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第43話 友達

 ドン、ドドン、ド、ドン、ドドン……


 ヴェントの街が近付き、低い外壁が見えてくると、同時に響くような音が聞こえてきた。


「この音は……」

「タンブーロね」


 私が呟くと、レッチが答えた。


「来月、ヴェントで祭があるのね。それに向けて、みんな練習してるの」

「練習? それは一体……」


 スーが身を乗り出すと、レッチは笑った。


「スーちゃんって、本当に、なんでも聞きたがる子だね。

 百の革袋より一度の乳しぼりって言うし、ちょっと見に行ってみようか?」


 そういって彼女が私達を連れて行ってくれたのは、街の端につくられた大きな広場だった。

 いくつもの石のベンチが並び、あちこちに不思議な器具が置かれている。

 それを足で挟んで、手で叩いている人もいれば、何か先端に玉のようなものを付けた棒で叩いている人もいる。

 街の外まで聞こえていた心地よい響きは、どうやらこの器具から聞こえていたものだったようだ。


「タンブーロって言ってね。くり抜いた丸太に羊や山羊の皮を固く張って叩くの。

 そうすると、心地よい音が響くのよ」

「いわゆる、楽器ですね。時代や国、種族によってはそういう文化がある、というのを文献で読んだことがありますが」


 スーが感心した声で呟く。


「私は難しいことは分からないけど、この腹の底に響いてくる感じは大好きよ。あなたは?」


 レッチに見つめられて、私はこくこく頷いた。


「好きです、私も。故郷には、こういうのはなかったけど、不思議と懐かしい感じ」

「あ、分かります。なんだか、慣れ親しんだような安心感がある気がします」


 私たちの回答は、レッチを満足させたようだった。

 すっかり砕けた表情で、嬉しそうに何度も頷く。


「一説によると、この太鼓ってのは、お母さんのおなかの中にいるときの振動に近いんだって。

 なんとなく、女の本能に訴えかけるものがあるのかもね。

 ほら、アインくん、今夜あたり、機会が訪れるかもよ?」

「なんの機会だ、なんの……」


 アインが頭を抱える。

 夜に例の話になってから以降、レッチはことあるごとにアインを唆していた。

 ケンタウロスなんだから、それくらい当然よ、と笑って。


「では、明朝、あらためて東に向かって発つということでいいな」


 アインが言葉を紡ぐ。


「そうですが……アイン様は、レッチ様のところに行かないのですか?」

「夜這いでもされてはかなわんからな。俺は別で寝る。

 ヌヴォロで預かった路銀がまだあるから、これは使わせてもらうぞ」


 アインはそういうと、私達の答えを待たずにとっとと去って行ってしまった。

 道中の表情にも表れていたが、だいぶ、苦手意識を持ってしまっているようだ・


「あらあら、ちょっとからかいすぎたかしら。

 でも、あの年のケンタウロスなんだから、結構欲求としてはあると思うのよねぇ」


 足早に街中に向かっていくアインの背中を見ながら、レッチが呟く。


「あらためて聞くけど、ふたりとも、アインくんとそういう関係にはなってないのね?」


 私もスーも、何度も何度も頷いて応える。


「その様子じゃ、アインくん相手どころか、そっちの経験自体ないって感じだし。

 種族が違うからなんとも言えないけど、男の子の気持ちも考えられるようになると、女としての魅力が増してくるわよ。これは、お姉さんとしての助言ね」


 そういってウインクをするレッチは、なるほど、まさにお姉さんだ。

 そういう経験は、多いのだろう。

 私はと言えば、そんな経験どころか、そんな話題に触れたことすらまるでない。


「それはさておき」


 スーが口を開く。

 ちょっと、耳が赤い気がする。


「お話通り、レッチ様のところに泊めさせていただくということでよろしいですか?」


 いいわよ、ついてきて、と言ってレッチは自分の家へ案内してくれた。

 彼女の家は、これまでに訪れたミノタウロスの首長たちの館と同じような大きさで、客室もあった。

 さすがに火精イグニスの浴室はなかったが、きれいな水を貯めている甕があって、その水は自由につかっていいとのことだった。

 旅に出るとどうしても自分の汗のにおいが気になるといって彼女が笑うと、私とスーは分かる分かると大きく同意した。

 夕飯はそのままレッチが手料理を振るまってくれ、動物の肉こそなかったものの、干した魚と野菜をふんだんに使った料理は体と心の疲れをたっぷり癒してくれた。

 それに、少なくとも私にとって、レッチが白濁したお酒を飲みながら酔って話してくれた内容は、どれも刺激的で、旅に出てからある意味で一番の学びになってしまったかもしれなかった。

