろうか。

 ノルドでも同じようなものをつくって、父が酒のつまみにしていたっけ。

 何匹かつまんで口に入れると、思った通りの素朴な味だった。


「お待たせいたしましたわ」


 女王が食堂に入ってきた。レッチも一緒だ。

 優雅な所作で私達の正面に座り、ふう、と息をついて口を開く。


「友人からお話は聞かせて頂きましたわ。たいへんお強いんですのね」


 それはそっちの二人限定です、と心の中で断りを入れておく。


「そして、その人となりも信頼に値するものだということも聞きました」


 アインはどうでしょうか、と思いながら、口には出さない。


「そこで、ひとつ、あなたたちにお願いしたいことがありますの。

 もしかしたら、危険もあるかもしれないことですわ。ディクション」


 はっ、と返事をして、シラブルと同じ雰囲気の鎧を纏った男性が歩み出た。

 青い瞳に青い髪は他の水人フォークと一緒だが、見るからに鍛えられた体は周囲の戦士よりもひとまわり大きかった。青い長髪は後ろで一本に束ねられ、きちんとした印象を与えていた。


「私の名はディクション。守備隊の隊長だ。

 これをご覧になっていただきたい」


 彼は私達の前に、兜くらいの甕を置いた。

 中を見ると、水が入っている。


「これは……?」


 意味が分からず、私はつい口を開いてしまった。


「精霊のいない水、ですの」

「えっ」


 今度は、スーが言葉を発した。


「そんなこと、ありえません。光、火、風、土、水、木、金、精霊は常にその拠り所を得て、大なり小なり、万象に精霊は宿ります。形を変えても、精霊は宿り続けるはず……」


『トイ、トイ、トイ。水精アクアよ、柱となれ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』


 女王が、甕に向かって『力在る言葉』を唱えた。

 でも、甕の水は何の変化も起こさない。


「こう言ってはなんですが、水人フォークの中でもわたくしの魔法の力はかなりのものです。そのわたくしの声に、応えようとしない。それが、この水だということですわ。様々に試して出た結論は、この水には精霊が宿っていないということでした」


 私は甕の水をじっと見る。

 特におかしな雰囲気は感じないのだが、それは私が人族だからなのだろうか。


「この水は、いったいどこで?」


 スーが問うと、ディクション隊長が口を開いた。


「一年ほど前から、ヴェレーノ川から上のラーゴ湖に注いでいる。その水源は、スフィーダ山にある」

「そこの調査はしたんですか?」


 私が言うと、女王が首を横に振った


「そこなのです、問題は。私達水人フォークは、しきたりや伝統を非常に重んじます。そしてその中に、ヴェレーノの源に近寄るべからず、というものがあるのです」

水人フォーク以外に頼むということはしなかったのか? それこそ、近くにミノタウロスが住んでいる。彼らなら、快く手を貸してくれそうなものだが」


 アインの言葉に反応したのは、レッチだった。


「そこが水人フォークの良さであり、難しさでもあるのよ。この人達は基本的に他の種族との交流をしきたりとして禁じ、断じていたの。私は、このおてんば女王がほっつき歩いているところに出くわして意気投合したから、幸運だったってだけなのよね」

「それでも、大きな影響がないから放っておいた、というのも事実なのだ」


 隊長が言う。


「だが、このところ、その水の影響だと思われる事象が増えてきている。例えば魚がやせていたり、貝の身が小さかったりとな。その研究にあたっている者が体調を崩しているというのも大きな問題だ。そうして何か手を打たなければと頭を悩ませていたところに、君たちが訪れたというわけだ」

「言わせてもらうけれど、打開策の糸口を探して、わたくしも地上に出て行っていたんですのよ」


 女王が小さく付け加え、さらに言葉を次ぐ。


「それで、みなさんに水源の調査をお願いできないか、という話ですの。もちろん、お礼はいたしますわ。結果次第ですけれど、水人フォークに伝わる遺跡の調査許可はもちろんお出しします」

「ということは、遺跡の場所は明確だということですか?」


 私の言葉に女王は大きく頷く。


「先程も申し上げましたとおり、わたくし達は伝統やしきたりを重んじます。それはつまり、古くから伝わってきているものを大切に守っているということでもありますもの」


 なるほど、と私は頷いた。

 それなら、と私が口を開こうとした瞬間だった。


「僭越ながら、進言致します」


 シラブルだった。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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