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第31話 山道

「モンテ山に入る道はいくつかあるが、ルーラードの小屋に続く道で最短のものを使う」


 「羊飼いの王様」で、アインがカリカリに揚げられた甘いパンをかじりながら言った。


「時間は、どれくらいかかるの?」

「今はまだ朝も早いから、昼過ぎには到着するだろうと思う。そしてその時間帯は、ルーラードも小屋の中にいるはずだ。昼より前は、思索と称して留守にしていることが多いがな」


 私は木の杯を口に運んだ。

 甘酸っぱい味が口に広がる。


「それよりも、足の傷はもういいんだな」


 もう何度目かになる質問に、私は苦笑した。


「大丈夫。昨日一日休ませてもらったおかげで、痛みは引いたし、血も止まった。問題ないよ」


 そう言いながら、私はぱしぱしと足を軽く叩いて見せた。


「今度は不覚を取って迷惑かけたりしないから」


 そうか、と鼻から息を吐くアインが、まぁ、と口を次ぐ。


「次に戦うときは、俺がいる。お前が危険な目にあうよりも早く、その女は絶命している」

「絶命って……なんていうか、その、殺すの?」


 アインが目を大きくして首を傾げる。


「戦うというのは、そういうことだろう。ましてや傷を負わせられた相手に、何を手心を加える必要があるというのだ」


 私は困ってスーを見る。

 てっきり、とっ捕まえて騎士団に突き出す、というような流れを思い描いていたからだ。


「本来は拘束してモナルキーアで裁判にかけたいところですが、ここは遠方の地ですし、迷惑を被っているのはミノタウロスの皆さんです。彼らに突き出すか、もしくは……といったところでしょうか」


 怪物を殺すことにすらまだ慣れたとは言えない状態なのに、人の命を奪うのか、と少し気が滅入る。

 悪人だから殺しても構わない、とは割り切れそうにない。

 私の気持ちを察したのか、アインが口を開いた。


「まぁ、腕なり足なりを斬って、拘束してしまえば十分だろう。何も命を奪うことを目的にしているわけではない」


 だが、向こうは殺しても構わないと思ってかかってくるが、と私を見る。


「前回は毒ではなく嘘を用いていたが、今度は使っていないと嘯いて毒を塗っている可能性だってある。迷ったら死ぬぞ」


 鋭く見据えられて、私は何も言えなくなってしまった。

 反論の余地がない。


「解毒の水薬は手に入ったが、これが確実に効くとも限らん。相手の出方次第だが、殺める覚悟はしておいたほうがいい」


 私はゆっくり頷いた。


「一緒に背負ってやるから」


 そう言って、アインが静かに笑った。

 心に満ちる表情だった。

 勇気をくれる。


「罪人は切り捨て御免ですし、そもそもトリル様に矢を当てた時点で死罪確定です」


 スーが言う。


「予言に謳われた紫眼の乙女に何かあったらどうするんですか、まったく」


 憤然とするスーを見ると、彼女は何の迷いもなくコレペティタの首をはねるだろうという気がした。もしかしたら、そういう経験もあるのかもしれない。


「何にせよ、モンテ山に向かうとしましょう。道中でオンブラに出会わないことを祈りながら」


 スーの言葉に、私とアインは頷いた。


 食堂を出た私達は、ヌヴォロの北から出て、道とも言えない道を進む。

 二日ぶりにまとう鎧は、それほど重く感じない。

 それなりに着慣れてきたと言うことなのだろう。

 足の痛みもなかった。

 アインが蹄を鳴らして先頭を進み、私とスーが横並びになってそれに続く。


「そういえば、どう?」


 私は期待を込めてスーに尋ねた。


「もう少し時間が経たないと、なんとも言えませんね。でも、父は曲がりなりにも宮廷魔術師の長ですから、いきなりあんな高度な魔法を使って効果が出なくても、落ち込んだりしないで下さいね」


 そうだよね、と笑いながら、私は自分のブーツを見て、スーのブーツを見る。

 一日暇になった私は、魔法の技術を高められないかと考え、インテルメッツォさんが旅立ちの際にかけてくれた、活力付与の魔法をブーツにかけてみたのである。

 彼の魔法は三日近くも効果を保っていたが、自分の魔法はどうだろうかという期待があった。

 もちろんいきなり三日も残るとは思っていないが、せめてルーラードさんの小屋にたどり着くまでの半日、疲れを足に感じさせずに行くことができたら、これからの旅でも活用できそうだ。


