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第42話 男女

「レッチでいいわよ」


 翌日、パッサージョさんの館で私達を出迎えてくれたのは、一人の女性ミノタウロスだった。

 赤っぽい明るい毛色で、真っ白い角が上に伸びている。

 纏っている衣装は薄い生地で、女性らしい体の線がくっきりと見えた。

 私やスーにはない雰囲気があった。色気、というものだろうか。


「さん付けもいらないから。苦手なのよね、レチタティーボさん、なんて長ったらしくって。それに聞けば、あなた達、最近郊外で悪さしてた変な連中をとっちめてくれたんでしょ? なおのこと、私に遠慮なんていらないわ」


 パッサージョさんは、彼女を紹介したときに、東にあるヴェントという街の首長だと言った。

 でも、偉ぶる様子もなく、気っ風のいい、頼れるお姉さんといった雰囲気の人だ。


「この通りの人でね。首長という立場があるにも関わらず、視察と称してヌヴォラやチェーロ、各地の村々に足を運んでいる自由人なんだ」


 パッサージョさんがくすくす笑う。


「机仕事が好きなパッシーと違って、私は出歩くのが好きだから、仕方ないわよね。でも、私が今回ヌヴォラに来たのは、例の盗賊集団に対しての手立てを相談するためだったんだから、真面目な理由でしょ?」

「まぁ、それは否定はしないよ。それに、レッチが来てくれたことで、この三人の行き先が決まりそうなんだからね」


 えっ、とスーが言う。


「何か、手がかりがあるのですか?」


 レッチが笑う。


「手がかりどころか、何度も行ってるの。カスカータのフォンテにね」


 スーが大きな目で私を見た。

 私は笑顔で応える。


「是非、案内していただけませんか。謝礼は用意いたしますから」


 勢いづくスーに、レッチが手を振る。


「謝礼なんていらないわよ、困ったときはお互い様なんだから。

 それに、盗賊問題を解決してくれたお礼って考えてくれてもいいくらいだしね」

「それにしても」


 パッサージョさんが口を開く。


「お前が水人フォークと交易をしていたなど、まるで聞いていなかったぞ」

「まぁ、ヴェントの街全体でやっているというよりも、私が個人的に水人フォークと知り合ってやりとりをしているってだけだからねぇ」


 レッチがケラケラ笑う。


「それに、いくら私らミノタウロスが「競えど争わず」って言ったって、種族間で交流を広げたら、利害が絡んで争いになる可能性もなくはないでしょ。だから、下手に話を広げたくなかったってのもあるのよ」


 そう言って、色っぽいミノタウロスはあらためて私達を見た。


「ヌヴォラからヴェントまでは、そう遠くないわ。ヴェントからフォンテの入り口までも、そんなに遠くはない。合わせて、そうね……急いで四日、ってとこかしら。あなた達、急ぐ旅なの?」