 ミノタウロスの場合は、と前置きをしながらも、彼女の話には人族の私にも容易に想像できる部分が多く、前のめりにならないように冷静に聞いているふりをする努力が必要だった。

 スーはといえば、自分の好奇心に必死に枷を付けている様子で、矢継ぎ早に質問こそしないものの、目は真剣そのものだった。


「それじゃ、そろそろ寝るとしようか。私の話が、そう遠くない将来、あなた達の役に立ってくれたらいいんだけどね」


 すっかり酔った目でレッチは言った。

 たぶん、旅に出て初めて、その夜の私とスーは多くを話さずにそれぞれ眠りについた。

 きっと、お互い、レッチの話を自分の中にしまい込んでいたのだろう。

 朝になって、私は旅支度を済ませて、レッチの家の台所にあるナイフの類を研いだ。


「あ、やっぱり。音がしたから、そうだと思いました」


 そう言って台所に入ってきたスーは、木の籠にパンを持っていた。

 どうやら、朝早く動いていたのは私だけではなかったようで、スーはスーで買い出しに出かけていたようだ。


「レッチ様は、起きるのに少し時間がかかるかもしれませんね」


 スーの言葉に、私は笑って頷いた。


「随分気持ちよさそうに話してたもんね。そんなに聞いていいのかな、って話が多かったけど」

「本当、驚いてしまいました。その、刺激的な話ばかりで」


 困ったように笑って、スーが言った。


「同感。でも、ああいう話を、私達もするようになったりするのかな」

「どうでしょうか……」


 スーがパンを小さく切り分けながら言葉を紡ぐ。


「でも、そうなれたらいいな、という気持ちはあります。その、そういう経験をしたいということではなくて、トリル様と、そんな風に、なんでも話せる関係というか……」

「友達?」


 私が言うと、スーは頬を掻いた。


「恐れ多いですけど……」

「そんなことないよ。出会ったばかりのときに、同い年なんだから呼び捨てでいいって言ったのに、予言の乙女にそんなことは出来ませんなんてスーが言うから……」

「ですが、それはやっぱり立場がありますし、それに……」

「それに?」

「恥ずかしながら、私、友達という間柄の知人がいたことがなくて……最初、トリル様にどう接していいのか分からなかったんです」


 意外だった。

 てっきり、人の多い王都なら、友人などいくらでもいるのだろうと思っていたからだ。

 ただ、スーの場合は魔法の学習に剣術の訓練、予言に関わる仕事などで忙しく、友達を作っている暇などなかったのかもしれない。

 状況は違うが、友達を作っている暇がなかった、というのは私も同じかもしれないけれど。


「それを言ったら、私だってそうだよ。同年代の女の子がいなくて、友達なんていなかったから、同い年のスーと知り合えて、すごく嬉しかったもの。だから、立場とか予言とか、そういうのじゃなくて、友達だったらなぁ、って」


 昨夜のレッチの影響なのか、言うつもりのなかった本音が口から次いで出る。


「で、でしたら、私達は、友達、ということでよろしいですか?」

「うん、いいと思う。もう、そうだって言える関係だと思う。でも、それならやっぱり、呼び捨てにして、敬語もやめたほうがいいんじゃない?」


 笑って言う私の言葉に、スーが考え込む。

 そして、ふーっと息を吐く。


「トリル」


 意を決した表情で、スーが言う。


「うん」


 私は何かくすぐったい感じがしながらも、スーを見つめた。


「ああ、ダメです、やっぱり! 照れくさいというか、慕い上げている方が接しやすいというか。

 友人として、こんなスーを受け入れてくださるとありがたいです」


 可憐な友人、いや親友は、顔を真っ赤にして手をパタパタさせる。


「これで慣れちゃったっていうのもあるもんね。

 でも、呼び捨てにしてもらっても、全然構わないから。あらためて、よろしくね、スー」

「はい、こちらこそ。トリル……様。ああ、やっぱりダメです!」


 言いながら悶えるスーを見ると、妙にいとおしく感じてしまう。

 この可愛さから言うと、男性経験が早いのはスーの方だろうな、と私はつい思ってしまった。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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