第40話 行先
「ルーラード、みやげだ」
テーブルに腰を落ち着けるやいなや、アインはそう言って、例の棒を手渡した。
先の水晶が失われているとは言え危険ではないか、とスーは懸念したが、それならなおさら、ルーラードさんに調べてもらった方がいいということになった。
「これはいったい、なんだ?」
怪訝そうに見つめる隠者に、私達は事の顛末を伝えた。
もちろん、私はアインのせいで要らぬ心配をさせられておおいに迷惑を被ったという話もした。
予定としては、ヌヴォラに戻ったらパッサージョさんにも言い、機会があればカデンツァさんにも言い、場合によってはモナルキーアに帰ってからも言うつもりだ。
「なるほど、調べる価値はありそうだ。その、黒い水晶とやらは?」
「砕け散った、というより、霧消した、という方が正しいかも知れません」
スーが首を振った。
「となれば、ただ残された杖の方にはさしたる意味はなさそうだな。
スーブレットは、これを国に持ち帰らなくていいのか?」
スーがまた、首を振った。
「宮廷魔術師の仕事の中に、古代文明に関する物はありません。なんとなく、噂程度に各地に遺跡があるらしい、と分かっていたくらいで。ですから、ルーラードさんの方が研究には適していると思います」
ふむ、と頷いて、隠者は杖を本棚に放った。
私達が来たときのように散らかっていったら、あの杖はあっという間にほこりまみれになって見えなくなってしまうだろう。
いつかまた来ることを約束して、私達は小屋を後にした。
別れ際、アインがルーラードさんに、独りよがりの研究にならぬように街の空気を吸った方がいい、と告げていたときは、なんとなく、家族のようなあたたかさがあった気がした。
ヌヴォラの街に戻り、私達はパッサージョさんの館へ向かう。
街を歩いていると、道行く人達に何度も声をかけられた。
「山から戻ったのかい」
「無事でよかったね」
「ルーラードは元気だった?」
道すがら声をかけられるだけで、きちんと答えることは誰にも出来なかったけれど、みんなが、私達が街を出て隠者の所に向かったことを知っていたらしい。
「パッサージョさんが、街の人達に話したんだろうね」
私が苦笑すると、アインが頷いた。
「ルーラードは、自分が思うよりも同族に慕われているのだろうな」
館に着いて、そのことや遺跡での顛末を話すと、パッサージョさんは豪快に笑った。
「いやいや、まさにその通りだ。ルーラードは、昔から周りに慕われていたよ。ただ、彼自身が、人付き合いが苦手で山に引きこもっていると言うだけでね。彼のつくる薬を頼りにしている街の者も多いから」
パッサージョさんはそう言って、言葉を次いだ。
「それで、君たちはこれからどうするんだい?」
私達は、互いの顔を見合わせた。
スーが口を開く。
「まだ決めてはいませんでしたが、カスカータに向かおうかと、私は考えていました」
「カスカータ……水人の国、だよね」
私の言葉に、スーは頷いた。
「チェーロから南東に進めばラーゴ湖があります。その付近に、水人の街の一つフォンテがある、はず、です」
珍しく歯切れの悪いスーに、私もアインも首を傾げる。
「はず、とはどういうことだ?」
「それが……水人の街に、人族が訪れたという公式な記録がないんです」
「でも、オストの街中に、水人っぽい人はいたじゃない。なんていうか、ちょっと小柄で、鱗があって、髪と目が青くって……」
「はい、彼らが人族の街に来ることはあるのですけれど、人族が水人の国に、というのは……」
珍しく肩身の狭そうな様子のスーが、ちょっとかわいらしく見える。
でも、そうも言っていられない。
各地の遺跡を巡るにしても、各地の種族と交流を深めるにしても、街に入れないのでは話にならないだろう。
「なるほど……では、森人達の森はどうだね? ずっとずっと南に行けば、アルベロ大森林が広がっている。その中に彼らの国フィオーレがあると聞くが」
パッサージョさんが助け船を出してくれたが、スーは相変わらず難しい顔をしている。
「スー、まさか……」
「はい、あの……そうです。森人の国に人族が行ったという話も、私は聞いていません」
パッサージョさんも含めた三人の視線が、小さなスーに注がれる。
「で、でも、私、ちゃんと言いましたよ。カステロを出るときに。コリーナだけが好意的で、交流が持てています、って。それは暗に、他の国についてはよく分からない、という意味になるというかなんというか……」
自分でも、意味のない弁明だと分かっているのだろう。
手振りを交えながらスーが言葉を紡いだが、私達はそれぞれにため息をついてしまった。
ミノタウロスの人達が開放的で朗らかだったから、つい忘れてしまっていた。
種族間の交流というのはほとんどないのが当たり前だった。
