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第35話 遺跡

 スーとルーラードさんの情報交換が終わったあたりで、私とアインは早い夕食を運んだ。

 私達が、明朝古代遺跡に向かうことや、コレペティタについての話をすると、彼は頷いているのか頷いていないのか、微妙に頭を動かしながら黙って聞いていた。

 食事中は、話が弾んだとは言えない雰囲気だったが、それでもしっかり英気を養うことは出来た。


「では、俺は外で寝る」


 片付けが済んで外に出ようとするアインに、私は声をかけた。


「大丈夫? コレペティタがいる可能性だって……」


 アインは首を横に振った。


「今日は月が明るい。それに、この山の中で物音を立てずに、この小屋に近づくのは、どれほどの手練れでも不可能だ」


 そう言ったアインは、ルーラードさんを見て笑った。

 何か、仕掛けがあるということなのだろう。


「美味い食事だったぞ。ありがとう」


 アインは私の頬に触れて、そのまま出て行った。


「珍しいこともあるものだ」


 ぽつりとルーラードさんが口にしたので、私はじっと彼を見た。

 はたと困ったような表情を浮かべてから、ふう、と息を吐く。


「あのケンタウロスが食事について何か言ったり、ましてや感謝を口にした。信じられん」


 小さな声だったが、速さがそれほどでもなかったのではっきり聞き取れた。

 食事についての感想を口にするのは、今回が初めてではないはずだが、と私は思った。


「アインは、美味しいものを食べるのが好きそうでしたけど」

「そうなのかもしれんな。ここでは毎日、芋と木の実ばかりだったが」


 ルーラードさんが首を振って言う。


「……旅に出る前に比べると、表情も雰囲気も変わったように思う。君たちの影響なのだろう」


 私とスーは互いを見て、くすっと笑った。

 アインが、何か良い影響を受けてくれているのなら、それは私にとって嬉しいことだと思う。

 旅の中で、アインに頼る場面はどうしても多い。

 山を登ってくる際に、手で草を分けてくれていたのはアインだ。

 最初は気付かなかったが、おそらく後続の私達を気づかってしてくれていたのだと思う。

 それ以外の場面でも、彼が先陣を切ったり、警戒してくれているから、無事に旅を続けてこられているのは明白だ。


「トリルといったか。スーブレットの話では、君とアインとの出会いが重要だったとか」

「……分かりません。でも、彼との出会いが、ただの町娘だった私を旅に出させたのは事実です」


 スーは、リブレットの予言については詳しくは語っていないのだろう。

 予言については触れずに、話を進めた方がいい気がした。


「ただの町娘だった? では、君は世界のことを何も知らずに、旅に出たというのかね」


 ルーラードさんに見据えられて、私は言葉に詰まって、ついスーの方を見てしまった。

 スーは苦笑していた。


「ふるさとにあった本で、少しだけ世界のことは学びました。種族のこと、精霊のこと、大陸のこと。でも、どれも本で見ただけで、経験は……」

「いや、知っている、というのは強さだ」


 隠者はぽつりと呟き、続けた。


「知っていれば予測できる。予測できれば対応できる。対応できれば解決できる。

 君が本で得た知識が、役に立つことは多いだろう」


 そう言うと、彼はゆっくり立ち上がり、昼間私とスーが片付けた巻物達をごそごそとひっくり返し始めた。

 そしてその中から小さなひとつを取ると、テーブルの上に広げた。

 そこに書かれているのは、たくさんの木々らしいものと、黒く塗りつぶされた穴のようなものだった。


「これは……?」

「この山の裏の、オンブラ達が沸く場所の見取り図だ。切り立った崖を迂回して下りていくと、崖を彫ったような感じで入口がある」


 スーが私を見てから、ルーラードさんを見る。


「中はオンブラの巣窟になっていると聞きましたが……」

「だから、とても中には入ろうと思えなかった。だから、中がどうなっているのかは分からない。だが、君たちは行くのだろう?」


 彼はくるくると巻物を戻して、私に差し出した。


「中の様子を知らないということは、それだけ危険なことだ。くれぐれも、用心しろ」


 私は両手でそれを受け取る。


「吾輩はこんなことを言う立場ではないだろうが……彼をよろしく頼む」


 それだけ言って、ルーラードさんはさっさと台所の方に歩いて行ってしまった。


「いただいて、いいんでしょうか」


 スーが小さく言う。


「アインを頼む、って言ってたから、そのお礼に、みたいな感じなんじゃないかな。私達の方が、ずっとお世話になっちゃってるのにね」