 私とスーは見合わせてから、ふたり同時に首を振った。


「それなら、ちょっとヴェントに寄ったら、一晩泊まれるわね。寝床は、私の家の部屋を自由に使っていいからさ」


 こうして、私達は心強い案内役に巡り合い、次の目的に向けて出発することが出来た。

 一度宿に戻り、旅の支度を済ませる。

 上衣と下衣を締めて着なおし、上には着慣れてきた革鎧を装備する。

 腰に木目の剣、後ろに小型弩を提げる。

 肩から鞄を掛けて、外套を羽織れば万端だ。


「すっかり熟練のたたずまいですね」


 スーが私を見て言ったので、私はにっとした。


「先生が優秀なおかげだね」


 宿を出て、同じく旅支度を終わらせたアイン、そしてレチタティーボと合流し、ヌヴォラを出る。

 ふと訪れた村、次に訪れた街、そして今、この街も後にする。

 ノルドを出て、一年が経ったというわけでもないのに、ものすごく時間が経って、遠くに来たというような気がする。


「さ、行こうか」


 ミノタウロスの美女が先導する形で、私達は東に向けて出発した。

 ヴェントまでの道は相変わらず舗装はされていなかったが、ミノタウロス達の往来は結構あるのか、草の感じで道は見て分かるくらいになっていた。

 見晴らしも見通しもよく、空気も澄んで歩きやすい道だった。

 効いているのか効いていないのか分からない、ブーツへの私の魔法は、いよいよその効果が怪しく思われるくらいだった。

 日中も夜間も、オンブラどころか獣に襲われることもなく、コレペティタと戦ったことが夢だったのかというくらいに平穏に時は過ぎていった。

 そのおかげで、レッチと色々な話をすることが出来た。


「男一人で、女が二人ってのは、やっぱりケンタウロスって感じよね」


 夜、焚き火を囲みながらレッチが言った。


「ケンタウロスのことを、知っているような口ぶりだな」


 アインが興味を示した。

 考えてみれば、長年ケンタウロスにも、彼らを知る人にも会っていないのだろうから、懐かしさのようなものがあるのかもしれない。


「私も昔からあちこち見て回ってるからね。それこそ、首長になる前は人の国にも行ったし、野でケンタウロスの一団に会ったこともあるわよ」

「アインがいた部族じゃないの?」


 私が問うと、答えたのはアインではなくレッチだった。


「いや、私が出会った中に白い人はいなかったわ。それに、男に対して女が圧倒的に多かったわね」

「ケンタウロスは、男性が生まれにくいのですか?」


 スーの疑問に口を開いたのは、アインだった。


「いや、そんなことはない。俺の部族では、男も女も半々くらいだったように思う」

「それじゃ、あなたの部族は健全だったのね」


 レッチがにやりとした。


「健全、とはどういうことだ」

「だって、その一団は、少ない男が女達の色々な面倒を見てたからね」


 急な話の展開に、私はつい下を向いてしまった。

 色々な、というのはつまり、男女の関係、ということなのだろう。

 なんとなく、知ってはいる、けど……急に話題になるようなことなの?


「それで私は、ケンタウロスってのはそういうものなのかって聞いたの。

 そうしたら、そういう欲求は強い種族で、人によっては種族をたがえて交わるとも言ってたの。

 だからあなた達の男女比を見たとき、私はてっきり……」

「待て、待て!」


 アインが声を張る。

 どういう顔をしているのかは、まだちょっと上を向けないので分からない。


「ケンタウロス全体が、肉欲にまみれているような言い方をするな。

 それに、俺はこのふたりとそういう関係ではない」

「まだ、ってだけかもね。実際、私はその一団の男に誘われたから、本当に種族は問わないんだなぁって思ったもの」


 レッチがクスクス笑う。


「まぁ、私はそういう気になれなくて断っちゃったけど。

 今にして思えば、惜しいことをしたかしら。ケンタウロス、すっかり見なくなったものね」


 ミノタウロスは開放的な心の種族だとは分かっていたつもりだったが、こういう分野にまで開放的なのか。

 ちらっと横目にスーを見ると、耳が真っ赤だ。

 焚き火の明りに照らされて、というわけではなさそうだった。


「確か、アインくんは19だっけ? それで、二人は16? ってことは……」

「話を変えるぞ。まったく、ミノタウロスというのは、貞操観念がないのか」


 ちょっとはあるわよ、と笑って否定するレッチが、アインを誘惑したら、どうなってしまうんだろう。

 アインは応じるんだろうか。

 いやいや、何を考えてるんだ、私は。

 アインが誰とそういう関係を持ったって、私が干渉することじゃない。

 いや、そうじゃなくて、旅をしている仲間が、誰とそういう関係になったって、だ。

 特別にアインが、ということではなくて。

 自分で何を考えているのか分からなくなってきた。


「ちょっとトリルちゃん、聞いてるの?」

「はいっ?」


 聞いていなかった。


「だから、人族が、他の種族とそういう関係になることはあるのか、って話」

「ええと……そういうことは、スーの方が詳しいような」


 私がスーを見ると、スーは目を大きく開いた。


「そういうことって、どういうことですか!

 わ、私にだって知らないことはありますから!」

「なんだか、初々しいねぇ。人族って、みんな、こんなに奥手なのかしらん。

 そうだとしたら、種族が栄えるのはすごく難しそうね」


 結局、年上の女性が、うぶな小娘たちをからかっていただけなのか、それとも本当にケンタウロスはそういう種族で、ミノタウロスは奔放なのだろうか。

 スーがこの話をどういう形で手帳に記録するのか、見てみたいような、見ない方がいいような、複雑な気持ちになってしまった。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


この話を投稿する前のタイミングで、初めてレビューを頂きました。

にやにやが止まりませんでした。

読んでくださっている方、本当にありがとうございます。


それでは、また次のエピソードで。

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