第23話 影を纏う女
声がした方を見ると、夜陰にぼんやりと、フードをかぶった人影がある。
日中に姿を見せた、あの人物で間違いなかった。
思わず私は立ち上がり、腰の剣に手をかけた。
スーも低く身構えている。
「ああ、何も、とって食おうとしているわけじゃないから、楽にしてちょうだい」
声で、女だということは分かる。
目深にかぶったフードで、やはり顔は見えない。
「あなたは誰です? ここで何を?」
スーが声を落として言う。
普段の弾むような声とは違った。
「同じことを、アタシが聞こうと思ってたんだけどねぇ……まぁいいか」
女はフードを少しずらした。
年齢は三十はいっていないだろうか。
黒髪が目元まで伸びていて、何か不吉な雰囲気をまとっているような感じがした。
なんとなく、その瞳の黒も、夜の空のような透明感のある黒ではなく、明かりのない街角の闇の色を思い出させる。
「アタシはコレペティタ。スッド出身の、まぁ、旅人さ」
スッド……南の街だ。
私は緊張しながら、彼女の様子を窺う。
しかし、外套を羽織っているせいで動きはほとんど見てとれず、武器をもっているかどうかも分からない。
嫌な感じがするのは、様子が分からないからだけなのだろうか。
「さ、こっちは名乗ったよ。そっちは?」
スーは構えを解いて口を開いた。
「私はスーブレット、カステロの出身です。彼女はトリル。私達も、旅人です」
そうかい、と頷いて、コレペティタと名乗った女性は一歩近づく。
スーと私は同時に一歩下がる。
「おやおや、随分警戒するんだね。祖国を遠く離れたこの地で、同じ人族として助け合おうっていう気はないのかね」
口を曲げて笑うコレペティタに、私の中の何かが反応している。
影と戦う前の、ひりついた緊張感に似ている気がする。
「同じ人族……そうかな。少なくとも、影をけしかける人を、私は同族だなんて思えないけど」
私が言葉を紡ぐと、彼女の表情が明らかに変わった。
「生意気な口を利く小娘だね。こっちは友好的に話を進めようとしてんだから、調子に乗って口を挟んでんじゃないよ」
ぎらつく双眸にたじろぎそうになりながら、私はぐっと踏みとどまる。
「まあいいさ。昼間のがアタシの仕業だってのは、もう分かっているんだろうとは思ってたよ」
スーが両手を剣の柄に近づけた。
私も、まばたき一つで剣を抜ける。
「おお、怖い怖い……でも、剣を抜くのはやめておいた方がいい。どこからともなく、影がやってきて、ぐっすりしている牛ちゃん達の寝首を掻いちゃうからね」
思わず彼らの方に視線を送りそうになる。
寸前、スーが言った。
「トリル様。目を逸らさないで」
意識を集中し直す。
スーに言われなければ、コレペティタから視線を外してしまっていた。
「要求はなんですか?」
スーの言葉に、闇の女がクスクス笑い出す。
「その若さで、たいした肝の据わり方だね、お嬢ちゃん。なに、あんたらが守っている牛ちゃん達の荷物を譲って欲しいと、ただそれだけのことさ」
「彼らの荷は、食糧がほとんどです。金品の類は、まるでありませんよ」
コレペティタは頷いて言葉を次ぐ。
「それが欲しいのさ。なにせ、山暮らしでは、食い物に一番困るからね」
やはり、この女が野盗と言われていた人物だ。
スーの推測は正しかった。
山に潜んでミノタウロス族を襲っている人族の野盗が、このコレペティタだ。そしてどうやっているのかは分からないが、影のようなものを操っている。
「昼間に見せた影の集団は、ほんの一部だけだ。あれの十倍が、アタシの指示を待っている。その辺の、夜陰に隠れてね」
私は耳を澄ませる。
しかし、草が風で流される音、木の枝が揺れる音が聞こえてくるだけで、影の危険な気配も、動物の動く気配も、何も感じられない。
「そうだね……そっちの黒髪の娘。アンタがここに残って、栗毛のアンタが荷を取りに行きな。様づけされてるってことは、到底見捨てていくことが出来ない関係なんだろう?」
コレペティタがにやりと笑う。
「荷を渡して、見逃してくれる保証は?」
私が言うと、彼女はくっくと笑った。
「同じ人族だもの、そりゃあ命までは奪ったりしないさ」
「人族以外は?」
私の二の句に、コレペティタの表情が変わった。
「牛の仲間や馬の仲間が死んだところで、人が減るわけじゃないだろ。アンタ、いちいち細かいところにうるさいね……」
女が姿勢を低くして、私も身構えた。
自分でも意外なくらい、女の言葉に怒りを覚えていた。
アインやミノタウロス達を、人として扱わないことに対して、腹が立って仕方がない。
まったくもう、アインはいつまで寝てるんだ。
アインが三人の商隊を起こしてくれたら、あの影がどれだけいたってなんとかなりそうな気がするのに。
不意に、シュンッ、と音が鳴った。
スーが剣を抜いたのだ。
「……アンタ、話が見えてないのかい。思ったより賢くなかったね」
「いえ、それなりに賢くあれたと思います。あなたの口ぶりで、どうにか思い出すことができましたから。どこかで聞いた名前だと思っていました」
スーがもう一本の剣を抜いて続ける。
「コレペティタ。スッドで数々の詐欺や窃盗をはたらき、手配が回っていた重要参考人の名ですね。そしてその手口を思い出すに、あなたの言葉の多くは、大言壮語」
ぴくっと女が半歩退いたように見えた。
「おそらく影は周囲にいるのでしょうが、それほど多くはないのでしょう。みなが起きていれば襲撃できないから、何人かが寝入るまで待っていた。違いますか?」
そう言ったスーが、私の方をちらっと見た気がした。
一瞬だったけど、確かに私を見た。
みなが起きていれば襲撃できない、ね。
了解です。
後ろ手に、私は指を組む。
『トイ、トイ、トイ』
小さく、呟くように言葉を紡ぐ。
「なんだい、アンタ、何をぶつぶつ……」
『陽精。アイン、覚醒。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
唱え終えた私の手から、何かが飛び放たれた感覚があった。
「まさか、魔法!?」
小さく叫んだコレペティタが、翻った。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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