 不器用で、優しい。

 これまでに出会ってきたミノタウロス達と同じだな、と思った。

 ただ、少し人付き合いが苦手なだけだ。

 私達は二階へ上がり、鎧を脱いで眠りについた。


 朝になって、軽く食事をとり、私達は山の裏側へと進んだ。

 結構な距離を進んで、ようやく、ルーラードさんの巻物の場所とおぼしき所に出ることが出来た。

 教わったとおり、迂回して崖の正面に下りていく。

 入口は、隠者が言っていたように、崖に穴をくり抜いてつくられていた。

 えぐるような形でつくられているため、崖の上から眺めても、木々に隠れて見えなかったのだ。

 くり抜かれた部分は、初めこそ自然の土や石でごつごつとした見た目だが、数十歩ほど先からは、まるで雰囲気が変わっている。

 磨き上げた鉄のような表面だが、まるで錆がない。

 その不思議な素材が山の内側に貼付けられて内壁をなし、それがずっと奥まで続いているようだった。

 建物といっていいのか、その人工の空間は下に傾斜していっているらしく、奥の様子を窺うことは出来なかったが、中からほのかに光は見えた。

 ただ不思議なことに、その光は炎のような揺らぎがまったくなく、ずっと一定の明るさのまま暗闇を照らしていた。


「狭そうだな……」


 アインが呟く。


「使える武器が限られるかもしれませんね」


 スーが頷く。

 アインが愛用している大剣は、使えないかも知れない。

 横に薙ぐ分には問題ないかも知れないが、アインの背の高さを考えると、縦に振ると天井に引っかかってしまいそうだ。


「一列で行く。トリルを挟んで、俺が前、スーが後ろだ。ここから先は動きやすいよう外套は脱いでおけ」


 私とスーは頷いた。

 アインは普段はあまり使っていない長剣を持ち、スーはいつも通り双剣を抜いた。

 私は木目の剣を右手に構える。


「弩は?」

「囲まれたら使い物にならないから」


 アインに問われて、私は答えた。


「一応、矢の装填だけはしておけ。使える武器は多い方がいい」


 私は頷き、言われたとおりにした。


『トイ、トイ、トイ』


 スーが双剣を交叉させ、唱え始めた。


陽精ソルよ。我らの周りに漂い、その前途を守り賜え。イン・ボッカ・アル・ルーポ』


 二本の剣が交わったところから光が放たれ、私達の周囲に光の玉がいくつか浮遊し始めた。


「よし、行くぞ」


 私達はお互いの武器が干渉しない距離を保ちながら、崖の口に歩いて行く。

 鳥の声も、虫の声もなかった。

 風は吹いていたが、緊張のせいか熱を感じない。

 胸がどきどき高鳴っている。

 地面の感触が変わり、下り坂になった。

 下り坂は二十歩ほどでまた水平になり、今度は細い通路が続いている。

 壁は相変わらず美しい金属の光沢をまとっている。

 アインが進み出て、私、スーの順番でそれに続く。

 分かれ道のない、まっすぐな一本道。

 浮遊する光の玉が、周囲を明るく照らす。

 でも、壁に埋め込まれた透明な光の筒が、魔法とは別に光を放っていた。

 どうやら、スーの魔法がなくてもこの中は明るいようだった。


「そこで止まりな」


 聞いたことのある声。

 コレペティタの声が、反響しながら聞こえてくる。

 奥は薄ぼんやりとしてはっきりは見えないが、どうやら通路が途切れて、その先には空間が広がっているらしい。


「そこから少し進めば、こっちは広間になってる。でも、ここはオンブラの巣さ。あんたらが踏み込んだら、一斉に襲いかかられて死んじゃうよぉ」


 楽しそうな、弾んだコレペティタの言葉が聞こえてくる。


「どうしてお前は無事でいられる?」


 アインが言う。


「さぁて、どうしてかねぇ。女ってのは、秘密があるもんだからねぇ」


 ケラケラ笑いながら、コレペティタが言う。


「信用ならん声の響きだ。大方、オンブラの巣というのも嘘で、ただのお前のねぐらだと言うだけだろう。トリルに突き立てた矢の代償を払ってもらうぞ!」


 アインが駆けだした。

 私とスーもそれに続く。


「バカが、やっちまいな!!」


 広間に飛び込んだ私達を、多勢が出迎えた。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


評価、二人目の方からもいただきました。ありがとうございました。

千里の道も一歩から……これからも一人でも多くの方に読んでいただけるよう頑張りつつ、

たった一人の方でも読んでくれているなら最後まで頑張ります。


それでは、また次のエピソードで。

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