第24話 手当
暗闇の中で外套が広がり、彼女の姿を見失う。
「っっっ!!」
いきなり左の太ももに痛みが走り、私は言葉にならない声をあげた。
「トリル様!?」
大丈夫、と答える余裕が咄嗟に出てこず、私はとにかく剣を抜き放った。
「アタシを追うより、その毒の処置を急いだ方がいいよ!!」
言い放って、コレペティタはかなりの速さで駆けだした。
「待てっ!!」
剣を握って追いかけようとした私の足に、痛みが走る。
「つっ……」
全力で走れそうにない。
私は剣を握ったまま、なんとかその場に立ちこらえる。
「トリル様、動かないで!」
スーが剣を構えたまま私の横に並んだ。
コレペティタはあっという間に遠くに去り、夜の闇の中に消えた。
「これは……手投げ矢。うかつでした、犯罪者がこの手の装備を持っていないはずがないのに」
しゃがんで私の足に顔を近づけて、スーが言葉を紡ぐ。
「……申し訳ありません、トリル様」
何が、と言おうとした途端、太ももに痺れと痛みが走ってその言葉の意味が分かった。
抜くと痛むからごめんなさい、ってことね。
矢の抜けた私の足に、スーが何か柔らかい布のようなものを押しつける。
「毒って言ってたけど……」
足に熱さを感じながら私が言うと、スーは私に、まず座るように言った。
「何があった」
上からアインの声がした。
魔法が通じたのか、目を覚まして駆けつけてくれたようだ。
私が地面に座っているせいで、アインの顔がいつも以上にずっと高い所にある。
「敵襲です。昼間の不審な人物の……迂闊でした、トリル様が矢傷を。しかも毒だと」
スーが泣きそうな顔で、うつむいて言う。
アインは、スーから私に刺さっていた手投げ矢を受け取り、鼻を近付けた。
「……いや、これは毒ではない。ただの矢だ。だが、深く刺さるように加工しているな」
アインの言葉に、私はほっとした。
毒というものがどれほどの効果をもたらすのか、私は知らないが、毒蛇に噛まれて体が麻痺した人の話くらいは聞いたことがある。
においを嗅いで毒かどうか分かるのは、ケンタウロス族だからなのだろうか。
それとも、アインの戦士としての力量のためなのだろうか。
「だが、しっかり黒塗りをしているところを見ると、この手の道具の扱いに慣れている奴だな。少なくとも、まともな戦いをする輩ではない」
そう言いながら、アインは腰に提げている小さな背嚢にそれをしまった。
武器は武器だから、再利用したりするんだろうか。
アインが膝を折り、私にぐっと近づく。
「……逃げを打つと決めて、武器を構えていない者を狙った。しかも足を撃って、追いかけてこられないように。さらに、毒矢だとうそぶいて手当の必要性を説き、追撃を制したのだ」
「私を狙ったのは、単純に私のことが気にくわなかったからかも知れないけどね」
強がって笑いながら言葉を紡ぐ私の頬に、アインの手が触れる。
「どんな奴だったのだ」
「えと……コレペティタ、って言ってた。あとは……」
私がスーを見ると、今にも泣きそうな表情でアインを見て言葉を継ぐ。
「コレペティタという、人族の国で手配されている犯罪者です。詐欺や窃盗などの犯罪を繰り返し、宮廷魔術師団の情報網の中にその名が挙がっていました。モナルキーアを離れ、こちらの方に潜伏していたようです。逃げるという判断も、トリル様が魔法を使ったのが予想外の出来事だったために、すぐに切り替えたのだと思います」
「虚言を操り、誇りのかけらもない卑怯者、というわけだな」
アインが私の足と背中に手をまわし、ぐっと抱き上げた。
矢が当たったところの痛みが鈍く広がったが、いきなりの出来事に言葉が何も出てこない。
「毒ではないにせよ、まずは手当だ」
私の体はすっかり固まってしまった。
男の人に抱きかかえられた経験がないから照れてしまって、ということではなく、単純に抱きかかえられた場所が高すぎて、だと思う。
アインが歩くと、結構な振動が全身を揺する。
「大丈夫か? 体がこわばっているが」
大丈夫、と言いたい所だが、口を開くと舌を噛んでしまいそうだ。
「た、か、い」
慎重に一音ずつ口にする。
アインは笑って私を見た。
「今、おろす」
アインはゆっくり膝を曲げ、そっと私を地上に返した。
右足だけを着いて私はアインから降りる。
「周囲は俺が警戒する。おそらく再度の襲撃はなかろうが、一応はな」
スーが私に駆け寄る。
