第41話 お似合い
「白毛女」という開放的な店を見つけ、私達は席をとった。
スーは前回の失敗を活かして、量を少なめに、種類を多く、そして出来れば魚が食べたいと伝えたようだ。
私達は先に運ばれてきた石の杯に口をつけた。
とろっとした口当たりで、濃厚な果物をおしつぶしてつくったような感じだった。
「アインの用事って、なんなんだろうね」
私はちびちび飲みながら、スーに呟いた。
スーもちびちび飲みながら、んー、と声を出す。
「武器の新調とか……手入れとかですかね」
「それはないと思うよ。だって、あんまり手入れしてなかったもん」
「それじゃあ……糧秣、食糧でしょうか」
「行き先が決まってないのに、急いで買う必要はないでしょ」
「そうですよね。トリル様は、なんだと思います?」
「そうだなぁ……頑張った私に、感謝の花束!」
自分で言って笑ってしまった。
スーも声を上げて笑う。
「ケンタウロスの方々って、そういう風習はあるんですかね。その、想いを伝えるために花を渡すとか」
「どうなんだろうね。旅をして回る種族だから、花なんて珍しくないだろうし、かといって貴金属なんて縁がないだろうし」
私が言うと、スーが笑った。
「何?」
「いえ、遺跡でお二人が仲違いのようになったときは、正直焦りましたが、事なきを得てよかったな、とあらためて思いまして」
「スーのおかげだよ。ビシッって言ってくれて、すごく嬉しかった。かっこよかったよ」
えへへ、と言いながらスーが頭を掻く。
その顔はどこかあどけなくて、白馬の戦士に強烈な言葉を浴びせた人と同じだとは思えない。
「戻ったぞ」
声がして振り向くと、アインの姿があった。
見たところ、何かを持っている様子はない。
少なくとも、感謝か謝罪の印に花を買ってきたわけではなさそうだ。
「先に飲み物は頂いちゃってたよ」
私はそう言いながら、アインが座る場所をつくるために椅子の位置をずらす。
「それで、用事ってなんだったの?」
アインが、私に向かって手を差し出した。
手の中に何かを握っているらしく、私はその下に両手を広げて待つ。
音も無く私の手の中に下りてきたのは、石だった。
透明で、なめらかで、淡い紫色の丸い石に穴が空いていて、黒い革紐を通してある。
首飾り、だろうか。
「えっと……」
何を言っていいものやら分からず、私はひとまずアインの言葉を待った。
「贈り物だ。謝罪と、感謝の意味で」
私は手の平に乗せられた首飾りをまじまじと見る。
石は角度を変えると模様が変わって見えた。
「それは、ケンタウロスにとって、どういった謂われがあるものなんですか?」
スーが言った。
「石を贈る、というのは、まあ、つまり……感謝など、だな」
アインの顔が赤い。
「私には、なさそうですね」
スーが意地悪く笑う。
「その石は、店主が言うには、ティアドロ、という石なのだそうだ。縁起の良いもので、贈り物に最適だと。意味は分からんが、昔からそういう名で呼ばれているそうだ」
「ティアドロ? もしかして、ティ・アドーロでしょうか?」
スーが驚いた表情を浮かべたかと思うと、直後に、にやりとした。
『ティ・アドーロ』
スーが言い方を変えた。
どうやら『力在る言葉』のようだ。
「なんて意味?」
私が言うと、スーが口をつぐんだままにやにやしている。
「俺も知りたいところだ。店主も、意味は知らないと言っていたからな」
「お教えしてもいいですが、トリル様、受け取ったからにはまずはおつけになりませんか?」
「うん……」
含みのあるスーの笑顔にためらいは覚えながらも、私は首飾りを持ち直し、首の後ろで紐を結んだ。
考えてみれば、首飾りをつけるなんて、人生で初めてかもしれない。
男の人に何かをもらうのは、確実に初めてだ。
「さ、つけたよ」
「とてもお似合いですよ。はい、お似合い、です」
スーが笑う。
「スー、ちゃんと教えてよ」
「はい、ええ、分かりました。でも、トリル様が言葉の意味を知ってから、頂いたものをつけないとか、アイン様もあらためて交換してくるとか、そういうのはなしですよ」