ふーっ、と息を吐いて、アインが口を開いた。
「雲の形を変えるのは明日の空、だな」
明日は明日の風が吹く、みたいなものか。
「ここでこうして話していても仕方在るまい。今日は戦いの疲れもある。移動の疲れもある。ひとまず宿に戻り、うまいものでも食べて、明日あらためて相談しないか」
私は、賛成、と言って言葉を次ぐ。
「今日は戦いも、その後のことも含めて、色々疲れたもんね」
そう言って私が横目でアインを見てやると、アインは慌てて目を逸らした。
あんまり引きずるのもよくないかもしれないが、今日一日は許されるだろう。
「では、明日の夕方にでも、もう一度うちに来てくれ。ミノタウロスの中には、個人で街を出て渡り歩いている者も多少いる。もしかしたら、どちらかの国に行ったことがある者がいるかもしれないから、少し、みなに話を聞いておくよ」
そう言ってくれたパッサージョさんに感謝を告げて、私達は館を出て宿に行った。
宿では私達の部屋を予約扱いで空けておいてくれて、そのおかげで簡単な手続きで同じ部屋に入ることが出来た。
前と同じように部屋に入り、私とスーは荷物を下ろした。
そしてこれも前と同じように、鎧を含めた武装を解いて、動きやすい格好になる。
「そういえば」
スーがブーツの紐を緩めながら口を開く。
「私、山道を歩いた割に、ほとんど足が疲れていない気がします。これって、トリル様がブーツにかけた活力の魔法が効果を発揮していたということなのでは」
そう言われて、私はブーツを見る。
でも、私の足の裏には結構疲労感が残っていて、出来ればブーツを脱いでサンダルか何かに履き替えたいくらいだ。
「まだちょっと、なんとも言えないかな。スーに体力があるっていうだけかも」
笑いながら私は言って、浴室の方を見た。
「スーは、お風呂どうする?」
「そうですね……汗を流したい気もしますが、まずは何か食べたいです」
照れて頬を赤らめながら、スーがお腹に触れて言う。
「そうしよっか。今日は、前と違うお店に入ってみる?」
「はい。ないとは思いますが、ちょっとお魚の料理が多いところがあったら嬉しいですね」
魚、か。
ケンタウロスは馬を食べない、ミノタウロスは牛を食べない、となると、水人は魚を食べないんだろうか。
でも、別に体の部分が魚になっているわけではないし。
いや、鱗があるし、水かきもあるから、意外と親近感を覚えているかも。
「トリル様?」
「あ、ごめんごめん。なんでもない、ちょっと考え事してた」
「アイン様のことですか?」
急に神妙な面持ちになって、スーが聞く。
あまりにも違うことを考えていたせいで、なんだか申し訳なくなってしまう。
「ううん、水人のことを考えてたの。どんなものを食べてるのかなぁって」
スーが笑う。
「そうでしたか。では、下に行って、あの無骨な戦士殿をお誘いして行きますか」
そうだね、と頷いて、私とスーは部屋を出た。
部屋の戸をたたくと、アインは前と同じように軽装になっていて、出る支度は済ませていた。
「店が決まったら、少し時間をくれ」
「どうして?」
「少し、街の中で済ませたい用がある。関わって、スー、少し俺に路銀を預けてくれないか」
構いませんよ、と言いながら、スーが肩掛け鞄から麻袋を取り出して、ガチャッとアインに手渡した。
結構な金額が入っているのか、アインの手が一瞬沈む。
「そんな袋、持ってたっけ? スーの巾着って、革製の立派なやつだったような……」
「はい。これは、あの遺跡の奥の部屋で見つけたものの一部です」
スーはさらりと言った。
私はぎくりとした。
「ちょ、ちょっと、それってコレペティタが持ってたものってことじゃないの?」
「そうですよ」
「コレペティタって、犯罪者でしょ?」
「そうですよ」
「そのお金って、使っていいお金なの?」
「そうですね……」
スーはじっとアインの手の上にある袋を見つめる。
「本来は、犯罪で得られた財産は没収され、国のものになります。一方、賊の討伐を一般人がした場合、報酬が与えられるのが慣例です。その報酬は、国から直に支払われます。つまり、国の仲介を飛ばしただけで、ここにあるお金は一般人であるトリル様とアイン様が正当に得た報酬という風に見なすことが出来るわけです」
う~ん、と唸りながら話を聞く。
理屈として正しいような、間違っているような。
「帰ってからのその辺の説明は、私がきちんとしますから、ご心配なさらないで大丈夫です。では、アイン様、私達はテラスになっているお店を選んで先に頂いていますから、あまり遅くならない内に合流して下さいね」
半ば強引にアインを行かせて、スーは私の手を引いて店を探し始めた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




