第37話 異形
手勢を失ったコレペティタを、私達三人が囲む。
「投降しなさい」
二刀の内の一本を突きつけて、スーが冷たく言い放つ。
「しかるべき裁きを受けるために」
低く構えてコレペティタが薄く笑う。
手には、私の嘘で手放した黒い錫杖を拾い持っていた。
「捕らえてどこに連れて行こうってのさ。まさか、ミノタウロスの街かい? あんな牛頭の化け物どもに囲まれるなんて、まっぴらだね」
心がざらつく。
牛頭の化け物……この人は、ミノタウロスがどれほど心豊かで温かい人達かを知らない。
知らないものをおとしめるなんて、どういう神経なんだろう。
「では、モナルキーアまで連行して差し上げましょうか」
スーがじりっと進み、さらに剣を近付ける。
「それもごめんだね。どうやらスッドの件でも足がついているようだし、何年も鎖に繋がれるとなっちゃ人生終わったようなもんだろ」
「ならば、ここでその人生を終わらせるがよかろう」
チキ、とアインが剣を鳴らす。
「おっと……怖いねぇ。こりゃあ、八方塞がれちまったってやつかねぇ」
奇妙だった。
コレペティタは、追い詰められている。
追い詰められているのに、焦る様子がない。
何か、余裕があるような感じがする。
「ひとつ、聞きます」
スーが言った。
そして、二刀の内のもう一本で、錫杖を指した。
「あなたの持っている、その錫杖は一体なんなのですか? まるで影を操り、生み出しているように見えました。正直に話すなら、宮廷魔術師の名において減刑を求めることを約束します」
コレペティタの目が変わった。
「なんだい、あんたその年で宮廷魔術師様かい……お貴族様ってわけだ。さぞいい暮らしをしてきたんだろうね、あんたらは」
貴族なのはスーだけだけど、と思いながら、表情には出さない努力をする。
「別に、アタシだって、大それた野心や野望なんざ持っちゃいないさ。ただ、自分の人生のために知恵を絞って努力を重ねてきただけでねぇ。貧乏人から搾取する貴族とも、野の獣を貪る、あんたら馬もどきとも、たいした変わりはないだろう?」
「これ以上の問答は、もはや無用だろう。耳が腐る」
アインが蹄をカツカツ鳴らした。
怒りの表れだということが、なんとなく分かる。
「はっ……いいさ、話してやろうじゃないのさ。この杖は、ある男にもらったんだよ。赤い髪をした、赤い剣を携えた男にさ」
アインの顔は、私の角度からは見えない。
でも、雰囲気が変わった気がした。
赤い髪……まさか、凶刃カストラート?
「そいつが教えてくれたんだ。この、古代の力を蘇らせた杖を持っていれば、影に襲われない。それどころか、影を集めて新たな影を生み出すことが出来るってね」
コレペティタの顔に、何か違和感を覚えた。
でも、それがなぜなのか、はっきり分からない。
「アタシは聞いたよ。どうしてそんなものをくれるんだってね。人族の国をおん出て、街外れに潜んでいた、見るからにおたずね者だったアタシにさぁ」
目が、おかしい。
白目のところが、どんどん黒く染まっているように見える。
「そうしたら、そいつは言ったのさ。「今の世界の理にそぐわぬ者よ、お前こそが正しいのだ」ってね。本来は人族が世界を統治し、大陸を統べるのが正しい姿なんだってさ。それに参するかなんて聞かれれば、断る理由はないだろう?」
バルカロールさんの言葉を思い出す。
カストラートは、人族が至高であるという考えに取り憑かれていたという。
今の話に出てきた人物は、きっと、アインの仇敵だ。
そこまで巡った私の思考は、目の前の不可解な出来事に中断させられた。
コレペティタの目の、白い部分が完全になくなっていたのだから。
全体が黒になってしまった、というよりも、眼窩に暗闇がはめこまれたような、そんな不気味さがあった。
「あぁ、なるほど、力ってのは、こういうことか……随分と時間がかかるもんだねぇ。でも、このまま人生終わっちまうよりは、姿形が変わっても自由を謳歌できるほうがずっとマシだよねぇ……」