「分かったってば」
「早く言え」
私とアインを交互に見て、ようやくスーが口を開く。
「私の分がなかったのは、正解でしたね。『ティ・アドーロ』の意味は、愛してる、です。古い時代の、愛を伝える文句ですよ。私も文献の中で見たことがある程度でしたが、石の名前として残っているなんて、素敵ですね」
思わず、固まってしまった。
アインの方に視線をやりそうになり、踏みとどまる。
「さて、アイン様もいらっしゃったので、あらためて料理のお願いをしてきますね」
スーはそう言って、軽やかな足取りで受付の方に歩いて行った。
私が横目でアインを見ると、アインも同じように私を見ていた。
「返さなくていい?」
私が言うと、アインは頷いた。
知らなかったのだから、言葉の意味で渡したわけではない。
それは、分かっている。
でも、これをもらって嬉しいと思うのは、私の自由だ。
「意味までは知らなかったが」
アインが言葉を紡ぐ。
「もらっておいてくれ」
私は、小さく頷いて、石を撫でた。
「これを、わざわざ買いに行ってたんだね」
「ヌヴォラの街で、どこに何があるかは知ってはいたからな。ずっと前に、そういった装飾品を扱っている店を覗いたことがあった。だが、そんなものを選んだ経験などなかったから……」
そっか、と私はアインを見た。
一緒に旅をしてきて、アインが苦手にしていることや、うまく出来ないことは、あまりなかった。
スーもそうだ。多くのことをそつなくこなして、本当に頼りになる。
でも、アインがこうして困り顔で買い物をしてくれたり、スーが行き先を見失って慌てる姿をみせてくれたりすると、どういうわけか、頼りになっているとき以上に愛しくなってくる。
この気持ちが、アインに対して、いわゆる男性に抱く気持ちなのかどうかは、正直、分からないけれど……
「大事にする」
消え入りそうな声で呟く。
たぶん、アインには聞こえなかったと思う。
私は、服の下に石をしまった。
これから、肌身離さずつけていようと思う。
「串焼きを先にもらってきました」
スーが大皿を持って戻ってきた。さらには、串に刺さった五匹の焼き魚が載っている。
「こんなのも頂いてきました」
そう言ってスーがテーブルに置いたのは、少し黒ずんだ粒が入った小皿だった。
「何、これ?」
「塩だそうです。北東にナシタ湖という湖があって、そこで採れる塩がこういう色になるんだとか。理由は分かっていないそうなのですが」
私は指先に塩の粒をとって、ひと舐めしてみた。
スーが持っている塩はほんのりと甘い感じがあるが、少し独特な風味があった。ノルドの家で使っていた塩と比べると、クセがあるといってもいいかもしれない。
「湖で塩っていうのも不思議だね。海なら分かるけど、湖って塩水だっけ?」
「大陸の中には、そういう湖もあったな。舐めると塩辛く、枯れ木などを放ると水面に浮いたりしたものだ」
へぇ、と言いながら、私は串焼きの魚に塩を振る。
ひとかじりすると、川魚らしい素朴な味が舌に嬉しい。
アインもスーも、それぞれ手にとって塩を振り、頬張る。
お互いに顔を見合って、その味に満足したことを目で伝え合う。
「そうだ、ちょっと順番が違いましたが、乾杯しましょうか」
「お酒じゃないけど、いいね」
「では、乾杯の発声が必要だな。今回の戦いの功労者が最適だろう」
アインが言うと、二人が私を見た。
以前、鍛冶職人同士の会合で、お父さんが乾杯の挨拶をしていたことを思い出してみる。
確か……
「今日までの歩み、今日の日の成功、そして……」
スーとアインを交互に見る。
二人は、石の杯を持って私に笑いかけている。
「そしてあらためて、今日からの絆に……ねえ、スー。『力在る言葉』で、絆、ってなんていうの?」
「ヴィンクルム、です」
「じゃあ、それで行こう。これから私達が乾杯するときは、それにしよう」
「ヴィンクルム!」
カンッ、と乾いた心地よい音を立てて、私達のグラスはぶつかった。
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