第36話 嘘
アインは長剣を構え、お構いなしにその群れに突っ込み、剣を構えている相手も、まだそうでない相手もなぎ倒していく。
真ん中から裂くように割れていった集団の右側に、アインは方向を変えて襲いかかった。
浮き足だった怪物達は、退いて壁の方に下がっていく。
照らされたその姿は、これまでに見てきたオークのものと同じだった。
「アイン、奥!」
白い光に照らされて、奥に姿を見せたのは二体のサイクロプスだった。
その右奥の光景に対して、左側に群がっているのは剣や槍を手にしたオーク達だ。
「やはり、武器を持っている……!」
言いながら、スーが一歩進み出る。
飛びかかってきた一体を難なく切り払い、そのまま一歩進んで払い、一歩進んで斬りつける。
舞うような動きで、黒い集団に切り込んでいったスーに、私も続いた。
スーの二刀からかろうじて逃れた影に、すかさず木目の剣を振り下ろす。
なるべく的確に、力を込めて、せめて苦しまないように。
恐るべき父の剣の切れ味は、頸椎を容赦なく断じていく。
ダァン、と音がした。
瞬時にアインの方を見る。
音は、サイクロプスが崩れ落ちて響いた音だった。
「終わりっ!!」
スーが叫んだ。
三十はいただろう怪物達の群れはあっという間に瓦解し、広間奥にいるコレペティタと、その周囲に群がる数体のオークがいるだけになった。
「これはこれは、勇猛果敢で素晴らしいことだねぇ」
余裕を無くすこともないまま、女は笑って言った。
相変わらず、すぐ側にいる影に襲われることもなく、である。
奇妙な光景だった。
「こいつらをけしかけても、とても敵いそうにないね」
次の瞬間、コレペティタは外套を脱いだ。
右手に、腕の長さほどの錫杖のようなものを持っていた。
先端に、水晶のような透明な球がはめ込まれている。
そして彼女は、左手に持っていた短剣を、すぐ側にいたオークの額に突き立てた。
怪物は背中から倒れ、影になって消えた。
武器を構えたまま驚く私達を傍目に、コレペティタは次々と無抵抗の影達を絶命させていく。
それは最後の一体が倒れるまで続けられた。
私は、突然の出来事に言葉を失ってしまっていた。
「なんのつもりですか。まさか、それで自分の罪が軽くなるとでも?」
スーが口を開いた。
しかし、コレペティタは薄く笑ったままだ。
「まさか、まさかだね。むしろその逆さ。あんた達を確実に殺せる用意をしたんだよ」
コレペティタの杖の水晶が、黒いもやを広げ始めた。
広間に風が巻き始める。
コレペティタが左手の短剣を持ち直し、私達に向かって大きく振る。
私も、スーもアインも、大きく後ろに跳んで間合いをとる。
「これは……影か?」
アインが呟いた。
私達の目の前に、3体の影が形を成した。
私の前に一体、スーの前に一体、そしてアインの前には人馬の姿をした影が現れた。
「聞いた話じゃあ、怪物どもの影を集めて新たな影を生み出すってことだったけど、これだけの怪物の影が集まったんだ。そこそこの強さになったんじゃないのかい」
コレペティタが笑う。
「せいぜい頑張ってみるんだね」
最初に動き出したのは、スーの前に現れた影だった。
床に落ちていた剣を二本拾い上げると、猛然とスーに飛びかかった。
スーはその攻撃を受けながら徐々に後退していく。
アインの方でも、戦いが始まっていた。
敵の影はやはり拾った武器を使い、猛攻を始めた。
距離をとり、近づき、また距離をとっている。
それぞれが、まるで二人自身と戦っているような錯覚を覚える。
それを証明するかのように、私の目の前の影は、錆びた剣を一本拾い上げ、構えたまま、動かない。
受ける剣術だ。
私が、父に教わった。
試しに半歩退くと、敵は半歩近づいた。
横にずれると、敵も呼応してくる。
でも、向こうから仕掛けてくる気配はない。
剣戟の音が響いてくる。
二人とも、激しく打ち合っているようだ。
私の敵は、私が倒すしかない。
ふー、と息を吐く。
勝てる勝負だ、これは。
確信がある。
剣の有利は、絶対的だから。
私は両手で握っていた木目の剣を左に持ちかえ、即座に腰の後ろに手をやった。
小型弩を持ち、相手の胸元に向けて矢を放つ、と同時に二、三歩踏み込んで剣を上げた。
「基本的には剣で受けない方がいい。だが、体勢が崩れたら、次の一刀は受けるしかない」
父に、そう教わった。
敵が私達の模倣をしているというのなら、きっとそう動く。
私が放った一矢を、影は体を翻して避け、私に向かって水平に構えた。
その剣そのものに向けて、私は体重をかけて木目の剣を振り下ろす。
音もなく、錆びた剣を断ち切った。
すかさず力を込めて剣を握り直し、踏みとどまって腰の高さで止め、そこから胸元に直線的に突きを繰り出す。
ズグッ、と鈍い感触が伝わる。
影は、おぼろげになって、そのまま消えた。
奥に立っていたコレペティタの顔つきが険しい。
私をにらみ、短剣を構え直す。
私の目には、彼女の錫杖が映る。
スーは言った。
彼女が魔法を使っているとは思えない、と。
それなら、あの錫杖がこの奇怪な現象を引き起こしているはずだ。
どうにかして、コレペティタの手から、あの錫杖を離させることは出来ないだろうか。
コレペティタ……私に矢を放った……そう言えば、あのとき、彼女は……
「アイン、スー、聞いて!!」
私は出せる限りの大声を張り上げた。
聞こえているかどうか、その余裕があるかどうか、聞こえていたとして私の意図が伝わるかどうかは、分からない。
でも、やる価値はあるはずだ。
『トイ、トイ、トイ!!』
スーに習った通りの発音だ、ここまでは。
「陽精よ! 太陽の使いよ! コレペティタの持つ錫杖を熱し、爆発させたまえ!!」
「なっ……」
「イン・ボッカ・アル・ルーポ!!」
叫びながら、私は彼女の持つ錫杖を指さした。
願い事は、今、私達が使っている言葉で言った。
だから、精霊に届くはずがない。
最後の呪文も、舌も巻いていないし、雑な言い方だ。
そう、ただのはったり、大嘘だ。
でも、コレペティタには、それは分からない。
「このっ……!!」
もくろみ通り、彼女は焦って錫杖を手から離した。
咄嗟にふたりの姿を探す。
ふたりの前の影が、その動きを一瞬止めた。
錫杖による支配が失われたからだろう。
アインが人馬の影に、スーが二刀の影に、それぞれ致命的な一撃を放った。
この作品で、初・予約投稿。
夕方~明朝、体が空いていない可能性があったので……
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




