第25話 痛み忘れ
疼く、というのはこういう感覚なんだろう。
矢傷のところがじわじわと熱い。
傷口の中や奥に埋め込まれた小さな玉が、ぐぅ、ぐぅと広がったり縮こまったりしているような、そんな鈍い痛みがなくなったり、また、ぶりかえしたりする。
痛み止めの丸薬は、効くまでに時間がかかる。
昔、誤って金槌で指を打ってしまったことがあったが、あのときと同じような感じだ。
痛みが完全に抜けるまでは三日はかかるかもしれない。
でも、旅の途中だし、そうも言っていられないか。
横を見ると、スーが寝息を立てて眠っていた。
眠れるときに眠る、というのは大切なことだというのは旅の中で十分わかってきたことだが、ちょっと今は眠れそうにない。
私は体を起こし、ブーツを履いてみた。
足を動かすとびりびりと痺れるような痛みが走るが、履くこと自体は出来た。
紐を結ぶのはためらわれたので、ゆるい履き心地のまま、天幕の外に出る。
空は白みはじめていて、少しは睡眠をとれていたことが分かった。
「トリル」
アインの声に顔を向けると、額にうっすら汗を浮かべている。
「動いてたの?」
「ああ。三人が早くに起きてくれたので、周辺を見回ってきた。ついでに……」
言いながら差し出したのは、草だった。
大きな丸みを帯びた葉っぱで、緑色の中に四角い模様が散らばっている。
「これって……カルマンテ草?」
「人族はそう言うのか。俺は痛み忘れの草と教わった。口にすれば痛みが和らぐ。俺も何度か世話になっているから、効果は確かだ」
あちこちに生えている訳ではないことを、私は知っていた。
母がくれた丸薬の原料も、この草だからだ。
一緒に草原で探し回って、ようやくある程度の数を集めた記憶がある。
「こんなにたくさん……よく見つけられたね」
たいしたことはない、と言いながら、アインは私の横に腰を下ろした。
私も、それに合わせて座った。
「ケンタウロスは、旅の中でこういったものを見つける術を身につけているからな。それに、この草は新鮮であれば新鮮であるほど効く」
ほら、と言って私にカルマンテ草を差し出す。
「え……このまま?」
「当然だろう。他にどうする」
寝る前に丸薬を飲んだから大丈夫、と言うわけにはいかないだろう。
実際、結構な痛みを感じているわけだから。
ただ、記憶が正しければ、この草をそのまま食べると、口の中に信じられないほどの苦みが広がって半日は残る。
しかしアインは、なぜ食べようとしないのかと怪訝そうな表情で私を見ている。
わざわざ探してくれたアインの気持ちを汲むためにも、ここは食べるしかない。
それに、効能があるのは分かっているわけだし。
「それじゃ、いただきます」
アインの手から一枚、葉っぱを受け取って私は口に入れた。
奥歯に放って、噛みしめる。
じゅん、と口の奥で苦みが広がり、舌の根が苦しくなる。
痛みを忘れるのはこの苦みが強すぎるからではないかという気がした。
「一枚だけでは効かないだろう」
アインは相変わらず不思議そうな目で私を見る。
美味しい食べ物に感動していたのは、普段からこういうものを口にしていたからか。
「ほら、体の大きさに合わせて量は変わるもんだから」
私はそう言いながらも、アインの無言の圧に押されて二枚さらに受け取り、口に放り込んだ。
こんなに朝食が待ち遠しいのは、旅に出る前にも出てからも初めてのことだと思った。
「残り、もらってもいい?」
私が尋ねると、アインはもちろんだと言って私に葉をくれた。
丸薬の形にするためには他にも材料が必要だし時間もかかるが、一日や二日ならこのままの状態で食べても構わないだろう。
それに向けて気が進むかどうかは別として、だが。
「歩けそうか?」
アインが口を開いた。
「歩かないわけにいかないでしょ」
私は笑う。
「カルマンテ草も食べたし、スーに薬も塗ってもらったし。頑張るよ」
「そうか……」
そう言って、アインは何も言わずに私をじっと見た。
朝日を受けて、青い瞳は空のようにきれいだった。
何か言うのかと思って待ってみるが、二の句を次ごうとしない。
「どうかした?」
「いや……もし、」
「おはようございます」
アインの言葉をさえぎったのは、栗毛の兄の声だった。
「おや、トリルさん。起きても大丈夫なんですか。賊に傷を負わされたと聞きましたが」
私はアインの体に手を当てて、支えにしながら立ち上がった。
「ええ、仲間に薬をもらったので、大丈夫です。食事の支度をしてくださっているそうで、お手伝いせずにすみません」
ミノタウロスは首を横に振る。
「いえいえ、見張りをしてくださり、しかも怪我をしてまで守って下さった方に、食事の番などさせられません。まだ早い時間ですが、よければ食べますか?」
ぜひ、と私が言うと、彼は少し離れた所にいた他のふたりに声をかけに行った。
「それじゃ、スーも起こそうか」
私が言うと、アインも大きな体を立ち上がらせながら、そうだな、と言った。
「そう言えば、さっき、何か言いかけた?」
アインは短く、いや、と言っただけだった。
もし……なんだろう。
歩けないようなら、一日休む、とか。
でも、コレペティタがまた襲ってこないという保証がない以上、早くヌヴォラの街に着くことを目指した方がいいだろう。
私は天幕に戻り、スーを起こした。
スーは、寝付きもいいが、寝起きもいい。
起きるやいなや、私の怪我の具合を尋ね、昨夜と同じように薬を塗り直してくれ、包帯を巻き直してくれた。ただ、起きて外に出ていたことは咎められてしまったけど。
ブーツを履き、意を決して紐を締めてみる。
すると、圧迫されて痛みはましになったように感じられ、歩けないこともなさそうだと感じた。
「うん、大丈夫そう」
スーが首を振る。
「本当は負担をかけないほうがいいのですが、仕方ありません。まさか担架をこしらえるわけにもいかないでしょうし」
言われて、自分が即席の担架でミノタウロスの兄弟に運ばれる画を想像してしまった。
「そんなに大怪我じゃないよ。歩けるって」
スーは口を尖らせる。
「では、つらくなったらすぐに教えて下さい。約束ですよ」
「わかりました、先生」
私がおどけて言うと、スーは笑った。
ミノタウロス達がつくってくれた朝食はあいかわらず美味しい味だったが、口の中にしっかり残っている苦みが何度か邪魔をしてきて、満喫するというわけにはいかなかった。
「ヌヴォラまでは、もう遠くないので、頑張りましょう」
葦毛さんが私を見て言う。
私は頷いた。
「はい、足を止める方が危ないのは分かっていますから」
葦毛さんが、ちらっとアインを見た。
アインも視線に気付いて、首を傾げる。
「アインさん、馬扱いするつもりは毛頭ないのですが、トリルさんを乗せてあげるということは……」
「出来ません」
私が代わりに答えた。
「ね、アイン?」
他の種族を背に乗せることは禁忌だ、と初めて会った日に言っていた。
印象的な一日だったから、彼との会話もよく覚えている。
人族にとってはどういう事柄が該当するのかは分からないけれど、それぞれの種族の考え方は尊重しなければと思う。
「……ああ」
アインの小さな返答に、少し鼻が高くなる思いだった。
あまり、話題にするのも好ましくないってことなんだよね。
仲間のことを、きちんと理解していきたいと思う。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。
それらの数が増えたり、感想やコメントを頂けると、書く力が湧いてきます。
それでは、また次のエピソードで。