コレペティタの口から黒い煙があふれ出した。
肌が青黒く変色し、異臭が漂い始めた。
彼女が手に持っていた錫杖の、先についていた黒い水晶がはじけた。
「ェ、ェ、ェ……」
濁った声が響く。
異様な光景に、私の手は動かない。
スーも、剣を突きつけたまま、後ずさった。
ただ一人、アインだけは違った。
彼は手にしていた剣で、コレペティタだった異形の胸部を貫いた。
「ェェ……」
異形は胸を貫かれたまま膝をついた。
そしてアインは腰の大剣を持ち直し、その刃ではなく腹の部分で、異形をはじき飛ばす。
剛力で異形の体は吹き飛んだ。
アインが、その吹き飛ばした方に二歩歩み出る。
ハッとして、私は剣を構えて同じ方向に向いた。
スーも、同じように二刀を構え直している。
「スー、あれは……?」
「分かりません。少なくとも、私の知識にはありません」
スーの声が固い。
「知らない、ということは、予測できん、ということだな」
アインが大剣を正面に構える。
吹き飛ばされた異形が立ち上がり、私は私の目を疑った。
胸に剣が突き立てられ、何人分もの距離を殴り飛ばされて、生きていられるはずがない。
私が知っている生き物なら。
でも、コレペティタだったものは違った。
立ち上がり、くぼんだ闇の目でこちらを睨んでいる、ような感覚がする。
異形が跳んだ。
一足で私達のところにたどり着く。
「散れっ!!」
私の体はアインに引っ張られて、大きく跳んだように避けた。
アインの太い腕が、私の胴体をがっしり支えている。
「スー!」
「大丈夫です! 行きます!!」
タッ、と踏み込み、スーが双剣を交叉させて振り下ろす。
異形はそれをその腕で受け止め、払って弾く。
スーは払われた勢いのまま体を旋回させ、二刀を異形の胴体に滑り込ませる。
シュンッ、と音が響き、異形の腹から黒いものが噴き出した。
血、なのだろうか。
アインが私から手を離して、駆けた。
両手に手斧を持っている。
一本を投擲し、異形が弾く。
アインはさらに一本を抜き、二本の斧で連続して猛攻をたたき込む。
アインとスーが、二本の斧と二本の剣でそれぞれ異形を攻め立てる。
とてもあの勢いに加わって剣を振れそうにない。
かといって、小型弩の準備をしても、この激しい動きの中で異形だけを射貫くことは出来そうにない。
私は周囲を見渡して、危険が近くにないことを確かめ、言葉を紡いだ。
『トイ、トイ、トイ……』
スーは、命に関わる魔法は使うな、と言った。
でも、あれはどう見ても、命あるものとは言えない。
それなら、目くらまし程度に光を当てることは、精霊も許してくれるはずだ。
『陽精。光れ……』
指を組み、異形の目の辺りに集中する。
あの部分に、直接光を発生させられないか。
『イン・ボッカ・アル・ルーポ!』
キラッ、と光の粒が、私の目の前に生まれてしまった。
うまくいかなかった、と思ったが、それはスッと空中を走り、異形の眼窩にたどり着くと、小さく弾けた。
コレペティタだったそれが、にわかに仰け反る。
同時に、スーが、そしてアインが踏み込み、渾身の一撃をその体にたたきつけた。
頭と体が離れた。
いくつもの致命的な傷を負って、異形は崩れた。
それなのに、どの体の部品も、まだ動いているように見える。
おぞましい、という言葉が頭に浮かんだ。
これは、現実なんだろうか
そんな現実離れした光景の中で、白いケンタウロスはゆっくり異形の頭部に歩いて寄った。
「カストラートについて、もう少し聞きたかったところだが、無駄だろうな」
言いながら、アインは腰の背嚢に手を伸ばした。
取り出したのは、手投げ矢だ。
私が、コレペティタに受けた、あの矢。
「返すぞ」
アインがそれを、切り離された異形の眉間に勢いよく突き刺した。
頭部は黒いもやに包まれ、ちりになって消えていった。
他の体の部品も、同じように消えた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




