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第27話 蜜芋

 お風呂から上がり、柔布で体を拭いて服を着る。

 街中で危険はないだろうということで、スーと同じように軽装をまとった。

 久しぶりに鎧や鎧下を着込んでいないので、体がとても軽い。

 ただ、ブーツだけは別の準備がないので、きつく締めないで履いた。

 鏡に向かって身支度をしている私を、スーが見つめているのに気がついた。


「どうかした?」


 私が聞くと、スーはハッとした表情になったが、また私を見つめ、それから口を開いた。


「トリル様の髪、綺麗だなぁ、と思いまして」


「初めて言われた。カステロだと、黒髪が珍しいの?」


 私が笑うと、スーは首を振った。


「そういうわけではありませんが、どこか青みがかっている黒というか……」


 ああ、と私は言った。


「そうだね、うちはみんなこういう黒だから。父も母も、こんな黒。目の色が二人と違うから、私って本当にこの家の子なのかなぁ、なんて考えた時期もあったかな」


 スーが笑う。


「目の色こそ違えど、目の形や雰囲気は、トリル様のご両親ととても似ていらっしゃいましたよ」


 あらためて言われると、少し恥ずかしくなる。

 そう言えば、二人はとっくにノルドに帰っているはずだ。

 店の心配はないとしても、元気でやっているだろうか。

 娘が矢傷を負ったなどと知ったら、母は卒倒して父は激昂するかもしれない。

 そういえば、と思い当たった。


「スーのご家族は、インテルメッツォさんと……?」

「母が健在です。王立図書館の司書の一人です」


 王立図書館、と聞いて私の心がざわめいた。


「王立図書館。やっぱり、たくさん本があるの?」


 スーが深く頷く。


「それはもう。私も好きな場所です、王立図書館。宮廷魔術師団に所属しているおかげで、禁書棚のものも閲覧できますし。」

「そういえば、王都に行ったら寄りたいところの一つが王立図書館だったんだよなぁ。話がどんどん進んじゃって、とても見に行ける流れじゃなかったし」


 スーがこくこく頷く。


「本当、そうでしたね。私も、母にろくに話もせずに出てきていますし」

「今頃心配してるんじゃない?」


 私の言葉に、スーは苦笑した。


「騎士団にもくっついてあちこち飛び回って、随分前に呆れられてしまっていますから。旅の中で伴侶を見つけて帰るくらいのことが無い限りは、もう驚いてもくれないでしょうね」

