第34話 料理
「一人で進める研究には、限界があったということかもしれないな」
アインが呆れたような顔でルーラードさんに言う。
「歴史に残る大発見だと思ったのだが……」
小柄なミノタウロスの隠者は、見るからに意気消沈して肩を落としていた。
「で、でも、これを自力で発見したというのは素晴らしいことですよ」
スーが言う。
「人族の中で、土精の声を聞いた者はこれまでにほとんどいないので、土によって声を聞けるということに異を唱える人もいたくらいですから。ミノタウロスのあなたが声を聞いたということは、この説が立証されたということに他なりません。ルーラードさんが、精霊の声を聴ける人物だ分かったということも喜ばしいことですし」
スーの鼻息が荒い。
「ルーラード、他に何か、発見と呼べるものはないのか?」
アインに促されるも、ルーラードさんは本を手繰ってうーんうーんと唸るばかりだ。
渾身の発見だと思ったものが肩すかしを食ってしまったのだから、無理もない。
「スーは何かないの? ルーラードさんの研究に役立ちそうな魔法の知識は」
「む……」
ルーラードさんの耳がピクンと上に向いたのが、フード越しにでも分かった。
「そうですね……では、私が宮廷で調べていた、『力在る言葉』の繋げ方についてわかったことをいくつか」
スーが手帳を開いて話し始めたので、私は立ち上がって台所の方に向かった。
「どうした?」
「私だけ手持無沙汰だし、料理でもしようかな、って」
そう言って、私は台所に行った。
とても片付いているとは言えない惨状だったが、一応かまどは使えそうな状態だった。
どうにか作業が出来そうな状態にしていく。
「火打ちは上だ」
不意に声がして見上げると、アインがいた。
「アイン。せっかくなんだから、ルーラードさんと一緒にいなよ」
私の言葉に、アインは苦笑した。
「もはや、あの二人が何を話しているのか分からん。どうやら、ルーラードの研究の中には、スーにとって有益なものもあったようだが、どうにも、俺には魔法を使う素養はないようだ。それに、ルーラードの身の安全が確認できただけで俺としては十分だからな」
そっか、と答えて、私はそれ以上何も言わなかった。
アインにはアインなりに、いろいろな思いがあるのだろう。
もしかしたら、カストラートを打ち倒して、復讐を遂げたら、あらためてルーラードさんに対して家族の情のようなものを感じたりするのかもしれない。
棚を見ると、クーラの実や何種類かの芋が無造作に並んでいた。
とりあえずかまどに火をつける。
ナイフは、と探すと、思った通り、あるにはあったがギザギザで、長い間研がれていない状態だ。
「アイン、砥石持ってる?」
「ああ」
そう言ってアインは私に、私の手のひらに乗るくらいの砥石を置いた。
「……あんまり使ってないでしょ、これ」
アインは何も言わない。
こういう場合、沈黙がそのまま答えだ。
「まぁ、それだけ武器を何種類も持ち歩いていたら、研ぐのも大変だろうけど……今度、手伝ってあげるね」
そう言って私は、小屋にあった小さなナイフを研ぎ始めた。
表を研ぎ、裏を研いで、また表を研ぐ。
そこそこの切れ味を取り戻すだけでいいのだが、最初の状態が悪いので時間がかかる。
「刃の手入れとは、そんなに時間をかけるものなのか」
「まぁ、こまめにやってれば、こんなにはしなくていいんだけどね。」
シャッ、シャッと刃を走らせながら私は言う。
「でも、アインの武器はどれも大きいから、この小さい砥石だと難しいね。ノルドに帰ったら、お父さんに研いでもらおうか」
父の工房には、大きな槍や斧、剣を研ぎあげるための特殊な器具がある。
時間もそれほどかからないし、仕上がりも完璧だ。
「ノルド……トリルの生まれ育った街か」
「うん。ミノタウロスの人たちがつくる料理ほど美味しいものはないかもしれないけど……あ、でも、魚は新鮮なものばかりで、負けてないかも。そういえば、こっちにきてから魚料理ってほとんど食べてないもんね」
チェーロでもヌヴォラでも、川で掬ったような小魚は見かけたが、何か調味料のような扱いをされているようで、それがメインとなっている料理は見かけなかった。
私は研ぎを終えて、クーラの実の皮を剥き始めた。
「お皿、ある?」
アインは大きめの木の器を取り出してくれたが、ほこりっぽい。
「ざっと流して、そこに置いておいて。このお芋って、食べられるお芋?」
「それが蜜芋だ。灰につっこんで熱すれば食べられる」
「これがそうかぁ。じゃあ、炒めてみたらトロトロの蜜掛けみたいにならないかな……このお鍋って、普段は何に使ってた?」
「俺が肉を焼いていた。ルーラードは使っていないと思う」
それじゃあ、脂はしみ込んでいるだろう。
私は芋の皮を剥き、小さめに切って鉄鍋に放りこんだ。
じゅうじゅうと熱されて、鍋の中は思った通り蜜があふれて芋が浸されたような状態になった。
アインがまじまじと鉄鍋の様子を見ているので、私は不思議に思って口を開いた。
「どうしたの?」
「いや、手際よいものだと思って見とれていた」
そうかな、と言いながら、私はまんざらでもない気になっていた。
ノルドで嫌々言いながら家族の食事の準備を担ってきた甲斐があったというものだ。
「野営の料理はスーに負けるけど、台所で料理したら私だってそれなりでしょ?」
「それなりどころか、感心しきりだ」
ぐぐっとアインが身をかがめるように体を下げたので、アインの顔が私の顔に近づいた。
どきりとしてしまう。
「こ、こんなもんかな……器、ある?」
今度は、アインは大きな木の器をさっと水で流してから私に渡した。
私はその中に、とろとろになった芋を流し込んでいく。
なんの調味料も入れていないが、あの蜜の甘さだけで十分すぎるほどの味付けになるだろう。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