「命に関わる魔法はどれも危ないってことは、物にかける分には大体大丈夫ってことだもんね」


 私が言うと、スーは苦笑した。


「あまり短絡的に考えるのも危険があるのですが……学びは急ぐと穴が増えます。急がないで下さいね」

「自分の蹄で腹を打つ、だな」


 前を進むアインが笑う。

 どういう意味の言い回しなのか、分からなかった。

 焦って失敗する、という意味合いだろうか。

 そんな話をしながら歩みは留まることなく進み、傾斜を含んだ道になって私達はさらに進む。

 道は細くなり、左右の植物も繁茂してきた。

 鳥の声が響き、虫が飛び交って時折顔に当たる。


「あっ」


 思わず声が出てしまった。


「何かありましたか?」


 後ろを歩いていたスーが心配そうな声を上げる。


「ううん、ちょっと珍しくて。ほら」


 私は、視界に入った真っ赤なバッタを指さした。

 触覚から足の先に至るまで、全身が真っ赤だ。


「赤いですね……」


 スーも足を止めてまじまじと見つめる。


「触るなよ」


 伸ばしかけていたスーの手が止まる。

 アインが後ろを向いて、バッタを注視している。


「反撃されるぞ」

「反撃って……凶暴なの?」


 私が問うと、アインは小さく首を振った。


「基本的にはおとなしい。だが、身の危険を感じると、口から体液を噴射してくる」


 私もスーも、思わず後ずさってしまう。


「まさか、毒とか?」


 アインが笑う。


「そんなに大それたものじゃない。だが、ひどく臭う。悪食で動物の排泄物でも食うからだと聞いたことがあるか、本当かどうかは知らん」


 さ、行くぞと言ってアインはまた山道を歩き始めた。

 私とスーはお互いの顔を見合って苦笑し、またアインに続いた。

 それからも初めて見る虫や花、木の形を見てはへぇほぉと感心するのだが、どれもこれもアインが解説をしてくれるので、面白かった。

 多くの場合、足を止め始めるのは私なのだが、質問を重ねるのはスーだった。


「用途はありますか?」

「効能はなんですか?」


 植物や花に興味があるのは私もそうだったので説明も聞いていたのだが、アインのある一言で私は固まってしまった。


「その虫は食えるやつだ」


 えっ、と思って振り返って見ると、スーは首を傾げていた。

 ケンタウロスは、虫も食べるのだろうか。

 ここまで旅をしてきてそんな様子は一度も見なかった気がするが、ただ見ていないだけだったのだろうか。私達に遠慮していただけということもあるかもしれない。

 旅の途中で、それしか食べるものがないとなったら食べざるをえないのかもしれないが、個人的には、極力、そういう窮地に至りたくない。

 アインがそれ以上何も言おうとしないので、私はおそるおそる口を開く。


「聞かない方がいいかもしれないけど、アイン」


 どうした、と歩きながら応えるアインに、私は意を決して尋ねてみることにした。


「ケンタウロスって、食べるの? その、虫とか」

「どうだと思う?」


 しまった。

 失礼なことを聞いてしまったんだろうか。

 アインの顔が見えれば、表情から答えを察することが出来るのに、今は歩きながら話しているせいでそれも出来ない。

 どう返すのが正解なんだろう。

 でも、あまり考え込んでもそれはそれで礼を欠いている気もするし。


「食べない、と思う。というか、いや、その、アインが虫を食べるのが好きだっていうなら、私は別に止めたりしないし、それがケンタウロスの流儀だっていうなら否定する何者もないけど……」


 少し早口になりながら、私は言った。


「そうか……虫を食べるというのは、トリルにとっては望ましくないことなのだな」


 しまった。

 種族が違えば食べるものが違って当たり前だ。

 慣れてきてしまっていたけど、アインはケンタウロスで、私は人族だ。

 食べるものを否定されて、気分がいいはずがない。


「ごめん……望ましくないなんて、そんなことないけど、ちょっと、私は、虫を食べるっていう習慣がなかったから」


 私が言うと、アインが振り返った。

 笑っていた。


「そんな習慣は、ケンタウロスにもない」


 それだけ言って、アインはまたスタスタと歩き始めた。

 どういうことかと振り返ってスーを見ると、下を向いているが肩が揺れている。

 笑ってる。

 さてはこいつ、知ってて黙ってたな。

 私は鼻息を荒くして、前を歩く白いでかいのについていった。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。

31話にしてようやく評価を頂けました。ありがとうございました。頑張ります。

ブックマークし続けてくれている方も、ありがとうございます。必ず最後まで書きます。


それでは、また次のエピソードで。

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