「うちの場合は、伴侶なんか見つけて帰った日には、お父さんが金槌振り回して暴れ回りそう」


 ふたりで声を合わせて笑う。


「あ、でも……」


 スーが言葉を紡ぐ。


「トリル様には、既にアイン様がいらっしゃいますけど」


 真面目な顔で見つめられ、私は顔が熱くなった。


「あのさ、スー。別に、私とアインは予言に記されてたっていうだけで、そういう……」

「どういう?」

「だから……」

「好意はまったくない、と?」

「そうは言ってないけど……」

「やはり好意がある、と?」

「よし、ご飯を食べに行こう!」


 私は立ち上がり、扉に向かった。

 立った拍子に左腿が少し傷んだ。


「そうですね、アイン様も待っているでしょうし」


 トリル様が来るのを、とにやにやして言うスーを、私は無視してやった。

 アインを部屋に迎えに行くと、しっかり体を洗って身支度を終わらせていたようで、扉を開けた瞬間石鹸の香りが漂ってきた。


「思ったより早かったな」


 銀髪に青い瞳はいつもどおりだが、私やスーと同じように鎧を着ないで軽装だった。

 胸がはだけていて、筋肉質な胸板が覗いている。

 見慣れない姿に、私はつい目を逸らしてしまった。

 さっきスーが余計なことを言ったせいで、妙にアインが男性であるということを意識してしまう。


「場所は?」

「宿に着く前に、いくつかお店があることを見てきましたから、適当に入ってみましょう」


 スーに従って、私達は大通りに出た。

 通りは結構賑わっていて、あちこちをミノタウロスの集団が闊歩している。

 なんとなく、チェーロよりも人口が多そうな気がした。


「あそこはどう? あの「羊飼いの王様」っていうお店」


 私は目に入った看板を指さした。

 中からたくさんの笑い声が聞こえてきているから、人気の店なのだろう。


「特段当てがあるわけでもない。そこにしよう」


 アインが言うと、スーも同意して、私たちは看板に王冠を掲げたそのお店に入った。

 中は老若男女のミノタウロスで賑わっていて、香ばしいにおいが立ち込めていた。

 せっかく石鹸で体をきれいにしたけれど、部屋に戻ったらおいしい香りが体についてしまっていそうだ。


「私が適当に注文をしてきますから、お二人は席についていてください」


 スーが軽やかな足取りで注文受付に向かい、私とアインは店の端の大きなテーブルを確保した。

 他のお客さんたちが、私達を見ながら話をしているのが目に入る。


「見られてるね」


 私の言葉にアインが頷く。


「それはそうだろう。ケンタウロスが珍しいことはそうだろうが、この街では人族も十分珍しい」


 言われてみればそうだ。

 ノルドに居たころに、食堂にミノタウロスが姿を見せたらその場にいた全員がぎょっとしてそっちを見ていたはずだ。

 受付にいるスーを見ると、しきりに周りに話しかけられている。


「見てみて。スーがたくさん絡まれちゃってる」


 私は笑う。

 スーも困った様子ではなく、恥ずかしがったり笑顔になったり、明るい雰囲気だ。


「ミノタウロスは、どこの街でも村でも、おおらかで開放的だな」


 アインの言葉に、私は笑って頷いた。

 注文が終わったらしいスーは、テーブルにたどり着くまでにも何度も話しかけられ、その都度笑顔で応対している。


「アイン様のせいで大変でした」


 座りながらスーが笑って言った。


「俺の?」

「ええ。あの白いケンタウロスは知り合いか、どういう関係なんだ、山の上に暮らしていた奴と同じかと、大変な人気でしたよ」


 私は思わず店を見渡した。

 ほとんどの視線が自分たちのテーブルに注がれているのが分かって、なんとなく私は笑顔で手を振ってみた。


「イェー!!」


 反応して、ミノタウロス達が歓声を上げて杯をぶつけあう。


「さすがトリル様ですね」


 スーが目を大きくして言う。


「いやいや、私がどうこうじゃないでしょ、この場合」


「いや、たいしたものだと思うぞ。これだけのミノタウロスの集団だ、もう少し気圧されたり、気後れしてもよさそうなものだが。俺に対しても最初から警戒心がなかったし、村でもミノタウロスの子供たちをすぐに手懐けていたようだし。たらし、というやつか」


 アインが笑う。


「それは人聞き悪過ぎないかな。でも、ミノタウロスの子供たち、可愛かったなぁ」


 コリーナに入ってすぐの、あの村の様子が思い浮かぶ。

 カエーゼ村、という名前だったっけ。

 あそこで歓迎してもらったおかげで、今こうして物怖じせずに食事をとれる。


「はい、どうぞ召し上がれ」


 細面の牛頭の女中さんが、大皿を運んできてくれた。

 上にはいろいろな料理が盛り付けられていて、種類も多かった。


「飲み物も、今持ってくるからね」


 続けて、乳白色のグラスが三人分届けられ、また別の大皿も届けられた。

 テーブルは大きかったはずだが、そのテーブルが狭くなるほどに料理が並べられた。


「スー、お腹空いてた?」


 私が笑うと、スーは顔を赤くして口を開いた。


「ち、違うんです。私は、いろいろな種類の料理を食べてみたいのでと伝えて、お金をお支払いしただけで。そう伝えたら、ひとつひとつの量は少なく、種類は豊富になると思ったのですが」


 目の前の料理を見ると、とても量が少ないとは言えない。


「体の大きいミノタウロス基準だと、これくらいで普通なのかもね。カエーゼ村でも、食べきれないくらい盛り付けられたし」


 そう言いながら、私は手近にあった鮮やかな黄色のお芋を小皿にとって口に運んだ。

 ひとかじりすると、ほくほくした感触の直後に、甘い蜜がしたたり流れてきた。

 思わず空いていた手で口元をおさえる。


「わ、っと……ん、すごい、これ。中に蜜がいっぱい」


 アインも同じものに手を伸ばし、ほおばった。


「蜜芋だな。ルーラードのところでもよく採れた」


 その言葉にピンときた私は、アインに尋ねる良い機会だと思った。


「ルーラードさんの話、聞いてもいい? 今までちゃんと教えてくれなかったけど、近くまで来たんだし」

「私も、是非お聞きしたいです。私たちとしては、コレペティタ討伐を優先すべきですから、モンテ山に行かないわけにいきません。となると、安否確認のためにもルーラードさんの所には一度行くべきだと思います」


 スーが言葉を次ぐと、アインは静かに乳白色のグラスを口にした。

 ごくり、と飲み込んで、口を拭う。

 私とスーは、白い茎の葉をポリポリかじりながら、アインの言葉を待った。


「分かった。少し、長くなるかもしれないが」


 アインはグラスを置いた。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それらの数が増えたり、感想やコメントを頂けると、書く力が湧いてきます。


それでは、また次のエピソードで。

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