第29話 訪問
アインがグラスを持ち、ぐっとあおった。
彼がこんなに長く話をしたのは、たぶん初めてのことだ。
少なくともルーラードさんと長い時間語り合うことはなかったのだろうし、私たちと旅をしている間も、こんなに話を聞いた場面はなかった。
「あらためて話してみると、あっという間の十年だった気がするな」
アインが苦笑した。
孤独と言っても差し支えないような生活を、ただひたすら自分の強さを高めることだけに費やして、十年。
目の前の銀髪の戦士の、青い瞳の奥深さの理由が、分かった気がした。
「ルーラードさんのお話を、ぜひ聞いてみたいですね」
スーが口を開いた。
「ミノタウロスの隠者が、どういった研究をしているのか、おおいに興味があります。それに、そもそもなぜ彼が魔法の研究をしようと思ったのか。私のもっている魔法の知識の中に、彼にとって有益なものもあるはずですし、交流は有意義なものになると思います。伺ってみませんか」
アインは頷いた。
「彼のところに行くのは、やぶさかではない。話していて、やはり心配な思いが沸き上がってきたのは事実だしな。ただ、前にも言ったが彼は山中を知り尽くしていて、隠者と言っても身は軽い。ほらふきの盗賊まがいに後れを取ることはない」
笑って言うアインの顔は穏やかで、ルーラードさんに対する信頼の情のようなものが見えた気がした。
「それじゃ、明日はまず、首長のパッサージョさんのところに顔を出す。そこで聞けるなら、古代遺跡の場所を聞く。それを聞けたとしても、まずはモンテ山に向かって、ルーラードさんに会いに行く。そんな流れかな?」
私が言うと、二人は頷いたが、スーがすぐに手を挙げた。
「ひとつだけ、進言します。モンテ山に向かうのは、一日休みを挟んでからにしましょう」
「どうして?」
スーの目つきが鋭くなった。
「その足で山登りをするおつもりですか?」
う、と私が言葉に詰まると、アインも口を開く。
「そうだな。コレペティタがどこに潜んでいるかも分からない状態で、先を急ぐ必要もないだろう。一度回復する時間をとり、それから向かうとしよう」
休んでいるうちに被害が出たら……という考えが頭をよぎる。
しかし、不完全な状態で強行軍に及んだとして、ふたりに迷惑をかける結果を招く可能性も高い気がした。
万全な状態であっても足手まといになりかねないのに、余計な心配を増やすのは避けるべきだろう。
「……うん、わかった。それじゃあ、明日はパッサージョさんのところに行って話を聞く。一日休んで、そのあとモンテ山に向かおう」
「傷の具合次第ですけどね。良くならないようなら、休みを延長しますから」
スーがすまして言う。
「怪我というのは放っておけば勝手に治るというものではありませんよ」
「そうだな。傷を負わない力量をもつのが一番だが、傷の処置について理解していることも戦士としては重要な技量のひとつだ」
先輩方にこうまで言われては反論の余地もない。
私はふたりに感謝を伝えて、大皿の料理を口に運んだ。
それからゆっくり食事を楽しんで、私たちは宿に戻った。
アインにおやすみを伝えて、私とスーは部屋に向かった。
今日はゆっくり眠れそうですね、とスーが言い、私は同意した。
ベッドに横になり、目をつぶりながら、アインの話を思い出す。
月にかかったという紫色の輪。
私の、それと同じ色の瞳。
リブレットの予言。
ケンタウロスの月の伝説。
世界中のいろいろなものが、不思議なつながりをもっている。
英雄サルヴァトーレの伝説もそうだ。
古代遺跡の探索でも、そういうつながりを見つけられたりしないだろうか。
そんなことを考えているうちに、私はまどろみ、やがて眠ってしまったらしかった。
翌朝、私たちは宿の人に聞いて、パッサージョさんの館を訪れた。
館といってもスーの実家のような大きなところではなく、ミノタウロスの建物にしては大きく、きちんと客間もあって整っている、というくらいのものだった。
「ようこそ、お客人方」
そう言って出迎えてくれたのは、真っ黒い毛並みに、短い下向きの角をもった、屈強なミノタウロスだった。
一方で、垂れ下がる耳にいくつも飾りをつけていて、首飾りもつけている。
おしゃれな人だな、と思った。
「私がヌヴォラで首長をしているパッサージョだ。もっとも、カデンツァと同じように、ただ皆の意見を聞いてまとめる役というだけで、上下関係があるわけではないのだがね」
パッサージョさんはそう言って豪快に笑った。
これまでに会ったミノタウロスの中で、一番剛毅な雰囲気をもっている人だ。
体つきも筋骨隆々で、見るからに強そうだ。
「チェーラから来た連中から、話は聞いているよ。君たちは古代遺跡の調査をしたいと考えているんだったね」
私は頷いた。
「それがどういった意味をもつのか、正直、私たちにもよく分かっていません。ただ、各地の遺跡を巡ってみて、分かることがあるのではないか、と考えているくらいで」
パッサージョさんは小さく頷いた。
「好奇心があることは悪いことではないね。そちらの、アインくんだったかな。君と暮らしていたルーラードなども、まさに好奇心の塊だったろう」
「彼を知っているのか」
笑うパッサージョさんに、アインは驚いて返した。
「もちろんだ。なにせ彼はこの街の出身で、小さいころから変わり者で有名だったからね。食べてはならないという草も、実際に食べてみなければわからないといって腹を下すし、ミノタウロスには土精の魔法しか使えないと言われているのに水精の魔法で泥を生み出すし、愉快な男だよ。好奇心が服を着て歩いているような者だ」
私は思わずスーを見た。
その視線の意味が分かったらしく、スーは少し恥ずかしそうな表情になって頬を搔いた。
「ちなみに私も少なからず好奇心はもっていてね。よければ、君たちが古代遺跡に求めるものがなんなのか、教えてもらってもいいかな」
そういったパッサージョさんの目が、少し変わった気がした。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




