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第32話 小屋

「先程はすみませんでした、つい……」


 途中で小休止をとることになり、開口一番、スーが言った。


「何が、つい、よ。ケンタウロスが虫なんて食べないって、知ってたんでしょ」


 少し開けた所に切り株があったので、私とスーは腰を下ろして水筒の水を飲んだ。

 暑くて仕方ない、というほどの気温ではないし、木陰ばかりで涼しかったが、流れた汗の分、喉を過ぎる水は美味しかった。


「先日、アイン様と買い出しに行った際に、アイン様がお聞きになったんです。そういえば人族は虫を食べたりするのか、と。それで私が、食べませんよ、ケンタウロスはどうですかと聞いたら、そんなことはしないとおっしゃっていたので。きっと、あのときにトリル様をからかうことはお決めになっていたのではないかと」


 必死に弁明するスーを、私はわざとにらむ表情をつくって見た。


「だったら、途中で教えてくれればよかったじゃない。絶対楽しんでたでしょ」

「それは、まぁ……邪魔をしてはいけないかな、と」


 頭を掻きながら話すスーから、澄ました顔でどこかを見ているケンタウロスに視線を移す。


「悪いことしちゃったって、ほんとに思ったんだからね」


 口を尖らせる私を見て、アインが笑う。


「はは、すまなかったな。お前と話していると、つい、からかいたくなってしまう」

「何がつい、よ。いつか絶対仕返ししてやるんだから」


 私がさらにむくれると、アインは、そう言うな、と言って私に何かを差し出した。

 掌に載せられたのは、白くて丸い、小さな塊だった。


「なぁに、これ?」


 指でつまんでみる。

 肌に吸い付くような白い球体は、なんとなく食べ物のように見えた。


「飴だ。ミノタウロス達が育てている牛のミルクや砂糖、それに薬草などを混ぜあわせてつくる菓子で、疲れをとってくれる」


 アインの説明を聞き終えて、私はそれをじっと見つめてから、口を開く。


「……ほんとに?」


 にらむ私に、アインが頬を掻く。


「それは、本当だ。それなりの物だから、それで許してくれ」


 ちらっとスーを見ると、困り顔で頷いた。


「まったくもう。これからうそつき女と戦うっていうのに、その前に仲間内で騙しあってどうするのよ、ほんとに……」


 やれやれと思いながら飴玉を口に放ると、口いっぱいに甘さがじゅわんと広がる。

 歩き通しだったから、甘さが体にしみ込んでいくような心地がした。


「甘ぁい……ノルドにも菓子の類はあったけど、ミノタウロスのつくるもののほうが全体的に美味しい気がするよねぇ」


 思わず笑顔になってしまう。


「本当は、ルーラードのところでまずいものを食わされたときの口直しとして用意していた物だったが、まあいいだろう」


 もうないの、と聞くと、アインは乳白色の石瓶を見せてふたを開く。


「あることはあるが、多くはないな」


 貴重なものを譲ってくれるということは、まあ、一応やりすぎたとは思っているのだろうか。

 なんだか食べ物につられる安い女になってしまったようで釈然としない部分はあるが、この飴のおいしさに免じてよしとしておこう。


「休憩ついでに確認というか相談しておきたいんだけど」


 私は口の中で飴をころころ言わせながら言葉を紡いだ。


「ふたりは、コレペティタと戦うとしたら、どんなふうに戦うの?」


 私はアインをじっと見る。


「俺か。俺は、そうだな……場所が広ければ、手斧を投げて牽制し、走って近づいて斬る。間合いが詰まってしまえば、大剣を捨てて長剣か格闘に持ち込むだろうな。人族の女に後れを取るとは思えん」


 なるほど、想像するに、かなり現実的な気がした。

 この巨体が斧を投げ飛ばしながら自分に駆け寄ってくる画を思い浮かべると、なかなかの絶望感だ。


「狭い場所なら?」

「多少の手傷は覚悟の上で、長剣を二本構えて刺突を狙うだろうな」


 私は、ふむ、と頷いてスーに目を移した。


「スーは?」

「私の場合は、アイン様ほど戦い方に変化はありませんよ。いつも通り、二刀を構えて間合いを詰めて、切り刻むだけです。暗器の類は警戒が必要ですが、腕の動きにさえ気を付ければ軌道を読むのはたやすいです」


 ふむふむと頷きながら、参考になる部分を頭に入れておく。

 手投げ矢の軌道は、腕の動きで確かに分かりそうなものだ。

 前に一矢食らってしまったのは、外套による目くらましがあったからだが、逆に言えば目くらましをしてきたときは大きく移動してしまえばいいのかもしれない。


「トリル様は、どうですか?」

「それが想像できないから、ふたりの話を聞いて参考にしようと思ったんだけど。とりあえず、初手は小型弩で一発、その後は間合いを詰めて剣で勝負、かなぁ。スーじゃないけど、私にできることっていったらそれくらいだし」


 アインがふっと笑って私を見る。


「無理をする必要はない。旅の中では、それぞれに役割があるものだ。お前は自分の身を守り、その間に俺が敵を討つ。それでよかろう。さぁ、そろそろ行くぞ。ルーラードの所まで、あと少しだ」


 アインの声で立ち上がり、私たちはまた進み始めた。

 ケンタウロスの足でもう少し、と言われても距離はそこそこあるだろうな、と思っていたが、小屋が見えたのは本当に歩き出してすぐのことだった。

 石の外壁に、木の板でつくった簡素な屋根をのせている小屋が見える。

 小さな煙突もあり、そこから煙が見えているということは、ミノタウロスの隠者は在宅だということだろう。

 心なしか私たちは足早になって、小屋までの残りの道をどんどん進んでいった。

 小屋の入り口の前で、アインを先頭に私たちは立ち止まった。

 ふぅ、と息を吐いて、アインがドアを開く。

 ミノタウロスのためにか、ケンタウロスのためにか、私とスーが縦に並んでも入ってしまいそうな高い扉だ。


「ルーラード」


 アインが声をかけると、奥に座っていたミノタウロスが椅子から立ち上がり、こちらの方に向き直った。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。

平日なのに2回目の投稿をしてしまったのは、

初めての評価をようやく頂けて高ぶってしまったからなのか、

それともこの投稿によって10万文字の大台に乗るからなのか、

はてさて。


それでは、また次のエピソードで。

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