第45話 水底都市
「間違えた場合、どうなるのですか?」
スーが問うと、レッチは頭を掻いた。
「守備隊が駆けつけてきて、小言を言われるわね。普段なら」
「普段ならって……今回は私達がいるから、対応が変わっちゃうってこと?」
「まあ、なるようにしかならないわよ。ごめんごめん」
謝る気のまるでない笑い声を上げて、レッチが言った。
私がスーを見ると、苦笑して首を振るばかりだ。
「出で立ちを見れば、実力も知れよう」
アインが澄まして言う。
「別に戦いに来たわけじゃないんだから……目的は、古代遺跡の調査と、昔話の聞き込み、それと魔法についての情報交換でしょ。どう考えたって、こんな所にカストラートがいるはずはないんだから」
それもそうだな、とアインは頷く。
そのときだった。
水の壁が一瞬透明になったかと思うと、向こう側から二人の影が現れた。
二人とも、金属ではない質感の鎧を上下に着て、手には三つ叉の槍を持っている。
顔は人族のそれとほとんど同じだったが、瞳も髪も青く、自分がいる場所のせいか、水の色を彷彿とさせた。
首には縦に筋が二本あり、その首にも、少しだけ覗いている肌にも、小さな鱗のようなものが見えた。
「またあなたか、レチタティーボ」
二人の内の一人が言った。
声は若かったが、男性らしい重さのある声だった。
「ごめんよ、シラブル。あれ、もう隊長になったんだっけ?」
「隊長は、ずっとディクション様だ。僕はそんな器ではない……待て、後ろにいるのは、誰だ」
私が一歩進み出ようとすると、スーがそれに先んじた。
そして深く会釈をして、スッと頭を上げる。
「お初にお目にかかります、水人の戦士様。私はスーブレット、人族の旅人です。この度、わけあって、こちらのレチタティーボ様の案内を受け、こちらに参上致しました」
スーが流れるように口上を告げ終える。
シラブルという名らしい水人は、黙ってスーを見たままだ。
睨むでもなく、見つめるでもなく、どこか呆然とした表情になっているように見える。
「シラブル殿?」
後ろに控えていたもう一人の水人が小さく声をかける。
しかし、シラブルは反応を示さない。
心なしか、頬が赤らんでいるような気がしないでもなかった。
「あの、もし……?」
スーが一歩歩み出ると、シラブルははっとして、スーが歩み出た距離と同じだけ、後ずさった。
「ひ、人族の旅人、だな。分かった。誇りある水人は、客人に対しては相応のもてなしをするのが習いだ。ついてこい」
慌てた様子でシラブルは振り返り、水の壁、というより門に手を当てて『アプリティ・セイ・サモ』と唱えた。
門は透明になり、水の流れも止まり、やがて何もなかったのように空間だけが残った。
奥に広がっていたのは、山の奥の遺跡で見たような、たくさんの透明な光の筒の明かりに照らされた、幻想的な光景の街だった。
美しい貝殻のような模様の道や、同じ材質の建物が建ち並んでいる。
建物はどれも半球状になっていて、海岸で見た殻持ちのカニか何かの家を思い出させた。
そこかしこに高く続く水の柱が並んでいて、その柱が上にたどり着くと、空のように水が浮かんでいた。
湖の底を、私は下から見ている。
ここは、水底の都市なんだ。
シラブルに続いて、レッチ、スー、私、アインの順に並んで歩いて行く。最後尾は、もう一人の水人が歩いた。
「さっきのシラブルって人、どうしちゃったんだろうね」
私が小声でスーに話しかけると、スーは顔だけ振り向いて、歩きながら「わかりません」と言った。
「何か、失礼なことを申し上げたでしょうか……」
言葉を次ぐスーに、さらに前を歩くレッチが振り向いた。
「その逆だわ、きっと」
にやりと笑ったレッチは、それだけ言ってまた前を向いてしまった。
私とスーは互いに首を傾げて、あとは何も言わずに歩いた。
「ここが宮殿だ」
けっこうな距離を歩いて、シラブルは立ち止まった。
確かに一際大きく、幾層にも成った半球状の建物があった。
「くれぐれも、女王陛下に粗相のないようにすることだ。
万が一にも無礼を働くようならば、誇りある水人の伝統に則って、罰を受けてもらう」
シラブルが目をつぶって高らかに言った。
「シェーナはそんなこと言わないでしょ」
レッチが言うと、シラブルは目を開けた。
「シェーナ女王陛下、だ! 陛下がたまたま陸に遊びに行かれた際に知り合ったがために、そなたのような粗忽な者と交わることになって……まったく、嘆かわしい」
「あら、それは女王陛下様の趣味である遊覧をご否定なさっているということでよろしいかしらん?」
レッチが口に手を当てて言葉を呟くと、シラブルははっとなって首を振った。
「違う、そういうわけではない! とにかく、失礼のないようにな」
シラブルはあらためて私達の方にだけ向かって言い、振り返って門番に何か告げた。
両脇に立っていた二人の水人は頷き、力を入れて宮殿の扉を開いた。
中は、外の道よりもさらに磨かれた貝殻のように光沢を放っていて、一部分を切り取るだけで装飾品になってしまいそうだった。
進んでいくと、広間に出た。
少し高くなった場所に、見るからにきらびやかな椅子がそなえられていて、そこに一人の水人の女性が座っていた。
他の水人と同じように、青い髪に青い瞳だった。
髪はしっとりと濡れたように艶をもって、長く伸ばされたまっすぐ流されていた。
表情には微少をたたえ、女の私でもどきっとするほどの美貌だ。
「ようこそ、我が友レッチ。そしてその友、人族の娘達と、人馬の戦士」
透き通るような声が響く。
「大方、そこの生真面目な守備隊に失礼のないようにと言われたのでしょうけれど、構えなくともよいですわ。真に誇りある水人は、門戸と心を広く開くべきですもの」
女王はそう言うと、椅子から立ち上がり、段を下りてレッチの前に立った。
そして二人は、ゆっくり、優しく互いを抱き寄せた。
「いらっしゃい、わたくしの友人、ミノタウロスの花」
「久しぶりね、シェーナ。急にごめんなさいね、お客を連れてきちゃって」
女王はふるふると首を振った。
「あなたが突然いらっしゃるのは、いつものことですわ。
さて、よければ、あなた方のお名前を聞かせていただけるかしら」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