「トリル様、まずは天幕に入って、横になってください。傷の具合を看ますから」
促されるまま、私は天幕に入り、ブーツの紐をほどき始めた。
スーも天幕に入り、私のブーツの紐を手際よくほどきはじめ、下衣に手をかけた。
「ちょ、ちょっと、スー」
「すみません、でも脱がせないと、傷の部分が見えないので……」
「わ、分かった、でも自分で脱ぐから」
剣を鞘ごと置き、ベルトを外して、私は外套をお腹にかけてから下衣をずらした。
仕方がないとはいえ、下着ごと露わになってしまうのは恥ずかしい。
下衣を下げると、手投げ矢が刺さっていた私の腿が見えた。
血が滲んで広がっている。
「結構、深い感じ?」
「頑丈な特殊繊維で編まれているとはいえ、鋭利なものは突き刺さりますから……痛みますか?」
「う~ん……全く痛くないわけではないけど、それほどでもないかな。昔、お店の中で遊んで、弾みで剣の柄が太ももにめり込んだことがあったけど、それくらい」
「活発な女の子だったんですね」
スーが笑いながら、白布を水筒の水で濡らし、私の太ももを優しく拭いてくれる。
「そういえば、薬は……」
不意に天幕の入口からアインの声がして、私は顔が熱くなった。
「駄目!」
「駄目です!」
私とスーの声が重なった。
「あ、ああ。すまない、中は見ていない。ただ、薬はあるかと思ってだな……」
アインの雄々しい声が変に揺れていて、動揺がはっきり出ていた。
薬と言えば、母が持たせてくれた丸薬のひとつが痛み止めだったことを思い出した。
傷に直接塗布するものではないが、まだ街まで歩くことを考えると、あとで飲んだほうがよさそうだ。
「傷薬は、私も携行しています。宮廷御用達のものですから、ご心配なく」
スーの言葉に、分かったと答えてアインの気配は遠ざかった。
ふぅ、と私が息を吐くと、同じ拍子にスーも息を吐いた。
二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
「アイン様でも焦ることがあるんですね」
スーが言う。
「ちょっと声が大きすぎたかな。つい焦っちゃった」
私の言葉に、スーは大きく頷いた。
「レディーの寝室ですから、殿方は立入禁止です」
肩掛け鞄から小瓶やら何やらを出しながら、スーが笑って言う。
その内の一つを私の傷口にぽたりと落とし、別の一つを指先で小さな白布に塗る。その白布で傷口を優しく覆い、さらに包帯を巻き始めた。
「それにしても……」
スーが口を開く。
「驚きましたよ。コレペティタと対峙していた最中、トリル様が駆け寄ってアイン様を起こしてくれれば、と思って視線を送ったんですよ。まさか、ぶっつけ本番で魔法を使うとは思いませんでした」
私は頬を掻きながら言葉を紡ぐ。
「そうだったんだ。ほら、ちょうど直前にスーが教えてくれた言葉が『覚醒』だったから、てっきり「さっきやったばかりだから、覚えてますよね」って意味の目だと思ったんだもん」
「私、そんなに長い意味を込めてなんて、見ていません」
苦笑するスーに、私は続けた。
「い~や、スーの目はそういう目でした。むしろ、「さっきやったばかりの言葉すら忘れているようなら、今後はもう魔法をお教えしませんから」くらいの目だったなぁ」
怖い先生に巡り会ったもんだわ、と私が笑うと、スーは困ったような嬉しいような顔で私をにらむ。
「トリル様って、時々意地悪です」
「あはは、ごめんごめん。でも、スーが教えてくれた魔法で危機を脱したよね。ありがとう」
スーが首を横に振る。
「使い方を知っていても、実際にそれを使う力は別のものですよ。紛れもなく、トリル様の機転と力で脱した窮地でした……はい、これでおしまいです。どうですか?」
スーが巻いてくれた包帯を軽く撫で、私は膝を曲げたり伸ばしたりしてみる。
立ち歩いてみないと分からないが、少なくとも痛くて仕方が無いというほどではないような気がした。
「うん、大丈夫だと思う。あとは、痛み止めを飲んで少し眠ろうかな」
気が高ぶって眠れないかもしれないけど、と思いながら、それは言わないでおいた。
スーは頷き、目をつぶっているだけでも休めるものですよと優しく言った。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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